百八十四話 うるせえよ

文字数 2,863文字

客が居ない日の昼食。


「都」

「なあに?」

「新しいメイドの件なんだが、ちょっと問題があって・・・」

「どうしたの?」

「一人は美波って女に決まった。ただ、その、もう一人が、」


メイドの選別はジャスミンが行う。郵送された履歴書を灰皿に突っ込むとジャスミンが不思議な力でそれを燃やして、灰にならなかった履歴書の人間を採用する。


「歯切れが悪いわね。直治らしくない」

「・・・もう一人が、この前、大家族でうちに来た『鈴木じゅえり』なんだよ」


ぴた、と都が箸を止めた。淳蔵は方眉を吊り上げ、美代は無表情になり、千代は目だけ細めてジャスミンを見つめる。

きゅんきゅん。

都の傍に座っていたジャスミンが、都の太腿に顎を乗せて、上目遣いで都を見る。


「いいわよ、直治。その二人で決めてちょうだい」

「・・・はい」


そんなやりとりをした。

年が明け、二月。

美波とじゅえりがメイドとして館にやってきた。


「はじめまして、社長の一条都です。こちらは私の息子達。さ、自己紹介を」

「長男の淳蔵です。運転手をしています」

「次男の美代です。社長の秘書です」

「三男の直治です。管理人をしています」

「それと、メイド長の千代さん。自己紹介を」

「櫻田千代です! よろしくお願いします!」

「さ、お二人も自己紹介をどうぞ」


美波とじゅえりがお辞儀をする。


「松美波です。よろしくお願いします」

「鈴木じゅえりです。よろしくお願いします」


都が俺の肩に手を乗せた。


「直治が、貴方達の上司になります。直治と千代さんの言うことをよく聞いて、お勤めを頑張ってください」

「はい!」

「はい」

「では・・・」


都は部屋に戻っていく。


「着いて来い」


俺はメイド達を連れて事務室に向かった。


「今から説明をする。メモを取るように」


持ち運びできる小さな冊子のマニュアルを二人に手渡し、ページ数を指定しながら内容に沿って説明する。


「まず、俺達のことは『直治様』と敬称で呼ぶように。千代はそのままでいい」


この説明をすると、どんな人間でも困惑する。美波とじゅえりもそうだった。


「最上階の三階は社長の部屋だ。立ち入りは禁止。二階は家族と従業員の居住になっている。自室以外は業務が無い限り基本的に立ち入り禁止だ。お前達の仕事は一階がメイン。一階の構造を説明する」


二人がペンを走らせる音が静かに響く。書き終わるのを都度待ちながら、俺は話を続けた。


「玄関ホール、談話室、食堂、キッチン、洗濯室、医務室、書斎、トイレ、十六部屋の客室だ」


千代は使いこんだマニュアルを開きながら、俺の話を聞いている。


「仕事内容を説明する。一条家の人間から指示されたことは最優先で遂行しろ。千代の指示にも従うように」


二人は『はい』と返事をしながらメモを取る。


「次に・・・、」


俺が説明している内容は、昔、美代がメイドの上司だった時に美代が作ったものだ。大学なんかに行かなくても、美代は昔から頭が良かった。口下手な俺でも相手にわかりやすいように伝えることができる。


「最後に、食事のマナーだ。社長は食事中の無作法を嫌う。マニュアルの一番最後に最低限のマナーについて書いてある。次の食事の時間までに目を通せ」


『はい』と返事。俺はマニュアルを閉じた。


「千代」

「はァい! 美波さん、じゅえりさん、館内の案内をしたあと、研修を行いますぅ! 通常業務は朝七時から夜八時までですが、最初の三日はお昼の三時までにしますので、お部屋に戻ったあとは一日の振り返りをしてから、ゆっくり休んでくださいねェ! では、行きましょう!」


千代が二人を連れて出ていった。俺は鼻から深く息を吸い、吐く。美波はどうでもいい。問題はじゅえりだ。ジャスミンは何故あいつを選んだのか。じゅえりの目の前で都の靴を舐めたことを思い出すと、血が疼いて都に会いたくなる。

こんこん。


「っ、どうぞ!」


入ってきたのは淳蔵と美代だった。


「なんだお前らかよ・・・」

「都様だと思った? 残念、淳蔵ちゃんでしたァ」

「廊下ですれ違った時に少し話したよ。第一印象は可もなく不可もなく、だね」

「今日までじゅえりの話は禁止だったからな。さて・・・」


俺は履歴書を鍵付きの引き出しから取り出して、二人に見せた。


「『宝石』って書いて『じゅえり』って読ませるのかよ・・・」

「『ジュエリー』は装身具のことだと思うんだけどなあ・・・」


俺は腕を組み、背凭れに身体を預ける。


「高校卒業後に就職した工場の正社員を二ヵ月でやめてる。給料について両親が会社と揉めたらしい」


鈴木宝石について調べたことを、話す。


「『うちの子は手先が器用で家庭科ではいつも良い点を取っていたから、工場での仕事も人の二倍働けているはずだ。だから二倍の給料を寄こせ』ってな」

「はい?」

「あらら」

「両親は会社に乗り込んで盛大に暴れたらしい。じゅえりは会社に『訴えないかわりに自主退職しろ』と言われて、クビ同然でやめた。そのあとはアルバイトをしながら就職活動をしたが上手くいかず、ずっとアルバイト生活だったようだな。そのアルバイトも半年と続かず、両親が乗り込んできて給料について揉めてやめていってる」

「そいつら、絶対ここにも乗り込んでくるだろ」

「あの馬鹿犬・・・。なんでこんなヤツを・・・」

「鈴木家の評判は最悪。父親は一応定職に就いているが、パチンコに金を溶かしてる。母親はほぼ毎年妊娠していて常に咥え煙草で、何度も流産してる。長男のじゅきあは非行歴あり。それで高校中退。じゅえり以外にもバイトしてるガキが居るんだが、そいつらから金を巻き上げて悠々自適に暮らしているようだ。両親とじゅきあ以外は搾取されている側だからなのか、学校やバイト先では大人しい、というか、暗いと思われているようだな」

「搾取、ねえ・・・」

「うーん、聞いているだけで気分が悪くなるな」

「まだあるぞ。両親とじゅきあは近隣住民に金の無心をしている。金を貸さないと花に塩水を撒いたり生ゴミを敷地内にバラ撒いたりするらしい。父親に傷害の前科があって、なにをしでかすかわからなくて怖いから、近隣住民は金を貸し続けているそうだ。町内会や自治体のお偉いさんも逃げ腰だとよ」

「とんでもねえ話だなァ」

「ええ・・・」

「騒音と異臭も酷いそうだ。一日中、小さな子供のはしゃぐ声や泣き声、両親とじゅきあの怒鳴り声が聞こえるらしい。家はゴミ屋敷だと」

「こういう話聞くたび、マジで人間ってピンキリだと思うわ」

「都はこのことについてなにか言ってたのか?」

「『暫く生かしておけ』と、それだけ。俺達は、ジャスミンには逆らえない」


沈黙が横たわった。


「・・・あいつ、俺達のこと、嫌いなんだろうな」

「だろうね。都が寂しがっているから用意した『愛玩動物』なんだし、俺達自体に好意は抱いてないよ」

「性質が悪いのは『好きな相手にはなんでもしてあげたい』って気持ちがわかっちまうところだよ」


二人は目を見開き、にやっと笑った。


「お前が惚気るなんて珍しい」

「うるせえ。話はこれで終わりだ。帰れ」

「はいはい」

「お邪魔しました」


二人が事務室を出ていく。


「・・・うるせえよ」


俺は独り言ちた。
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