六十四話 また来た

文字数 2,488文字

手の角度をゆっくりとかえながら、俺は宝石の輝きを見つめていた。身体が熱っぽくなって頭がぼーっとして、涎が垂れそうになる程、良い気分になる。


「・・・ふ、っくく」


おかしい。おかしいだろ。


「は、っははは! あはははは!」


どうかしてる。あんな大金使って、俺達みたいなクズにこんなもの。


「・・・はー。仕事仕事」


今日は宿泊客が来る。出迎えは千代に任せている。その千代が、ノックなしでドアを開けて中に飛び込んできた。


「どうした!?」

「直治様ァ! 大変です! お客様がまた不審者です!」

「なっ!?」


俺は慌てて玄関に走った。後ろから千代も着いて来る。玄関には、仁王立ちしてる刺青の女と、少し距離を置いて遮るように立ち塞がる淳蔵と美代。


「おー、全部揃ったか。ばあさん呼んでこいよ」

「ふざけんな! とっとと帰れ!」

「うるせえよ雑魚が。私に触れもしないくせに喚くな」


俺は淳蔵と美代を無言で押しのけ、刺青の女に迫った。


「よせッ!! 直治!!」


刺青の女は勝ち誇ったように笑っている。俺は迷わず胸倉を掴んで殴りかかった。腕が使えなくなったって知るか!


「うッ!?」


呻き声を上げたのは、刺青の女の方だった。俺の腕は痺れず、刺青の女の胸倉をきっちり掴んで殴り飛ばした。刺青の女が吹っ飛んで玄関のドアにぶつかり、ずるずると落ちる。


「直治!! 大丈夫か!?」

「い、痛くなかったぞ」

「え!?」

「腕が、痛くない。痺れなかった」


こつ、こつ、と軽い足音が響き、


「いらっしゃいませ」


背後から都の声が聞こえた。俺達が振り返ると、薄く笑みを浮かべた都が立っていた。


「ば、ばばあッ!」

「なんでしょう」

「なにをしやがったッ!」

「指輪です」

「ゆび、」


刺青の女が俺達の指を見る。俺達も自分の指輪を見た。


「増幅器、ですね。貴方の刺青と同じですよ」

「う・・・」

「小さな指輪一つで、そのザマですか? 私、チャラチャラした殿方はあまり好みではないのだけれど、息子達にピアスを開けさせようかしら。指輪と同じ宝石のピアスをつけさせるの、セクシーでお洒落じゃない?」


淳蔵と美代が顔を見合わせ、にやりと笑い、刺青の女を見る。


「へー、ピアスか。良いなァ」

「穴を開けるの、痛くて気持ち良さそうだ。良いな」


二人が俺の横に並ぶ。


「あら、三対一ですね。私を入れると四対一かな? 千代さんは戦力外で」

「けけけ、警察呼びますゥ!」

「あら、増えちゃったわね。何対一かしら」


刺青の女は慌ただしく立ち上がった。


「クソッ! 二度と来るか!」

「またお越しくださいませ」


刺青の女はドアを乱暴に開けて出て行った。


「直治」

「は、はい」


怒られる、と思った。


「部屋においで。淳蔵と美代もね」

「・・・はい」

「千代さん、警察は呼ばなくていいわよ」

「わ、わかりました!」

「さ、行きましょ」


俺達は都の部屋に行き、椅子に座る。


「ごめんなさい。指輪、誕生日プレゼントっていうのは嘘じゃないのよ?」

「わかってるよ。都は俺達に嘘を吐かないからな。それより、これ、なんなんだ?」


淳蔵が顔の横に手の甲を掲げ、指輪を見せる。


「さっきも言ったけど、増幅器。外付けのだから身体に影響が無いの。あの馬鹿女みたいなのが来た時に、身を守れる術があった方がいいと思ってね。まさか直治が殴っちゃうとは思わなかったけど」

「す、すみません」

「怒ってないわよ。あ、ううん、ちょっと怒ってるかも。もうちょっと自分のことを大切にしなさい」

「はい・・・」

「千代君や雅に買ってあげたのも、なにか特別な力があるのかい?」

「千代さんのは疲れがとれやすい効果があるの。雅さんのは健康になる効果」

「成程」

「直治、客の審査はジャスミンがしたあと、お前がちゃんとチェックしてんだろ? あの馬鹿女、二回も審査に通ったのか?」

「一回目は元自衛官の女、二回目は小説家の女だった。名前は二回とも違う。怪しいところはなかった」

「直治、何度も言うけど貴方は悪くないからね。ジャスミンが悪いの。だからお仕置きしなくちゃ」


都は立ち上がり、棚の一番下の引き出しを開ける。取り出したのは青いエリザベスカラー。動物が怪我や手術、皮膚病などによる外傷を舐めたり齧ったりしないように、首周りに巻きつけるように固定する円錐台形状の保護具だ。固定するとメガホンのような形になる。


「ジャスミン、来なさい!」


寝室から、のっ・・・、とジャスミンが鼻だけ見せる。淳蔵が吹き出した。


「きーなーさーいー! ダイエットフードとカラーとどっちがいいの!」


ダイエットフードもお仕置きの一つだ。ジャスミンはよく食べるので少し肥満体形である。獣医には問題ないと言われているので無理にダイエットはさせていないが、過激な悪戯をした時はごはんをダイエットフードにされている。これがかなり不味いらしい。


「・・・三日間ダイエットフードか、一晩カラーをつけるか選びなさい」


ジャスミンはのそのそと遅い足取りで都の前に座る。都がカラーを取り付けると、なんとも間抜けな姿になった。


「ハハハ! 間抜けだなァ馬鹿犬! これに懲りたら都を怒らせるなよ!」

「全くだ。それにしてもどうする? あの馬鹿女がなにか策を講じて、この馬鹿犬が通す可能性があるし、俺達、ピアス開けるか?」

「駄目です。私が許可しません」

「でも・・・」

「チャラチャラした殿方は好みじゃないの」

「うーん・・・わかった・・・」

「さ、解散解散」


俺達は部屋を出た。事務室に戻ると部屋の前で千代が待っていた。


「直治様ァ、申し訳ありません・・・」

「いや、お前は悪くない」

「いいえ! 私、警察を呼ぼうとしたんですけど、『警察を呼んだら刺し殺すぞ』と言われて、怖くて、『ガキ共を呼んでこい』と言われたので、大人しく従ってしまいました・・・」

「だから、お前は悪くない。元気だせ」


俺は千代の両肩をぽんぽんと叩いた。千代は泣いてしまった。


「う、うう」

「落ち着くまで休憩してろ」

「ありがどうございばずぅ」


千代はぺこりとお辞儀をしてから、キッチンに向かっていった。俺は事務室に入ってドアを閉め、椅子に深く腰掛ける。


「・・・ッチ、あの馬鹿女。次来たら殺してやる」


指輪に口付け、そう誓った。
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