三十五話 千代

文字数 1,915文字

「お、お願い、千代。一人じゃ怖いから、着いて来て?」

「はい、いいですよォ」

「ありがとう!」


雅さんは、私が殺してしまった同級生に似ている。彼女も生きていたら、高校のことで悩んだのかな。


『どうぞ』

「ひぃっ」


私の雇い主である都様の部屋の前、ノックもしていないのに返答がきた。


「み、雅です。失礼します」

「千代です! 失礼します!」


部屋に入ると、都様の『息子』と呼ばれる淳蔵様、美代様、直治様がテーブルを囲んで座っていた。都様は部屋の少し奥に設置してある仕事机の前に座っている。


「あ、あ、なんで皆、居るの?」

「息子が母親に甘えに来ちゃ悪いか?」


淳蔵様が言うと、雅さんは泣きそうになった。好きな人にこんなこと言われたら傷付く。淳蔵様は意地悪だ。


「家族団欒の時間なんだけど、なにしに来たの?」


美代様が笑う。直治様は無言でお酒のような液体を煽っている。


「あの、み、都さん! 私、この館でお世話になりながら、高校に行きたいです!」


都様は首を傾げた。


「随分改まってるわねぇ。お爺さん達には相談した?」

「はい! えっと、麓の町の、〇〇高校に進学したいです。偏差値低いけど、そこしかないから。都さんが許可してくれるなら、お世話になってもいいって言っていました。それで、今度、そのことで挨拶にも来るって・・・」

「俺が送迎すんの?」


淳蔵様がうげっといった顔をする。


「歩いて行きます!」

「無理じゃない? 現実的に考えて」


美代様が目を伏せて笑いながら言った。睫毛が長い。


「女の子は週によって体調が違うからね。私も無理だと思うなあ」

「で、でも・・・」

「そもそも、雅はなんでここに住みたいの?」

「私、皆のこと家族だと思ってるから・・・。離れたくない・・・」

「ハハハ、『お世話になってもいい』ってなに? どこから目線?」


美代様は上機嫌に笑った。と、都様がぱん、と手を叩き合わせる。全員の視線が都様に集まった。


「ごめんなさいね、雅さん。息子達はちょっと酔ってるみたい。馬鹿の戯言だと思って聞き流してね」

「い、いいえ・・・」

「それから、二つ隣の町の△△高校。そこなら良いわよ」

「えっ」

「貴方の成績だとちょっとギリギリ? でも、頑張れるわよね? △△高校なら淳蔵に送迎もさせても良いけど。ね、淳蔵」

「都が言うなら」

「頑張るの? 頑張らないの? どっち?」


雅さんは泣いた。


「頑張りますううう!!」

「じゃ、今すぐお爺さん達にそう連絡しなさい。学費を出すのはそっちなんだからね」

「はい!!」


雅さんは駆け出していく。私は、


「失礼しましたァ!」


と言って出て行こうとして、


「待てこら」


と淳蔵様に呼び止められた。


「千代、お前はなにしに来たんだ。ただ突っ立ってるだけか?」


直治様が問う。


「はい! 一人じゃ怖いので着いて来てと言われたので! あと直治様にお叱りを受けてから余計なことは喋らないように心がけておりますので!」

「おお、こいつおもしれーな」


淳蔵様が軽く笑った。


「しかし皆様、物凄い駆け引き上手でしたね! 下げて落とす! あれ? 違うか」

「千代さん、雅さんの心の支えになってくれてありがとうね。これからも味方でいてあげてね」

「はい! では、失礼しますゥ!」


私は都様の部屋を出て、中断していた掃除に戻った。暫くするとにこにこ顔の雅さんがやって来て、私に抱き着いた。


「お爺ちゃんとお婆ちゃんが、△△高校でもいいって!」

「良かったですねェ!」

「すぐにでも都さんに会って、そのことを相談したいって!」

「最高っすね!」

「千代、ありがとね!」


雅さんが去っていく。私は再び掃除に戻った。

体感一時間くらい。

客室前の長い廊下はぴっかぴか。


「って、おおい! ジャスミン君!」


かちゃかちゃと爪が床に当たる音を立てて、都様の愛犬のジャスミンが廊下を歩く。


「・・・ま、掃除は汚れるからするもんですし、犬はきたねえモンですし」


ジャスミンは私に近付いて来ると、脛にぐりぐりとおでこを押し当てた。


「良い子良い子」


撫でてやると、変な感覚が身体の中に流れ込んできた。

ちよちゃん。

あたしね、

いじめられてるの。

もうしにたい。

あのこがしねばいいのに。


「あ・・・」


違う違う。

私はあの子を殺したんだ。

人殺しは正義じゃない。


「ジャスミーン、散歩行かないのかー?」


淳蔵様の声で、私は我に返る。


「ジャス公、行って参れ!」


ジャスミンは尻尾を振りながらくるんと一回転すると、私が綺麗にした廊下を突っ走って淳蔵様の声がした方向に行った。


「うーん、エロい夢は見るし、なんか人間関係ドロドロしとるし・・・」


次は夕食の下拵えだ。キッチンに向かいながら、私は思考を切り替える。


「ま、なんとかなるやろ!」


明るく生きていかなければやっていけないのだから。
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