二百二十二話 お式の打ち合わせ

文字数 2,549文字

「俺は『跳躍力の向上』だよ。本体で飛び跳ねたら天井にぶつかるだろうし、変なところに飛び乗って降りられなくなったら困るから試してないけど、鼠は機動力が格段に上がったから、下水道なんかを通らなくても建物の間を移動して潜入したりできる・・・、って、どうしたお前ら?」


淳蔵は片手で頭を抱え、直治は深く項垂れた。二人が『身体に変化はないか』と言い出したのに、なんだこの反応は。


「都から聞いたのか?」

「そうだよ。この前来た『豚』みたいなヤツに対抗できるように、ワルプルギスの夜に都とっておきの『薬酒』を飲んで力を高める儀式をするって。なにか企んでるみたいだったから問いただしたら、全部喋ったぞ?」

「一言も聞いてねえよ・・・」

「俺もだよ。千代はずっとトマトジュース飲んでだけど、あいつは?」

「あのジュースにも薬酒を混ぜてあるよ。トマトジュースに混ぜると風味が良い具合になって飲みやすくなるんだと。千代君、トマトジュースが好きだから大喜びしてたし、ほんの少しだけだから下戸の千代君でもケロッとしてたってわけだ」

「ああああ・・・。駄目だ俺ぇ・・・」


直治が机に突っ伏した。淳蔵が珍しく直治を睨み付ける。


「償いはしたんですかねぇ?」

「兄さん、すみません、しっかり償いましたので・・・」


淳蔵が腕を組んで首を捻る。


「成程成程。お前らまた都のこころを掻き乱すために馬鹿犬に利用されたってわけだ」


俺は客にするようなとびっきりの笑顔を浮かべてやった。


「可哀想な兄弟よ、良いことを教えやろうか?」


淳蔵と直治が俺を見る。


「秋になったら、俺達と都で『フォトウェディング』をするぞ」


二人共固まっているので、俺は説明を続けた。


「知らないか? 衣装に着替えてプロのカメラマンに『最高の一枚』を撮ってもらう結婚式だよ。本格的な結婚式と違って色々と『楽』だから、今じゃ珍しくない『愛の誓いを立てる方法』なんだ」

「えっ、あ、いや、それは知ってんだけど、俺達と都がやるの? それを? 都、今まで一度も写真を撮らせてくれたことがないのにか?」

「断るなら別に構わないぞ。俺はやるけど」

「断るなんて一言も言ってねえよッ!!」


淳蔵が声を荒げた。俺は客用の笑顔を続ける。


「詳しい説明が必要か?」

「全部喋れ全部だ全部」

「都の部屋に飾ってるビーズのドレス、アレ、俺達と結婚式を挙げる時に、こんなドレスを着られたらいいなあ、と思って飾ってたんだってさ」


二人はどんなものが飾ってあったのか思い出そうとしているのか、考え込むような仕草をした。


「でも、俺達は『息子』なわけだし、『結婚式』だなんて『重い』と思われたら嫌だから、ドレスを見るだけで我慢していたと。俺がフォトウェディングを提案したら、じゃあ秋に、って話になったんだよ。お前らが断っても俺は絶対にやるから、気を遣っていただかなくて結構ですよ」

「お前・・・そんなずるい約束・・・」

「やるに決まってんだろアホンダラ!」

「どんなドレスを式で着る予定なのか、どうしてそのドレスなのか、理由も聞いたけど、聞きたいか? ん? 聞きたいかあ?」


二人は悔しそうな顔をしながらも、コクコクと頷いた。


「俺は『Aライン』のドレスだ。名前の通りアルファベットの『A』のようなシルエットのドレスで、シンプルで王道。都曰く『美代は華やかな人だから、私のせいでゴチャゴチャしないように、でも可愛いのが着たい』ってな」


俺は淳蔵を見た。


「兄貴は『ベルライン』のドレス。スカートが教会の鐘のようにふわっと広がっていて、大変可愛らしい。都曰く『淳蔵は格好良いし背が高いから、ベルラインのドレスを着ても写真映りが良いと思う』だってさ」


淳蔵は真っ赤になった顔を両手で覆った。俺は直治を見る。


「弟は『マーメイドライン』のドレス。裾が人魚の尾鰭みたいで綺麗なうえに、身体のラインを強調する、大人っぽいドレスだ。都曰く『直治は落ち着いた雰囲気の男性だから、シックな雰囲気のドレスにする』だってさ」


直治も淳蔵と全く同じことをした。


「都の商売相手にウェディングドレスの縫製職人が居るから、早くて三ヵ月、遅くても半年で形になるって言ってたな。『恥ずかしくて二人に聞きづらい』って言ってたから、『俺がかわりに聞いてあげるよ』って約束したんだよ。お前らがいきなり『身体に変化はないか』なんて俺のことを気遣ってくれちゃったから、言うタイミングがちょっと遅れちゃった。ごめんごめん」

『馬鹿美代!』


二人の声が重なった。


「都、早く返事が来ないかなあってもじもじしてるんじゃない? 衣装の細かい打ち合わせだって必要だろうし、今から部屋に行ってこいよ」


直治は一言も発さずに、物凄い速さで談話室を出ていった。淳蔵が悔しそうに顔を顰める。


「なにしてんだよ兄貴。お前も行け」

「二人の邪魔になんだろうが・・・」

「直治が都になにかやらかしたんだろ。追及しないでおいてやるから、意地悪してこい」

「・・・そういうことならそうする」


淳蔵も談話室を出ていった。


「ったく、馬鹿はお前らだっつうの。俺の都になにしたんだか」


ひょこ、と千代が談話室に顔を覗かせる。


「ありゃ、居ない」

「あー、千代君、下手したら直治、当分戻らないかも。好きに休憩取っていいよ」

「はァい! では・・・」


俺の休憩が終わる。再教育のために桜子の部屋に戻ると、桜子はビーズ手芸の雑誌を読みながら俺を待っていた。


「美代様、おかえりなさいませ」

「ただいま。じゃ、さっきの続きをしようか」

「はい」


真剣に勉強する桜子の横顔を見下ろして、俺は優越感に浸る。

こいつも、月夜に都と結婚式を。

でも、あれは、モーリーを揺るがすための作戦だった。都の純粋な望みではないのだ。


「桜子君」

「はい?」

「この様子だと早くて六月、遅くても七月中旬には終わるね。よく頑張ってるよ」

「ありがとうございます」

「八月は都の誕生月。世間じゃ夏休みだ。宿泊客を多くとって、館を賑やかにする月だから、当然のことながらメイドと直治は忙しい。送迎している淳蔵もね。桜子君が二羽目の小鳥として働き始めるのを楽しみにしているよ」

「はい! 頑張ります!」


にこ、と笑う桜子に、俺も笑って応える。

性格悪いな、俺。

でも、そんな俺を都は好きなのだと思うと、口角が変に上がるのを堪えるのが大変だった。
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