百六十八話 誰がパンだ
文字数 2,604文字
「んっふふ、ふっふっふ・・・」
「く、う、ふふふ・・・」
直治が車のトランクに詰めていた女を地下室に移動させ、拘束して最低限の『下処理』をし、その間、淳蔵は中畑が部屋の外に出ないように見張っていた。仕事を終えた二人は、もう遅い時間なのに心配して俺の部屋に来てくれた。直治が携帯で検索した『陸にあげられたニュウドウカジカ』の写真を見て、俺と淳蔵は笑いを堪えていた。
「あんまりこういうことで笑っちゃいけないんだけどさあ・・・」
「顔は生まれつきだからどうしようもないもんなァ・・・」
ぴり、と痛みが走る。俺は湿布を貼っている頬を擦った。
「痛むのか?」
「あー、ちょっとね。冷蔵庫に痛み止めあるから取ってくれ」
「おい酒だろそれ。こんな時間に飲むな」
「兄ちゃんも良くないと思います」
「はいはいわかったよ。薬飲んだら寝るから、お前らベッドに横になれ」
「は?」
「え?」
俺は棚から鎮痛剤を取り出し、水差しに汲んである水で飲む。
「兄ちゃん帰るよ? 帰るからね?」
「弟もお暇します」
「待ってくれよ! お前らの可愛い美代が怖い思いしたうえに顔をブン殴られたんだぞ! 可哀想だと思わないのか!」
「きっちりやり返しただろ・・・」
「・・・仕方ねえなあ」
淳蔵がベッドの一番奥に移動し、直治に枕を譲るのか、自分の腕を枕にして横になった。俺はベッドの上に寝転んで淳蔵に身体を引っ付ける。
「ほら、直治も」
「・・・あのなあ」
直治は枕を受け取り、俺に腕を差し出した。頭を乗せて丁度良い位置を探して落ち着く。
「足がはみ出ちまってるよ」
「淳蔵のベッドは特注だもんな」
「・・・流石に狭いぞ、もうちょっとくっつけ」
俺は淳蔵の腹に背中をぴったりと貼り付け、詰めてきた直治に抱き着いた。
「んー、最高・・・」
淳蔵が俺の肩に手を置く。自分が思っていたより疲れていたのか、あっという間に意識が無くなった。
はずだった。
俺は淳蔵になっていて、俺を抱いている直治を見つめていた。
「お、もう寝ちまった」
「気丈に振舞ってるが、疲れてたんだろ」
二人が囁くように会話する。
「・・・美代が電話をかけた相手が、お前で良かったよ」
「ん?」
「都がキレるの見て冷静になったけど、そうじゃなかったら頭が真っ白になって、中畑のことブチ殺してたかもしれねえ」
「俺は千代がストッパーになってたよ。美代本人の声を聞けていたのも大きいな」
「あーあ。俺、もう駄目だわ。こいつ滅茶苦茶可愛いんだよ。見てるだけで幸せになれる」
「本人が聞いたら喜ぶだろうに」
「面と向かって言ったら嫌がるかと思ってな」
そんなことないのに。きっと、言われたら凄く嬉しい。
「直治、お前はどうよ?」
「可愛くなかったらこんなことしないだろ」
「愛してるの?」
「変なこと言わせようとすんな」
「俺はお前も愛してるよ」
「うるせえ」
二人が静かに笑い合う。
「おかしいよなァ、俺達、男同士で、血も繋がっていないのに、なァんで『川の字』になって寝てんだか・・・」
「『川の字』か。身長的にも良い感じだな」
「・・・お前、目がギラギラしてるけど、眠れそうか?」
「頭にキてる。お前もだろ?」
「問題は明日からだな。どう出るか・・・」
「明日で丁度一ヵ月だ。残り二ヵ月。頑張ろう」
「おう」
直治が俺の額に顎を寄せ、目蓋を閉じる。淳蔵もゆっくりと目蓋を閉じた。
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ。
目覚まし時計が鳴る。ぽわん、と意識が夢と現実の隙間を彷徨う。
「美代、朝だぞ」
直治の声。ぷにぷにと持ち上げられるように頬を撫でられる。
「んー、とけい、とめて・・・」
後で淳蔵がもぞもぞと動く。目覚まし時計が鳴り止んだ。
「・・・起きないな」
「あらあら」
とろとろと溶けていく。次に目が覚めたのは軽い空腹感からだった。
「おあよう・・・」
「おはよ。お前の体内時計、正確だなァ」
淳蔵がくつくつと笑う。朝七時。そういえば、直治には出退勤時間が設けられているのを思い出して、俺はさあっと顔が青くなるのがわかった。
「あ、あ、直治、ごごめ、」
「あ?」
「きょ、今日仕事じゃ・・・」
「休みだ休み。水曜日」
「あ、あー、なんだ、吃驚しちゃった・・・」
一発で目が覚めてしまった。
「あれ? っていうことは俺が食事当番・・・」
直治、千代、中畑の休みは一緒。つまり水曜日と土曜日は、俺が食事当番の日だ。
「あ、ああ、ど、どうしようどうしよう!」
「おいおい落ち着けって。皆、ガキじゃないんだから飯くらい自分で用意するだろ」
こんこん。
「い、今、開けます!」
直治を乗り越えてベッドを降り、開錠してドアを開けると、千代がきょとんとした顔で立っていた。
「あら! 皆さんお揃いでェ! おはようございますゥ!」
「お、おはよう」
「朝食の時間ですゥ! 今日は都さんが作ってくださいましたよォ! 定ッ番の野菜炒めです!」
「えっ、なんで都が?」
「美代さんはお疲れでしょうから、いつも美代さんが朝食を作る時間にキッチンに来なかったら、都さんが『私が作る!』と言って、張り切っておられましたァ! 食欲が無いようでしたら、野菜炒めをそのまま野菜スープに作り替えちゃうので、様子を見てきてほしいと頼まれましたァ!」
「あ、ああ、ありがとう。すぐ行くよ・・・」
「はァい! あっ、そうそう」
千代が小声で言う。
「都さんから事情はお聞きしました。美代さん、お疲れ様でした」
「・・・フフッ、ありがとう」
俺は千代の頭をぽんぽんと撫でてやる。千代はちょっと吃驚した後、嬉しそうに笑い、軽い足取りで階段を降りていった。俺達は寝巻姿で顔も洗わず、髪もぼさぼさの状態で食堂に行き、自分の席に座る。
「あらっ? 兄弟揃って夜更かしでもしたの?」
都がくすくすと笑う。
「お喋りしたあとに一つのベッドで寝た」
「ぎゅうぎゅうでしょうに・・・」
「案外落ち着くんだなあこれが。寝返りは打てないけど・・・」
淳蔵が、ふあ、と欠伸を噛み殺す。
「今日は二度寝するか・・・」
「おおッ、私、二度寝したことないんですよ! 今日、チャレンジしてみます!」
「お前には無理だよ・・・」
千代がしょんぼりするのを見て、直治は少し笑った。
「パンに挟まれてる具材って幸せなんだな」
と俺が言うと、
『誰がパンだ』
淳蔵と直治が同じことを同じタイミングで言った。
「中畑さん、顔色が良くないけれど、どうしたの?」
「い、いえ、なンでもないです。あの、皆さん、仲良しなンですね・・・」
「家族ですから」
都がにっこりと笑う。中畑はぎこちなく笑っていた。
「く、う、ふふふ・・・」
直治が車のトランクに詰めていた女を地下室に移動させ、拘束して最低限の『下処理』をし、その間、淳蔵は中畑が部屋の外に出ないように見張っていた。仕事を終えた二人は、もう遅い時間なのに心配して俺の部屋に来てくれた。直治が携帯で検索した『陸にあげられたニュウドウカジカ』の写真を見て、俺と淳蔵は笑いを堪えていた。
「あんまりこういうことで笑っちゃいけないんだけどさあ・・・」
「顔は生まれつきだからどうしようもないもんなァ・・・」
ぴり、と痛みが走る。俺は湿布を貼っている頬を擦った。
「痛むのか?」
「あー、ちょっとね。冷蔵庫に痛み止めあるから取ってくれ」
「おい酒だろそれ。こんな時間に飲むな」
「兄ちゃんも良くないと思います」
「はいはいわかったよ。薬飲んだら寝るから、お前らベッドに横になれ」
「は?」
「え?」
俺は棚から鎮痛剤を取り出し、水差しに汲んである水で飲む。
「兄ちゃん帰るよ? 帰るからね?」
「弟もお暇します」
「待ってくれよ! お前らの可愛い美代が怖い思いしたうえに顔をブン殴られたんだぞ! 可哀想だと思わないのか!」
「きっちりやり返しただろ・・・」
「・・・仕方ねえなあ」
淳蔵がベッドの一番奥に移動し、直治に枕を譲るのか、自分の腕を枕にして横になった。俺はベッドの上に寝転んで淳蔵に身体を引っ付ける。
「ほら、直治も」
「・・・あのなあ」
直治は枕を受け取り、俺に腕を差し出した。頭を乗せて丁度良い位置を探して落ち着く。
「足がはみ出ちまってるよ」
「淳蔵のベッドは特注だもんな」
「・・・流石に狭いぞ、もうちょっとくっつけ」
俺は淳蔵の腹に背中をぴったりと貼り付け、詰めてきた直治に抱き着いた。
「んー、最高・・・」
淳蔵が俺の肩に手を置く。自分が思っていたより疲れていたのか、あっという間に意識が無くなった。
はずだった。
俺は淳蔵になっていて、俺を抱いている直治を見つめていた。
「お、もう寝ちまった」
「気丈に振舞ってるが、疲れてたんだろ」
二人が囁くように会話する。
「・・・美代が電話をかけた相手が、お前で良かったよ」
「ん?」
「都がキレるの見て冷静になったけど、そうじゃなかったら頭が真っ白になって、中畑のことブチ殺してたかもしれねえ」
「俺は千代がストッパーになってたよ。美代本人の声を聞けていたのも大きいな」
「あーあ。俺、もう駄目だわ。こいつ滅茶苦茶可愛いんだよ。見てるだけで幸せになれる」
「本人が聞いたら喜ぶだろうに」
「面と向かって言ったら嫌がるかと思ってな」
そんなことないのに。きっと、言われたら凄く嬉しい。
「直治、お前はどうよ?」
「可愛くなかったらこんなことしないだろ」
「愛してるの?」
「変なこと言わせようとすんな」
「俺はお前も愛してるよ」
「うるせえ」
二人が静かに笑い合う。
「おかしいよなァ、俺達、男同士で、血も繋がっていないのに、なァんで『川の字』になって寝てんだか・・・」
「『川の字』か。身長的にも良い感じだな」
「・・・お前、目がギラギラしてるけど、眠れそうか?」
「頭にキてる。お前もだろ?」
「問題は明日からだな。どう出るか・・・」
「明日で丁度一ヵ月だ。残り二ヵ月。頑張ろう」
「おう」
直治が俺の額に顎を寄せ、目蓋を閉じる。淳蔵もゆっくりと目蓋を閉じた。
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ。
目覚まし時計が鳴る。ぽわん、と意識が夢と現実の隙間を彷徨う。
「美代、朝だぞ」
直治の声。ぷにぷにと持ち上げられるように頬を撫でられる。
「んー、とけい、とめて・・・」
後で淳蔵がもぞもぞと動く。目覚まし時計が鳴り止んだ。
「・・・起きないな」
「あらあら」
とろとろと溶けていく。次に目が覚めたのは軽い空腹感からだった。
「おあよう・・・」
「おはよ。お前の体内時計、正確だなァ」
淳蔵がくつくつと笑う。朝七時。そういえば、直治には出退勤時間が設けられているのを思い出して、俺はさあっと顔が青くなるのがわかった。
「あ、あ、直治、ごごめ、」
「あ?」
「きょ、今日仕事じゃ・・・」
「休みだ休み。水曜日」
「あ、あー、なんだ、吃驚しちゃった・・・」
一発で目が覚めてしまった。
「あれ? っていうことは俺が食事当番・・・」
直治、千代、中畑の休みは一緒。つまり水曜日と土曜日は、俺が食事当番の日だ。
「あ、ああ、ど、どうしようどうしよう!」
「おいおい落ち着けって。皆、ガキじゃないんだから飯くらい自分で用意するだろ」
こんこん。
「い、今、開けます!」
直治を乗り越えてベッドを降り、開錠してドアを開けると、千代がきょとんとした顔で立っていた。
「あら! 皆さんお揃いでェ! おはようございますゥ!」
「お、おはよう」
「朝食の時間ですゥ! 今日は都さんが作ってくださいましたよォ! 定ッ番の野菜炒めです!」
「えっ、なんで都が?」
「美代さんはお疲れでしょうから、いつも美代さんが朝食を作る時間にキッチンに来なかったら、都さんが『私が作る!』と言って、張り切っておられましたァ! 食欲が無いようでしたら、野菜炒めをそのまま野菜スープに作り替えちゃうので、様子を見てきてほしいと頼まれましたァ!」
「あ、ああ、ありがとう。すぐ行くよ・・・」
「はァい! あっ、そうそう」
千代が小声で言う。
「都さんから事情はお聞きしました。美代さん、お疲れ様でした」
「・・・フフッ、ありがとう」
俺は千代の頭をぽんぽんと撫でてやる。千代はちょっと吃驚した後、嬉しそうに笑い、軽い足取りで階段を降りていった。俺達は寝巻姿で顔も洗わず、髪もぼさぼさの状態で食堂に行き、自分の席に座る。
「あらっ? 兄弟揃って夜更かしでもしたの?」
都がくすくすと笑う。
「お喋りしたあとに一つのベッドで寝た」
「ぎゅうぎゅうでしょうに・・・」
「案外落ち着くんだなあこれが。寝返りは打てないけど・・・」
淳蔵が、ふあ、と欠伸を噛み殺す。
「今日は二度寝するか・・・」
「おおッ、私、二度寝したことないんですよ! 今日、チャレンジしてみます!」
「お前には無理だよ・・・」
千代がしょんぼりするのを見て、直治は少し笑った。
「パンに挟まれてる具材って幸せなんだな」
と俺が言うと、
『誰がパンだ』
淳蔵と直治が同じことを同じタイミングで言った。
「中畑さん、顔色が良くないけれど、どうしたの?」
「い、いえ、なンでもないです。あの、皆さん、仲良しなンですね・・・」
「家族ですから」
都がにっこりと笑う。中畑はぎこちなく笑っていた。