二百五十四話 孤独
文字数 2,890文字
『厄介なお客様』が来たらしいので、私達メイドはキッチンに避難させられていた。
「『厄介なお客様』って、どんな方なんですか?」
瞳さんが問う。
「『園田源八郎』って名前のお爺さんですぅ。自分好みの娘を見つけると財力に物を言わせて口説き落として、愛人にするんですよォ。いつも『近くを通りかかったから』と嘘を言って都さんに会いに来るついでに、私達メイドにちょっかいをかけようとするんですよォ」
声を落とした千代さんが答えた。
「わ、怖いですね、それは・・・」
「ほんと、元気なお爺さんですよォ」
「そういえば、都様っておいくつなんですか?」
「永遠の十五歳ですぅ」
「企業秘密なんですね」
瞳さんがくすくす笑った。私は疑問に思った。
「えー? それってつまりおばさんってことですよね?」
「え? なんでそうなるんですか?」
瞳さんが吃驚する。
「若作りするってことはおばさんってことですよ?」
「それって経験談ですか?」
「え? どういうことですか?」
「コンビニで新商品が発売された話をメイドの皆でした時、『私、お酒を買う時、いつも年齢確認されるんですー』って嬉しそうに言ってましたよね?」
「はい。本当に年齢確認されるので。レジで毎回、機械が、ピーって。アレって、店員さんが私のことを未成年だと思って、レジのボタンを押してるんでしょ?」
「アレは未成年に販売してはいけない商品を販売する時に、必ずレジで年齢を確認するように法律で義務付けられているからですよ」
「えー? そうなんですかー? 初めて聞いたぁ」
「そうですか。もういいです」
瞳さんは冷たく言い放った。やっぱりこの人、気が強くて苦手だ。先輩とはいえ年下なんだから、それなりの態度で接してほしい。千代さんも桜子さんも庇ってくれないし、嫌な気分だ。
「美影さん、明日は常連のお客様の接客を二人でしますから、くれぐれも失礼のないように」
「はーい」
私に話しかけたのは桜子さんなのに、瞳さんが睨む。早くこの空間から解放されたかった。
翌日。
客が来た。老夫婦と小さな男の子。男の子は紺色のスーツを着て、赤い蝶ネクタイをしていた。
「いらっしゃいませ」
都様が出迎える。
「こんにちは」
男の子が少し恥ずかしそうに言う。都様はスカートの裾を抓み上げてゆっくりとしゃがみ、男の子に視線を合わせた。
「こんにちは」
「よじさわたく、にさいです」
「タク君、おねえさんの名前は都です。よろしくね」
『おねえさん』ではないと思うが、私はなにも言わなかった。タク君はスーツのポケットから個包装の飴を取り出す。
「あげる!」
「あら、ありがとう」
都様が飴玉を受け取ると、お婆さんが上品に笑い、お爺さんがタク君を抱き上げた。
「ハハハ、飴玉は友達になった証です」
「まあ、嬉しいです。さあ、こちらへどうぞ」
談話室へ移動する。二人でお茶と、桜子さんお手製のクッキーを運び、談話室の外で待機する。桜子さんは『指示』と言っていたけれど、私にとっては『命令』。都様から『命令』があった時に、すぐに動けるように待機する。談話室の中から会話が聞こえてくる。
「都さん、聞いてくださいな。この人ったらタクが産まれてから、あっちに連れていきこっちに連れていきで、大変なんですよ」
「それで当館にも?」
「そうなんです。息子の時もそう。爬虫類好きの息子のために、誕生日プレゼントに私の許可無くペットショップで亀を買ってきたという話はしたでしょう?」
「女の子の亀の『ミーコちゃん』ですね」
「ミーコがもう三十歳になるんですよ。恐ろしいわあ、二歳の時には襖を開けるようになったんですから。『爬虫類は懐くんじゃなくて慣れる』なんて言う人がいますけれど、嘘ですね、アレは。タクが遊びに来ると、ミーコが襖を開けてタクに会いに来るんですから」
都様がくすくす笑う。
「血は争えないのかしら。タクも息子と同じで、すっかり爬虫類の虜に。麓の町の川に日本固有種のニホンイシガメが多く生息していると聞いた途端、見に行きたい、じいじ連れてって、と、一番甘いところを攻めてくるんです。『ばあばも一緒じゃないと楽しくない』と言われてしまって、困ったものです」
お婆さんが笑った。
「あのね、にほんいしがめはね、じゅんぜつめつきぎゅしゅなんだよ」
タク君が言う。
「そうなの?」
都様が聞く。
「うん。かんきょうはかいと、すいしちのあっかと、ほかのかめにまけたり、いでんしおせんされたり、どうぶちにたべられて、じゅんぜつめつきぎゅしゅなんだよ。だから、まもってあげなくちゃいけないんだよ!」
お爺さんが嬉しそうに笑う。
「ハハハ、我が孫ながら誇らしい。末は博士か大臣か?」
「フフッ。爬虫類博士か、環境大臣ですね」
退屈な時間。結局、ただ突っ立っているだけで終わった。お茶を終えた食器をキッチンに持って行くと、瞳さんがハーブティーを淹れていた。瞳さんは美代様のことが好きらしい。美代様がハーブティーを常飲していることを知ると、接点を持とうとしているのか、よく美代様の事務室に運ぶようになった。小賢しい人だ。でも、後々利用できるかもしれない。
「桜子さん、美影さん、私が食器を洗っておきますよ」
「ありがとうございます。お願いしますね」
「お客様に小さなお子様が居たんですよね?」
「はい。タク君というお名前の二歳の男の子です。紺色のスーツを着て、赤い蝶ネクタイを着けていました。お行儀良くて利発なお子様でしたよ」
「わあ、可愛いだろうなあ」
足音が聞こえた。キッチンに都様とお爺さんが来た。
「桜子さん、いいかしら?」
「なんでしょう?」
「タク君がさっきのクッキーを気に入ったんですって。明日の『フィールドワーク』のおやつにするから、今日のうちに作っておいてね」
「かしこまりました」
「今夜の食事当番は誰?」
「私です」
瞳さんが答える。
「タク君、うどんが大好物なんですって。お子様プレートに追加でうどんも作ってね」
「はい」
お爺さんが瞳さんになにかのメモを渡す。
「すみません、うどんの茹で加減や出汁は、このメモの通りに作っていただけませんか?」
瞳さんがメモに目を通す。
「かしこまりました」
「ありがとうございます。では、失礼します」
お爺さんはキッチンを出ていった。私は疑問に思った。
「あのー、都様?」
「なあに?」
「これって『過剰接客』じゃないですか? 追加料金ちゃんと取ってるんですか?」
都様はきょとんとした。私は続ける。
「『太客』だからって、良くないと思うんですけどー」
「言葉の使い方、間違ってるわよ」
「え?」
「社長の私が良いって決めたんだから良いの」
都様はにっこり笑って、キッチンを出ていった。
「え、今の、見ました? 『パワハラ』ですよね?」
「はあ? どこがですか?」
瞳さんが鋭い声を上げる。
「だって、話逸らしたし、なんか『マウント』取ってきたし」
「ハーブティーができたので失礼します」
瞳さんはキッチンを出ていった。
「あのー、桜子さん? 相手が子供だからって依怙贔屓するの、おかしいですよね?」
「瞳さん、顧客の要望に応えるのも、仕事ですよ」
桜子さんもキッチンを出ていった。
「・・・あー。しんどいなあ」
私って、孤独だな。
「『厄介なお客様』って、どんな方なんですか?」
瞳さんが問う。
「『園田源八郎』って名前のお爺さんですぅ。自分好みの娘を見つけると財力に物を言わせて口説き落として、愛人にするんですよォ。いつも『近くを通りかかったから』と嘘を言って都さんに会いに来るついでに、私達メイドにちょっかいをかけようとするんですよォ」
声を落とした千代さんが答えた。
「わ、怖いですね、それは・・・」
「ほんと、元気なお爺さんですよォ」
「そういえば、都様っておいくつなんですか?」
「永遠の十五歳ですぅ」
「企業秘密なんですね」
瞳さんがくすくす笑った。私は疑問に思った。
「えー? それってつまりおばさんってことですよね?」
「え? なんでそうなるんですか?」
瞳さんが吃驚する。
「若作りするってことはおばさんってことですよ?」
「それって経験談ですか?」
「え? どういうことですか?」
「コンビニで新商品が発売された話をメイドの皆でした時、『私、お酒を買う時、いつも年齢確認されるんですー』って嬉しそうに言ってましたよね?」
「はい。本当に年齢確認されるので。レジで毎回、機械が、ピーって。アレって、店員さんが私のことを未成年だと思って、レジのボタンを押してるんでしょ?」
「アレは未成年に販売してはいけない商品を販売する時に、必ずレジで年齢を確認するように法律で義務付けられているからですよ」
「えー? そうなんですかー? 初めて聞いたぁ」
「そうですか。もういいです」
瞳さんは冷たく言い放った。やっぱりこの人、気が強くて苦手だ。先輩とはいえ年下なんだから、それなりの態度で接してほしい。千代さんも桜子さんも庇ってくれないし、嫌な気分だ。
「美影さん、明日は常連のお客様の接客を二人でしますから、くれぐれも失礼のないように」
「はーい」
私に話しかけたのは桜子さんなのに、瞳さんが睨む。早くこの空間から解放されたかった。
翌日。
客が来た。老夫婦と小さな男の子。男の子は紺色のスーツを着て、赤い蝶ネクタイをしていた。
「いらっしゃいませ」
都様が出迎える。
「こんにちは」
男の子が少し恥ずかしそうに言う。都様はスカートの裾を抓み上げてゆっくりとしゃがみ、男の子に視線を合わせた。
「こんにちは」
「よじさわたく、にさいです」
「タク君、おねえさんの名前は都です。よろしくね」
『おねえさん』ではないと思うが、私はなにも言わなかった。タク君はスーツのポケットから個包装の飴を取り出す。
「あげる!」
「あら、ありがとう」
都様が飴玉を受け取ると、お婆さんが上品に笑い、お爺さんがタク君を抱き上げた。
「ハハハ、飴玉は友達になった証です」
「まあ、嬉しいです。さあ、こちらへどうぞ」
談話室へ移動する。二人でお茶と、桜子さんお手製のクッキーを運び、談話室の外で待機する。桜子さんは『指示』と言っていたけれど、私にとっては『命令』。都様から『命令』があった時に、すぐに動けるように待機する。談話室の中から会話が聞こえてくる。
「都さん、聞いてくださいな。この人ったらタクが産まれてから、あっちに連れていきこっちに連れていきで、大変なんですよ」
「それで当館にも?」
「そうなんです。息子の時もそう。爬虫類好きの息子のために、誕生日プレゼントに私の許可無くペットショップで亀を買ってきたという話はしたでしょう?」
「女の子の亀の『ミーコちゃん』ですね」
「ミーコがもう三十歳になるんですよ。恐ろしいわあ、二歳の時には襖を開けるようになったんですから。『爬虫類は懐くんじゃなくて慣れる』なんて言う人がいますけれど、嘘ですね、アレは。タクが遊びに来ると、ミーコが襖を開けてタクに会いに来るんですから」
都様がくすくす笑う。
「血は争えないのかしら。タクも息子と同じで、すっかり爬虫類の虜に。麓の町の川に日本固有種のニホンイシガメが多く生息していると聞いた途端、見に行きたい、じいじ連れてって、と、一番甘いところを攻めてくるんです。『ばあばも一緒じゃないと楽しくない』と言われてしまって、困ったものです」
お婆さんが笑った。
「あのね、にほんいしがめはね、じゅんぜつめつきぎゅしゅなんだよ」
タク君が言う。
「そうなの?」
都様が聞く。
「うん。かんきょうはかいと、すいしちのあっかと、ほかのかめにまけたり、いでんしおせんされたり、どうぶちにたべられて、じゅんぜつめつきぎゅしゅなんだよ。だから、まもってあげなくちゃいけないんだよ!」
お爺さんが嬉しそうに笑う。
「ハハハ、我が孫ながら誇らしい。末は博士か大臣か?」
「フフッ。爬虫類博士か、環境大臣ですね」
退屈な時間。結局、ただ突っ立っているだけで終わった。お茶を終えた食器をキッチンに持って行くと、瞳さんがハーブティーを淹れていた。瞳さんは美代様のことが好きらしい。美代様がハーブティーを常飲していることを知ると、接点を持とうとしているのか、よく美代様の事務室に運ぶようになった。小賢しい人だ。でも、後々利用できるかもしれない。
「桜子さん、美影さん、私が食器を洗っておきますよ」
「ありがとうございます。お願いしますね」
「お客様に小さなお子様が居たんですよね?」
「はい。タク君というお名前の二歳の男の子です。紺色のスーツを着て、赤い蝶ネクタイを着けていました。お行儀良くて利発なお子様でしたよ」
「わあ、可愛いだろうなあ」
足音が聞こえた。キッチンに都様とお爺さんが来た。
「桜子さん、いいかしら?」
「なんでしょう?」
「タク君がさっきのクッキーを気に入ったんですって。明日の『フィールドワーク』のおやつにするから、今日のうちに作っておいてね」
「かしこまりました」
「今夜の食事当番は誰?」
「私です」
瞳さんが答える。
「タク君、うどんが大好物なんですって。お子様プレートに追加でうどんも作ってね」
「はい」
お爺さんが瞳さんになにかのメモを渡す。
「すみません、うどんの茹で加減や出汁は、このメモの通りに作っていただけませんか?」
瞳さんがメモに目を通す。
「かしこまりました」
「ありがとうございます。では、失礼します」
お爺さんはキッチンを出ていった。私は疑問に思った。
「あのー、都様?」
「なあに?」
「これって『過剰接客』じゃないですか? 追加料金ちゃんと取ってるんですか?」
都様はきょとんとした。私は続ける。
「『太客』だからって、良くないと思うんですけどー」
「言葉の使い方、間違ってるわよ」
「え?」
「社長の私が良いって決めたんだから良いの」
都様はにっこり笑って、キッチンを出ていった。
「え、今の、見ました? 『パワハラ』ですよね?」
「はあ? どこがですか?」
瞳さんが鋭い声を上げる。
「だって、話逸らしたし、なんか『マウント』取ってきたし」
「ハーブティーができたので失礼します」
瞳さんはキッチンを出ていった。
「あのー、桜子さん? 相手が子供だからって依怙贔屓するの、おかしいですよね?」
「瞳さん、顧客の要望に応えるのも、仕事ですよ」
桜子さんもキッチンを出ていった。
「・・・あー。しんどいなあ」
私って、孤独だな。