二百二十三話 ドレス

文字数 2,417文字

六月中旬。桜子の再教育が終わった。千代を教育した時と同じように、今後は細かな点を修正しつつ、メイドの業務に従事してもらい、一条家が認めた人間として暮らしていく。半月経って七月になる頃には、元々メイドとして働いていたこともあって、サクサクと働くようになった。指示を仰ぎに来る回数も減っており、失敗することもあるが、自分で考えて仕事をするようになっている。忙しい八月前には形になったので、俺は美代に感謝し、安堵した。

都とのフォトウェディングの準備も順調に進んでいる。主に都のドレスについての打ち合わせで、ドレスの中に着る下着や、靴、装飾品などの細かい準備から始まり、デザインを都自身が書き起こし、生地を選んだあとに採寸して、職人が作るらしい。

『ドレスについてなにか要望はないか』と都に聞かれ、『ウェディングドレスなんて未知の世界なのでわからない』と答えると、マーメイドラインのドレスの写真をいくつか見せてくれた。俺は熟考し、『胸元はきちんと隠すように』とだけ答えた。都は嬉しそうに笑い、頷いた。俺達の礼服については、都が『白で統一したい』と言うので、着るのは俺なのに都に全て任せる形で丸投げするのはちょっとどうかと思ったが、楽しそうに悩んでいるのでそのままにしておくことにした。

忙しい八月。一度だけ、客の居ない日に俺達の礼服を作る職人が館にやってきて、採寸をして帰っていった。そして、九月。今日は『仮縫い』したドレスを着て、細かな修正点を探し、本縫いに移るらしい。都は敷地の外に出られないので、広い庭を使って簡易の部屋をいくつか作り、職人達に来てもらった。俺達はパイプ椅子に座り、雑務をしているという職人の弟子に呼ばれるのを待つ。


「美代さん」

「はい」


新郎である俺達の意見も取り入れるため、ドレス姿を見せてくれるらしい。弟子に呼ばれた美代が部屋に行き、三十分程で戻ってくる。足取りはふわふわしていて、頬を僅かに赤くしながら、楽しい夢を見ているようなぽやんとした表情で、黙って椅子に座った。


「都さん、素敵だったみたいですねェ」

「ええぞ・・・」

「言語能力が低下する程良かったと」


千代が頷き、桜子が苦笑した。ドレスの着替えは時間がかかると事前に言われているので、まだ少し暑い秋空の下、待つ。


「淳蔵さん」

「はい」


淳蔵が呼ばれて部屋に行った。三十分程で戻ってくる。涼しい顔をしていたが、何故かシャツに結構な量の血がついていた。俺がそれを指差すと、淳蔵は手で制し、椅子に座った。


「大丈夫ですか?」

「・・・鼻血出ちまった。ドレスにかからなくてよかった」

「おお! 本番では私と桜子さんにも見せてくださるそうですし、楽しみですねェ」


成程。興奮し過ぎて血が出て、結果冷静になったらしい。美代は未だ夢の中。俺は期待で胸が高鳴って、思わずシャツを引っ張ってしまった。

暫くして。


「直治さん」

「はい」


部屋に行く。


「め、女神がおる・・・!」


都ははにかんだ。


「似合ってる、ってことでいいんだよね?」


俺は何度も頷く。


「ちょっと、変なところがないか一回転して見てくれない? 裾があるから私は回れなくて・・・」

「わぎゃっ、」


舌を噛んでしまった。都がくすくすと笑う。


「・・・ンン、わかりました」


ドレスの裾を踏まないように、少し離れて、確認する。


「背中が・・・」


胸はしっかり隠れていたが、背中がザックリ開いている。艶やかな肌。肩甲骨が艶めかしい。

舐めたい。
触りたい。
嗅ぎたい。
撫でたい。
齧り付きたい。
俺の歯型を、
擦り付けたい。
ブッかけたい。
汚したい。


「直治?」

「あぇ・・・」

「どうしたの?」


俺は釘付けになった視線を外そうとして、尻を見てしまった。

なんて丸い。

女性にしかない曲線美。


「直治っ」


叱る時の声を出されて、ビクッと身体が竦んだ。


「なーに興奮してんの」

「スッ、ス、スみまセん」


声が裏返る。


「ちゃんと見てよね、もう・・・」

「は、ハイッ!」


ゆっくり一回転して、元の位置に戻る。


「どう? 改善点とかない?」

「アリマセン」

「胸、ちゃんと隠れてる?」


Gカップの胸はちゃんと隠れている。隠れているが、一度性的なことを想像してしまうと、ウェディングドレスという神聖なものを汚す背徳感がゾクゾクと背筋を震わせてしまう。きゅっと締まったくびれの上に乗っかっている二つの白い球体。大きくて、柔らかくて、いいにおいがする。舌触りも滑らかで、俺はそれを知っていて。


「モ、モゥ、カエリマス」


都は苦笑した。


「またどうぞ」


上手く歩けない。美代は未だ夢の中。淳蔵が呆れた顔で俺を見た。


「なにをどうしたら全身茹でられたみたいに真っ赤になるんだよ。ドレス姿見るだけだろうが」

「は、鼻血出したお前に言われたくねえよっ!」

「うっうるせー!」


椅子に座るのも一苦労だった。桜子が呆れている。


「私が世界征服した暁には、五種類のウェディングドレスを着た都さんの等身大の彫刻を飾った噴水を町の中央に設置して、時刻がかわるたびに派手に水を噴き上げさせますかねェ」

「あら! いいですね。都様の人形が飛び出てくる時計も作りますか」

「アホかお前ら・・・」


淳蔵が力なく言った。

・・・時計は俺も欲しい。

二人の雑談に耳を傾けていると、弟子がこちらにやってきた。


「淳蔵さん、美代さん、直治さん、お疲れ様でした。千代さん、桜子さん、よろしくお願いします」

「はァい!」

「はい」


弟子が二人を連れて戻っていく。俺達は館に帰ろうと椅子から立ち上がる。と、淳蔵がふらついたので、俺が慌てて支えた。


「あああ・・・悪い・・・」

「・・・しっかりしろ」


館に戻る。夢から覚めた美代は上機嫌で階段を登っていった。俺と淳蔵は示し合わせたわけでもないのに、キッチンに行ってコップに水を汲む。


「淳蔵、塩と砂糖ちょっと入れるか?」

「いや、あー、要らねえ。ありがとよ」


淳蔵は恥ずかしそうにシャツに染み込んだ鼻血を撫でた。


「当日、気絶しないようにしねえとな・・・」


二人で苦笑した。
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