二百四十六話 いぬはたのしい
文字数 2,925文字
3Q太郎が取材のために俺の部屋を訪ねてきた。
「あれっ? なんか、家具が大きくないですか?」
「はい。俺の身長に合わせた特注品です」
「ええっ!? あの、身長何センチですか?」
「184cmですね」
このやりとり、今後の人生であと何回やるんだろう。3Q太郎に椅子を勧め、俺はベッドに腰掛ける。幸太郎がインタビュアー、カメラは啓太郎、竜太郎はメモを取りながら二人の補助をするらしい。
「Aさん、昨日は夢を見ましたか?」
「いいえ」
「夢は、どれくらいの頻度で見るんですか?」
「毎日のように見る時もあれば、全く見ない時もありますよ」
「Aさんは、何故、この館で眠ると不思議な夢を見られるのか、知っていますか?」
「俺は見たことが無いんですけど。館に住む『白いなにか』がそうさせるのではないかと、お客様やメイド達の間で噂になっていますね」
「『白いなにか』?」
「はい。館がある山は社長の一族が代々受け継いできた古い山で、この館もそれなりに古いものです。一族は山を大切にしてきましたから、山に居た『白いなにか』が一族を気に入って、一族を守っているのではないか、と噂されています。で、一族の末裔である社長の話なんですが・・・」
少し、間を開ける。
「とても優しい人なんです。悪い話は滅多に聞きません。社長は動植物が好きでね。以前雇っていたメイドが作ったサラダに、生きた蛙が入っていたことがあるんですけど、」
「蛙!?」
話の腰を折るなクソ馬鹿が。
「はい。蛙です。社長はそれを『あら、生命力の強い子ね』と言って、庭の森に逃がしてあげたんですよ。真っ青になって謝るメイドも、一言も責めずに許していました」
これは本当の話だ。あとでその話をした時に『可愛い顔が不思議そうに私を見ていて吃驚しちゃった』と都は笑っていた。
「『白いなにか』は社長のそんなところを気に入っているんでしょうね。社長の代から、館の中で不思議なことが起こるようになったそうです。夢もその一つですね」
「夢の他にはどんな不思議なことが起こるんですか?」
「四季の移ろいを教えてくれるんですよ。例えば、」
「はっ?」
話の腰を折るなクソ馬鹿が。
「・・・例えば、春になると、玄関に綺麗な桜の花びらが山積みになっています。夏になると蝉の抜け殻、秋は木の実や紅葉、冬は、年明けに必ず七草粥の材料が置かれていますよ」
これも本当の話だ。ジャスミンが都に季節を知らせると、あいつは俺達が羨ましいくらい甘やかされているというのに、もっともっと甘やかされて、都から顔中にキスしてもらったり、大きくて柔らかい胸に額をぐりぐりと押し付けながら抱きしめてもらったり、膝枕をしてもらいながら腹を撫でられてそのまま数時間眠ったりしている。俺達がその現場を見るとニタアと笑うような顔をするのが心底腹立たしい。
「『白いなにか』は、悪意を持った存在ではないんですね?」
「いいえ」
「えっ? 違うんですか?」
「はい。社長に危害を加えようとすると、怒り狂いますよ」
「怒り狂う!?」
「はい。怖いですよ」
俺がそう言ってやると、3Q太郎は目を輝かせた。
「なにがあったんですか?」
「社長の部屋は最上階にあるでしょう? 悪いことをしようと思って階段を登ると、必ず、落ちます」
「エエッ!?」
「警告なんでしょうね。不思議と怪我はしないんですよ」
「それは怖いですね・・・。他にはどんなことが?」
「そうですね、さっき『社長の悪い話は滅多に聞かない』と言いましたけれど、悪く言う人はとことん悪く言うんですよ。そういう人って、あの優しい社長が見限って関係を切る場合が多いんですよね。『常識』が通用しない人ばかりなんです。そういう人の話がいくつかありますね」
「はあ」
「社長との商談がうまくいかないことに激昂した男が社長を殴ろうとしたら、ふっ、と倒れてしまって、搬送先で『貧血』と診断されて入院することになったり」
「うわあ」
「後輩のメイドを虐めるメイドに社長が説教をしたら、逆恨みして食事に下剤を混ぜてきたことがあるんですけど、腹を下したのは社長ではなくそのメイドだったり。作るところから運ぶところまで、そのメイド一人で作業したのに、ですよ」
「ええっ」
「朝まで酒盛りをしたお客様が『酒を飲んでいたせいで夢を見られなかった、金を返せ』と言って酒瓶を社長に投げつけようとしたら、何故かそのお客様の額に酒瓶が跳ね返って、これも倒れはしたものの怪我は無し。『白いなにか』は社長が慈悲深いことを知っていますから、一度目は必ず警告で済ませるんでしょうね」
これも本当の話だ。
「二度目は、どうなるんですか?」
「二度目はありません。というのも、警告されると見え始めるんですよ。『白いなにか』がね。目の前を横切っていったり、気付くと視界の隅に居たり。みーんな気味悪がって大人しくなります。ああ、それとね、」
俺は前髪を搔き上げる。
「敷地内、特に館の中をむやみやたらに撮影しない方がいいですよ」
「えっ? 許可はいただいていますが・・・」
「社長が貴方達のファンだから『白いなにか』も許しているんでしょう。本来なら、携帯でもカメラでも、撮影しようとすると機材が壊れてしまうんですよ?」
「ええ!?」
「敷地内は、館の外観、外壁や門扉が映り過ぎると駄目みたいですね。館の中は全て駄目です。特に、一条家の人間やメイド達を撮影しようとすると、撮影機材が派手に壊れて、壊れた拍子に怪我をすることもあります。ああ、でも、部屋に運んだ食事を撮影してブログに投稿した女性客は大丈夫だったな」
「どういう基準なんでしょうかね?」
「『白いなにか』は相当なやきもち焼きなんでしょうね。社長の情報を外部に漏らしたくないんでしょう。ですから、ここで撮影したものは上手に編集してくださいませんと、データが壊れてしまうか、撮影機材自体が壊れてしまうと思いますよ。俺が知っている情報はこんなものかな?」
「Aさん、貴重なお話をありがとうございました」
「いえいえ、お疲れ様でした」
3Q太郎は部屋を出ていった。
「あほくさ・・・」
がちゃ、と勝手にドアが開いて、一枚の紙を咥えたジャスミンが中に入ってきた。俺の目の前に座り、紙を差し出すように顎を上げる。
『ドッグカフェ ~きらきらぼし~ 新規開店!』
三つ隣の町にドッグカフェができたらしい。四匹居る看板犬の紹介と、犬用のランチプレートやデザートのメニュー表が書かれている。人間はワンドリンク制で、軽食もあるらしい。大型犬は要予約。
「・・・行きたいのか?」
『白いなにか』は上目遣いで俺を見る。
「うーん、千代と桜子を連れていってもいいし、たまには美代と直治も連れだして兄弟の親睦を深めるかなァ・・・?」
ジャスミンはニパーッと笑い、尻尾をブンブン振りながらその場でくるくると回り始めた。
「ジャスミン、都に許可をとるんだぞ?」
わん!
ジャスミンは部屋を出ていった。ドアを開ける時は勝手に鍵まで開けるくせに、閉めてはいかない嫌なヤツだ。俺は立ち上がってドアを閉め、もう一度ベッドに腰掛けた。
「犬、ねえ・・・」
『白い男』は、なにが楽しくて犬なんてやっているんだろう。
「『一条都の愛犬』であることが、楽しいんだろうなァ」
そう言って、俺は笑った。
「あれっ? なんか、家具が大きくないですか?」
「はい。俺の身長に合わせた特注品です」
「ええっ!? あの、身長何センチですか?」
「184cmですね」
このやりとり、今後の人生であと何回やるんだろう。3Q太郎に椅子を勧め、俺はベッドに腰掛ける。幸太郎がインタビュアー、カメラは啓太郎、竜太郎はメモを取りながら二人の補助をするらしい。
「Aさん、昨日は夢を見ましたか?」
「いいえ」
「夢は、どれくらいの頻度で見るんですか?」
「毎日のように見る時もあれば、全く見ない時もありますよ」
「Aさんは、何故、この館で眠ると不思議な夢を見られるのか、知っていますか?」
「俺は見たことが無いんですけど。館に住む『白いなにか』がそうさせるのではないかと、お客様やメイド達の間で噂になっていますね」
「『白いなにか』?」
「はい。館がある山は社長の一族が代々受け継いできた古い山で、この館もそれなりに古いものです。一族は山を大切にしてきましたから、山に居た『白いなにか』が一族を気に入って、一族を守っているのではないか、と噂されています。で、一族の末裔である社長の話なんですが・・・」
少し、間を開ける。
「とても優しい人なんです。悪い話は滅多に聞きません。社長は動植物が好きでね。以前雇っていたメイドが作ったサラダに、生きた蛙が入っていたことがあるんですけど、」
「蛙!?」
話の腰を折るなクソ馬鹿が。
「はい。蛙です。社長はそれを『あら、生命力の強い子ね』と言って、庭の森に逃がしてあげたんですよ。真っ青になって謝るメイドも、一言も責めずに許していました」
これは本当の話だ。あとでその話をした時に『可愛い顔が不思議そうに私を見ていて吃驚しちゃった』と都は笑っていた。
「『白いなにか』は社長のそんなところを気に入っているんでしょうね。社長の代から、館の中で不思議なことが起こるようになったそうです。夢もその一つですね」
「夢の他にはどんな不思議なことが起こるんですか?」
「四季の移ろいを教えてくれるんですよ。例えば、」
「はっ?」
話の腰を折るなクソ馬鹿が。
「・・・例えば、春になると、玄関に綺麗な桜の花びらが山積みになっています。夏になると蝉の抜け殻、秋は木の実や紅葉、冬は、年明けに必ず七草粥の材料が置かれていますよ」
これも本当の話だ。ジャスミンが都に季節を知らせると、あいつは俺達が羨ましいくらい甘やかされているというのに、もっともっと甘やかされて、都から顔中にキスしてもらったり、大きくて柔らかい胸に額をぐりぐりと押し付けながら抱きしめてもらったり、膝枕をしてもらいながら腹を撫でられてそのまま数時間眠ったりしている。俺達がその現場を見るとニタアと笑うような顔をするのが心底腹立たしい。
「『白いなにか』は、悪意を持った存在ではないんですね?」
「いいえ」
「えっ? 違うんですか?」
「はい。社長に危害を加えようとすると、怒り狂いますよ」
「怒り狂う!?」
「はい。怖いですよ」
俺がそう言ってやると、3Q太郎は目を輝かせた。
「なにがあったんですか?」
「社長の部屋は最上階にあるでしょう? 悪いことをしようと思って階段を登ると、必ず、落ちます」
「エエッ!?」
「警告なんでしょうね。不思議と怪我はしないんですよ」
「それは怖いですね・・・。他にはどんなことが?」
「そうですね、さっき『社長の悪い話は滅多に聞かない』と言いましたけれど、悪く言う人はとことん悪く言うんですよ。そういう人って、あの優しい社長が見限って関係を切る場合が多いんですよね。『常識』が通用しない人ばかりなんです。そういう人の話がいくつかありますね」
「はあ」
「社長との商談がうまくいかないことに激昂した男が社長を殴ろうとしたら、ふっ、と倒れてしまって、搬送先で『貧血』と診断されて入院することになったり」
「うわあ」
「後輩のメイドを虐めるメイドに社長が説教をしたら、逆恨みして食事に下剤を混ぜてきたことがあるんですけど、腹を下したのは社長ではなくそのメイドだったり。作るところから運ぶところまで、そのメイド一人で作業したのに、ですよ」
「ええっ」
「朝まで酒盛りをしたお客様が『酒を飲んでいたせいで夢を見られなかった、金を返せ』と言って酒瓶を社長に投げつけようとしたら、何故かそのお客様の額に酒瓶が跳ね返って、これも倒れはしたものの怪我は無し。『白いなにか』は社長が慈悲深いことを知っていますから、一度目は必ず警告で済ませるんでしょうね」
これも本当の話だ。
「二度目は、どうなるんですか?」
「二度目はありません。というのも、警告されると見え始めるんですよ。『白いなにか』がね。目の前を横切っていったり、気付くと視界の隅に居たり。みーんな気味悪がって大人しくなります。ああ、それとね、」
俺は前髪を搔き上げる。
「敷地内、特に館の中をむやみやたらに撮影しない方がいいですよ」
「えっ? 許可はいただいていますが・・・」
「社長が貴方達のファンだから『白いなにか』も許しているんでしょう。本来なら、携帯でもカメラでも、撮影しようとすると機材が壊れてしまうんですよ?」
「ええ!?」
「敷地内は、館の外観、外壁や門扉が映り過ぎると駄目みたいですね。館の中は全て駄目です。特に、一条家の人間やメイド達を撮影しようとすると、撮影機材が派手に壊れて、壊れた拍子に怪我をすることもあります。ああ、でも、部屋に運んだ食事を撮影してブログに投稿した女性客は大丈夫だったな」
「どういう基準なんでしょうかね?」
「『白いなにか』は相当なやきもち焼きなんでしょうね。社長の情報を外部に漏らしたくないんでしょう。ですから、ここで撮影したものは上手に編集してくださいませんと、データが壊れてしまうか、撮影機材自体が壊れてしまうと思いますよ。俺が知っている情報はこんなものかな?」
「Aさん、貴重なお話をありがとうございました」
「いえいえ、お疲れ様でした」
3Q太郎は部屋を出ていった。
「あほくさ・・・」
がちゃ、と勝手にドアが開いて、一枚の紙を咥えたジャスミンが中に入ってきた。俺の目の前に座り、紙を差し出すように顎を上げる。
『ドッグカフェ ~きらきらぼし~ 新規開店!』
三つ隣の町にドッグカフェができたらしい。四匹居る看板犬の紹介と、犬用のランチプレートやデザートのメニュー表が書かれている。人間はワンドリンク制で、軽食もあるらしい。大型犬は要予約。
「・・・行きたいのか?」
『白いなにか』は上目遣いで俺を見る。
「うーん、千代と桜子を連れていってもいいし、たまには美代と直治も連れだして兄弟の親睦を深めるかなァ・・・?」
ジャスミンはニパーッと笑い、尻尾をブンブン振りながらその場でくるくると回り始めた。
「ジャスミン、都に許可をとるんだぞ?」
わん!
ジャスミンは部屋を出ていった。ドアを開ける時は勝手に鍵まで開けるくせに、閉めてはいかない嫌なヤツだ。俺は立ち上がってドアを閉め、もう一度ベッドに腰掛けた。
「犬、ねえ・・・」
『白い男』は、なにが楽しくて犬なんてやっているんだろう。
「『一条都の愛犬』であることが、楽しいんだろうなァ」
そう言って、俺は笑った。