二十三話 変化

文字数 2,291文字

「404番・・・404番・・・」


俺は期待と不安を胸に掲示板を見る。


『404』


あった。


「あっ・・・った・・・。あった! 嘘ォ!? マジで!? あった!! あっちゃった!!」


口元を手でおさえ、何度も番号を確認する。間違いない。思わずにやける。と、嗚咽が聞こえ、そちらを見ると若い男の子が泣いていたので、俺ははっとしてにやけを殺し、そそくさとその場を離れ、携帯で都に電話をかけた。


『美代!? どうだった!?』

「都ぉ! 受かってた!」

『おおおおお!! おめでとう!!』

「もう我慢できない!! 都に会いたい!! 今から帰る!!」

『えぇ!? 入学に向けての準備とかしなさいよ』

「やだ!! 淳蔵呼んでくれ!! 駄目ならレンタカー借りるか電車乗り継いで帰るから!!」

『あーもう、わかったわかった。説得してそっちに行かせるから』

「アパートで待ってる!」


そうして俺の住むアパートに現れた淳蔵は、


「おっまえマジでふざけんなよ!」


と、笑いながら言った。駅前のケーキ屋で都への土産を買い、車中で美雪の話を聞く。


「食えない肉を育てるのかぁ」

「ジャスミンが決めることに俺達に拒否権はない。なんらかの形で都の益になるんだしな。美雪のヤツ、そろそろ産まれるから喜んでるぜ」

「興味ない」

「だろうな。お前、女嫌いだし」

「予備校大変だったんだぞ。女だけじゃなく男にまで迫られてさ。皆、勉強しに来てるんじゃないのかよ・・・」

「飲みに行ったりしたか?」

「してない。一人では行った。ハンバーガーショップとか食券の店にも行ったぞ」

「進歩してるぅ」

「料理のレパートリーが増えたよ。帰ったら期待していいぞ」

「おっ、そりゃいい。とでも言うと思ったか?」

「なんだよ?」

「新しいメイドは料理がイマイチでな。美雪も悪阻でキッチンに立てないから、直治が料理してたんだけどよ、あいつ一人にやらせるんじゃ可哀想だって言って、都が料理してる」

「はあ!?」


淳蔵が笑って肩を震わせた。


「野菜炒めか野菜スープなんだけどな」

「ちッくしょう! 大学なんて行くんじゃなかった!」

「そこまで?」

「そこまでだよ!」


暫く車を走らせ、愛しの我が家に着く。都と直治が館の前で待っていた。


「都! まさか待っててくれたの?」

「待ちきれなくて・・・」

「・・・あー、もう駄目だ」


俺は都を抱き上げる。都が女らしい顔をしたので、俺は余計に堪らなくなった。


「連れて帰るから、じゃ」

「待て待て待て待て」

「退けよ殺すぞ」


かちゃかちゃ、と独特の足音がしてジャスミンが現れたので、俺は仕方なく都を降ろした。


「いつまで居てくれるの?」

「・・・三日かな。向こうに戻って早めに必要な手続きしないとね」

「都、三月とはいえまだ冷える。話なら中で」


直治が返事を待たず中に入って行く。俺達も移動し、懐かしい談話室のソファーに座った。


「美雪君居ないの?」

「一昨日、麓の病院に入院したの。いつ産まれてもおかしくないから」

「あ、そうなんだ。あっちは新しいメイドかい?」


談話室から見える廊下をモップで拭いているメイドが居た。


「マコって名前だ。耳が悪い」

「ほう」

「食うか?」

「昨日食べたばかりだから、いいや」


都が両手を合わせ、頬の横に添えて笑う。


「美代、大学合格おめでとう!」

「おめでと」

「おめでとう」

「あ、ありがとう」


俺は一気に照れ臭くなった。


「お祝いしなくちゃね。三人で出掛けて食事してくる? 一晩くらいなら私一人でも平気だし」

「都の野菜炒めがいい」

「へっ?」

「都よぉ、祝いの席に都が居ないって発想がまず駄目だろ」

「そ、そう? でも野菜炒めっていうのは・・・」

「淳蔵と直治だけずるい!」

「わ、わかったからそんな子供みたいなこと言わないの!」


都は嬉しそうに笑った。そのあと、談笑しているとマコが俺に気付いたのか、慌てた様子でお辞儀をする。俺が笑って手を振ると、マコは何度もお辞儀しながら仕事に戻っていった。


「アレはなにしてここへ?」

「障害をネタに両親の愛情を独り占めして妹の精神をブッ壊した」

「罪深いなあ・・・」


直治の携帯が鳴る。


「美雪だ」

「産まれたかァ?」


直治が電話に出る。俺達は黙って成り行きを見守った。


「はい。一条直治です。・・・おう、美雪。・・・産まれたか。おめでとう。・・・女の子か。よかったな。・・・面会? 悪いが都は行けないんだ。俺と淳蔵でよければ。あ、美代も居るぞ」


余計なことを言うので、俺は顔を思いっきり顰めた。淳蔵も小声で『おい!』と言っている。


「明日の二時だな。館を空けるわけにはいかないからあまり長居はできないぞ。じゃあ」


直治は電話を切った。


「おーいー! なに勝手に俺達まで連れ出してんだ!」

「俺は都に会いに来たんであって、美雪君に会いに来たんじゃないぞ!」

「落ち着け落ち着け。印象は良くしておいた方がいいだろ」

「そうよぉ、二人共。滅多に無い経験なんだしさぁ」

「いらねーよ・・・」

「俺も・・・」


俺と淳蔵は溜息を吐いた。


「さて、そろそろご飯作ろうかな・・・」

「都の手料理、久しぶりだなあ。作るとこ傍で見てていい?」

「いいよ」


都は照れ臭そうに笑う。料理をする都からは母性が感じられて、良い。食卓に並ぶのは白米と野菜炒めと味噌汁。素朴な味付けだが、俺にとってはこれ以上ない程のご馳走だった。メイドのマコが時折手話で話す。それに都が手話で答えていた。都の新たな一面を知れて、帰ってきて本当に良かったと思った。

夕食後、念のために『下準備』を済ませて風呂に入り、都の部屋に行こうとしたが、


「あ」


ジャスミンが都の部屋の前で寝ていた。


「今日は駄目か」


ジャスミンはまるで笑っているかのような顔で、俺を見つめた。
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