百三十三話 兄弟愛
文字数 1,853文字
美代が熱を出した。相当無理をしたんだろう。俺と淳蔵と都で交代で面倒を見て、千代が食事を運んでは心配して静かに見つめている生活が、二週間。
「熱、引かねえなァ」
淳蔵は雑誌を読まずに、ソファーにただ座っている。
「往診に来た都の医者もお手上げだからな。解熱剤でなんとか凌いでるが、あのままじゃ可哀想だ」
「精神的なものから発熱してるんだろうっつってたけど、やっぱ『アレ』だよな」
「『アレ』だな」
短期間に詰め込んだ過度の運動と、復讐。美代は美代が思っている程、頑丈じゃない。『虐待と苛めで鍛えられたから』なんて自虐して笑っていた時期もあるが、そんなモンで鍛えられることなんてあるものか。
ずる、ずる。
「んっ?」
ずる、ずる。
「なんだァ?」
なにかを引き摺る音。淳蔵が立ち上がり、談話室の外を見たかと思うと、慌てて駆け出していった。俺は驚いてあとを追いかける。
「美代っ、こんなところでなにしてるんだよっ」
淳蔵が寝間着姿の美代を抱きかかえる。
「みやこ・・・、みやこ、いなくて・・・」
「なん、」
「み、美代!?」
振り返ると、水を汲んだ水差しを持った都が居た。キッチンに行っていたのだろう。
「みやこ、ひとりに、しないで」
俺は都に詰め寄った。
「馬鹿がッ、精神的に不安定になって発熱してるヤツを一人にする馬鹿がどこにいるんだッ」
「ご、ごめんなさい」
「俺でも千代でも携帯で呼べばいいだろうがッ、二度とこんな真似するなッ」
「はい・・・」
「・・・部屋に戻るぞ」
「はい・・・」
俺は淳蔵にかわってそっと美代を抱き上げると、階段を登って美代の部屋に運んだ。ベッドに寝かせて布団をかけてやる。
「なおじ・・・」
「なんだ」
「きすして」
「なぅ・・・なん・・・」
人生最大の疑問がここで更新された。熱で浮かれているのか?
「あつぞうは『あいしてる』っていってしてくれた・・・。たのむよ・・・」
「い、いや、それはお前と淳蔵の問題で、あの・・・」
都が慌てて後ろを向いている。なにしてるんだ都。なにしてるんだ淳蔵と美代。なにしようとしてるんだ俺。
「あ、あの、一回だけだぞ・・・」
「うん・・・」
「あ、愛してるよ、美代」
俺はそっと唇を吸って、すぐに放した。美代は吃驚している。なんでだよ。
「ち、ちがう、おでこに」
「え?」
「きょ、きょうだいあい、だよ」
「・・・ばっ、おま、そういう事は早く言え!」
「ふ、くくく・・・」
「早く良くなれ馬鹿美代っ!」
俺は慌てて部屋を出た。談話室に戻ると、淳蔵が顔を真っ赤にしていた。
「淳蔵、どうした」
「心配だから鴉で覗いて・・・」
「あっ、おま、お前馬鹿だろっ! おーまーえーがー馬鹿なんだろっ!」
「すまん・・・すみません・・・」
「一番の馬鹿は俺だッ! このアホ共!」
ひょこ、と千代が談話室に顔を出す。
「あ、あの、なおじさ、」
「休憩行ってこいッ!」
「はいぃっ!!」
結局、美代の熱が引くまで、俺は美代の面倒を見る度に無駄にどきどきして過ごした。
二週間後。
談話室に行く。淳蔵は雑誌を読まずに座っていて、美代も仕事はしていなかった。
「おー、待ってたぞ」
「なんだ」
俺がいつも座る席の前に、ピンク色のプリンが置かれている。
「なんだこれ」
「俺のお気に入り。都にはあんまり刺さらなかったんだけど、お前らはどうかと思ってな」
『さくらミルクプリン』とパッケージには書かれている。淳蔵が包装を開封したので、俺と美代もそれに倣った。スプーンで上に乗っているクリームを掬い、口に含む。
「あッま・・・」
「・・・かなり甘いな」
プチプチとした食感はなにかと思って歯にくっついたのを舐めて確かめたら、ホワイトチョコだった。
「良い香りだろ?」
「ハハッ、確かに」
美代は上機嫌だ。別段甘いモノが得意ではないのに。
「淳蔵はいいよなあ、なにも手入れしなくてもその顔とその身体だし・・・」
「体質なんだろうなァ」
「色んな方面の人間を敵に回すような発言しやがって」
「美代は苦労してるよなあ、化粧しないと外に出られない恥ずかしがり屋さんだし、鍛えても筋肉つかねーし」
「そーだよ。だから早寝早起きして、食べる量も極力おさえてるんだっつの」
「俺が才能の人ならお前は努力の人だな」
「あ、今、俺を敵に回したな」
「おー、かかってこいよ」
「これ食い終わったらな」
いつも通り軽口を叩き合っている。元気になって良かった。食べ終わった後も普通に談笑している。
「ピザ食べたい」
「病み上がりにピザは駄目だろ」
「兄貴買ってきてくれよ」
「ママから許可が出たらな」
「絶対出ないじゃねえかよ・・・」
そう言いながらも、美代は笑った。
「熱、引かねえなァ」
淳蔵は雑誌を読まずに、ソファーにただ座っている。
「往診に来た都の医者もお手上げだからな。解熱剤でなんとか凌いでるが、あのままじゃ可哀想だ」
「精神的なものから発熱してるんだろうっつってたけど、やっぱ『アレ』だよな」
「『アレ』だな」
短期間に詰め込んだ過度の運動と、復讐。美代は美代が思っている程、頑丈じゃない。『虐待と苛めで鍛えられたから』なんて自虐して笑っていた時期もあるが、そんなモンで鍛えられることなんてあるものか。
ずる、ずる。
「んっ?」
ずる、ずる。
「なんだァ?」
なにかを引き摺る音。淳蔵が立ち上がり、談話室の外を見たかと思うと、慌てて駆け出していった。俺は驚いてあとを追いかける。
「美代っ、こんなところでなにしてるんだよっ」
淳蔵が寝間着姿の美代を抱きかかえる。
「みやこ・・・、みやこ、いなくて・・・」
「なん、」
「み、美代!?」
振り返ると、水を汲んだ水差しを持った都が居た。キッチンに行っていたのだろう。
「みやこ、ひとりに、しないで」
俺は都に詰め寄った。
「馬鹿がッ、精神的に不安定になって発熱してるヤツを一人にする馬鹿がどこにいるんだッ」
「ご、ごめんなさい」
「俺でも千代でも携帯で呼べばいいだろうがッ、二度とこんな真似するなッ」
「はい・・・」
「・・・部屋に戻るぞ」
「はい・・・」
俺は淳蔵にかわってそっと美代を抱き上げると、階段を登って美代の部屋に運んだ。ベッドに寝かせて布団をかけてやる。
「なおじ・・・」
「なんだ」
「きすして」
「なぅ・・・なん・・・」
人生最大の疑問がここで更新された。熱で浮かれているのか?
「あつぞうは『あいしてる』っていってしてくれた・・・。たのむよ・・・」
「い、いや、それはお前と淳蔵の問題で、あの・・・」
都が慌てて後ろを向いている。なにしてるんだ都。なにしてるんだ淳蔵と美代。なにしようとしてるんだ俺。
「あ、あの、一回だけだぞ・・・」
「うん・・・」
「あ、愛してるよ、美代」
俺はそっと唇を吸って、すぐに放した。美代は吃驚している。なんでだよ。
「ち、ちがう、おでこに」
「え?」
「きょ、きょうだいあい、だよ」
「・・・ばっ、おま、そういう事は早く言え!」
「ふ、くくく・・・」
「早く良くなれ馬鹿美代っ!」
俺は慌てて部屋を出た。談話室に戻ると、淳蔵が顔を真っ赤にしていた。
「淳蔵、どうした」
「心配だから鴉で覗いて・・・」
「あっ、おま、お前馬鹿だろっ! おーまーえーがー馬鹿なんだろっ!」
「すまん・・・すみません・・・」
「一番の馬鹿は俺だッ! このアホ共!」
ひょこ、と千代が談話室に顔を出す。
「あ、あの、なおじさ、」
「休憩行ってこいッ!」
「はいぃっ!!」
結局、美代の熱が引くまで、俺は美代の面倒を見る度に無駄にどきどきして過ごした。
二週間後。
談話室に行く。淳蔵は雑誌を読まずに座っていて、美代も仕事はしていなかった。
「おー、待ってたぞ」
「なんだ」
俺がいつも座る席の前に、ピンク色のプリンが置かれている。
「なんだこれ」
「俺のお気に入り。都にはあんまり刺さらなかったんだけど、お前らはどうかと思ってな」
『さくらミルクプリン』とパッケージには書かれている。淳蔵が包装を開封したので、俺と美代もそれに倣った。スプーンで上に乗っているクリームを掬い、口に含む。
「あッま・・・」
「・・・かなり甘いな」
プチプチとした食感はなにかと思って歯にくっついたのを舐めて確かめたら、ホワイトチョコだった。
「良い香りだろ?」
「ハハッ、確かに」
美代は上機嫌だ。別段甘いモノが得意ではないのに。
「淳蔵はいいよなあ、なにも手入れしなくてもその顔とその身体だし・・・」
「体質なんだろうなァ」
「色んな方面の人間を敵に回すような発言しやがって」
「美代は苦労してるよなあ、化粧しないと外に出られない恥ずかしがり屋さんだし、鍛えても筋肉つかねーし」
「そーだよ。だから早寝早起きして、食べる量も極力おさえてるんだっつの」
「俺が才能の人ならお前は努力の人だな」
「あ、今、俺を敵に回したな」
「おー、かかってこいよ」
「これ食い終わったらな」
いつも通り軽口を叩き合っている。元気になって良かった。食べ終わった後も普通に談笑している。
「ピザ食べたい」
「病み上がりにピザは駄目だろ」
「兄貴買ってきてくれよ」
「ママから許可が出たらな」
「絶対出ないじゃねえかよ・・・」
そう言いながらも、美代は笑った。