百四十五話 事情聴取

文字数 2,819文字

談話室で休憩していると、都がやってきた。付き従っているジャスミンは青いエリザベスカラーを着けられて『お仕置き』されている。


「美代、直治」


声が少し怒っていた。


「淳蔵のポケットと服の中に、一匹ずつ隠れなさい」

「はい」

「はい」


美代は小さな鼠を、俺も小さな蛇を出して淳蔵に渡す。淳蔵は鼠をポケットに、蛇を服の中に入れた。


「淳蔵」

「はい」

「なにを喋ってもいいわ。おちょくっても茶化してもいい。面倒臭くなったら黙っていなさい。私の指示があった場合は従うように」

「はい」


かんかん! ドアノッカーを乱暴に叩く音。


「来なさい」


都に従い、玄関に行く。待機していたのであろう千代がドアを開けた。現れたのは、白木と、スーツの男が一人。


「一条淳蔵さんですかな?」


白木が不敵に笑って言う。


「はい」


淳蔵が素直に答えた。


「〇〇事件の重要参考人として、署までご同行願いたい」

「ニャんです? 〇〇事件って」


千代がチェシャ猫のように笑う。


「〇〇という場所で、五人の死体があがった事件だ。被害者の手の指と足の指は全て切り取られ、指は被害者の胃袋の中から見つかった。消化具合からして、一日一本、丸飲みさせられていたんだろう。猟奇的な事件だよ。死体が発見された〇〇付近の防犯カメラに、淳蔵さん、貴方と思われる人物が映っていた。それも何ヵ所もね。さあ、任意ですから拒否しても構いませんが、どうします?」

「わかりました、同行します。その前にちょっといいですか?」

「便所ならあとにしてくれ」

「いや、そうじゃなくて」


淳蔵は都の顎を掬い上げ、後ろ髪を掴むと少し乱暴にキスをした。


「はい、いいですよ。行きましょう」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃいませェ!」


白木が悔しそうな顔をした。淳蔵は警察車両に乗って、署まで連れて行かれることになった。俺達は談話室に戻る。


「随分とまた、乱暴な手段に打って出たね」

「なんで淳蔵なんだ?」

「さあ? 事情聴取を盗み聞きしていればわかるんじゃないかしら?」

「楽しみですねェ」

「ええ、本当に」


千代が怖いもの知らず過ぎて、怖い。

車が揺れる感覚が無くなって、身体が静かに上下する。複数人の足音に続いて、椅子に座っているのであろう音がした。事情聴取が始まったらしい。


『黙秘権はある。上手に使いこなせ』

『面倒臭くなったら黙りまーす』

『弁護士は呼ばなくていいのか?』

『冤罪なので結構です』

『フンッ、精々強がれ色男』


俺が白木を、美代が淳蔵を演じる。


『死体が発見された〇〇付近の写真だ。〇〇月〇〇日午前〇〇時〇〇分から、午前〇△時◇△分。監視カメラを確認しているような素振りを見せている。長身、少し癖のある腰まで届く長髪、顔や骨格を隠そうとしているのか、サングラスとマスク、秋にしては暑っ苦しいコートを着ているな。これは、お前じゃないのか?』

『俺じゃないですね』

『お前じゃなかったら誰なんだ?』

『顔や骨格を隠して俺の変装をしている誰かじゃないですか?』

『なにィ?』

『身長なんてシークレットブーツでもなんでも履きゃいい。髪はカツラかウィッグ、顔や骨格を隠すためにサングラスとマスクをして、秋にしては暑っ苦しいコートを着ている、とか?』


淳蔵は鍋が煮える様にくつくつと笑った。


『〇〇月〇〇日のこの時間帯、お前はどこで誰となにをしていた?』

『ママとセックスしてました』

『はあ!?』

『冗談冗談。その時間なら、いつも自室で一人で寝てますよ』

『アリバイを証明できる人間は居ないんだな?』

『居ませんね』

『なら、この写真の人物は、お前だ』


少しの沈黙。


『他になんか証拠あんの?』

『これだけで十分だ』

『そっちの刑事さんもそう思うー?』


返答は無い。


『それとも他になんか企んでるのかね?』

『なんだと思う?』

『んー、俺を殺人犯に仕立て上げて、館を家宅捜索したいとか?』

『それもいいな』

『面倒臭くなってきちまった。俺が黙る前に単刀直入に言えよ』


「美代」

「淳蔵」


都が美代を通して淳蔵に指示を出す。


『白木悠、五十九歳。今まで『勘』なんてモノを頼りに、捜査一課の刑事として凶悪犯を次々と逮捕し、出世街道を邁進していった』

『なんだ急に』

『あんたはテレビドラマに出てくるような『理想の刑事』だ。立派な体格、武術大会では目覚ましい成績を収め、精悍な顔立ち、真面目で優しい性格。おまけに、思考停止した馬鹿が喜びそうな『勘』なんてモンも使いこなす。だからあんたは英雄視されている。あんたに協力する連中も多いんだろ? その反面、あんたを嫌う人間も多いけどな。イトコの愛美が事件を犯して出世街道から外れた時、喜んだ人間も多かったって聞くぜ?』


白木は沈黙している。


『お得意の『勘』が働いたか? 愛美は都に殺された、とか、都は大量殺人犯だ、とか。あと一年で、口の堅い人間を喋らせることができる警察手帳も、都を撃ち殺せる拳銃も国に返さなきゃいけなくなるから、焦ってるんだろ?』

『そんなに挑発して大丈夫か? 不利になるのはお前、もといお前のママだぞ?』

『冤罪なんでね。なにを言ってもなにを言われても不利にはならねえよ。さて、取り調べの時間って制限があるんだろ? 特別な許可がない限り、一日八時間以内。午前五時から午後十時の日中のみ。供述調書のサインも義務じゃないから俺はサインしない』

『ッチ、小賢しい!』


バン、とテーブルを叩く音がした。


『ハハッ、変装しやすかったから俺を選んだのか? 美代はモデルでも用意しないとバレちまうし、直治は滅多に館の外に出ないからな』

『・・・三つ、答えろ』

『なに?』

『あの男は、夢を操る白い男は、本当の夢も嘘の夢も見させられるんだろう?』

『すみません、仰っている意味がちょっと』

『お前達は、悪いことをしてもこころが痛まないのか?』

『あんたに言われても説得力が無いよ』

『・・・愛美を、愛美をどうした』

『問題を起こしたから解雇したつったろ』

『頼む・・・』


白木の声は、消え入りそうだった。


『ここだけの話だ・・・。本当にただ解雇して、駅に行って、そこで愛美は失踪したのか・・・?』

『知らねえよ』

『殺したんなら、それでもいい。私は、いや、俺は、愛美を、『まーちゃん』を、温かい場所に弔ってやりたいだけなんだ・・・』


「美代」

「淳蔵」


都が指示を出す。


『・・・あー、確か』

『なんだ?』

『履歴書と職務経歴書を直治が保存してたはずだけど・・・』

『・・・譲ってくれるのか?』

『社長の都に聞かないとなんとも』

『・・・わかった。非礼を詫びよう』

『じゃ、帰っていい?』

『送らせる』

『これ以上、お前らの顔見たくないんでね』


揺れた。淳蔵が立ち上がったらしい。ドアの開く音、静かな足音。上下に揺れ、ぴたりと止まる。都のプライベート用の携帯が鳴った。


「お疲れ様」

『上出来か?』

「ええ。帰ってきたらキスしてあげる」

『やったぜ。じゃ、美代を送ってくれ』

「またあとで」


都が電話を切った。美代が無言で立ち上がり、笑顔で手を振って談話室を出ていった。
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