六十一話 再来

文字数 2,176文字

雅が修学旅行から帰ってきた。楽しかったらしく、淳蔵にあれこれ話しかけては鬱陶しがられている。今日は久しぶりに客が来る。千代に出迎えを任せて仕事をしていると、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえて、ノックなしでドアが開いた。


「直治様! 大変です!」

「どうした?」

「その、ご予約のお客様が来たんですけど、例の不審者なんですよ!」

「はあ!?」


俺は慌てて玄関に行く。刺青の女が玄関に立っていた。


「な、なんで入れてるんだ!?」

「よお、ばあさん呼んでこいや」

「千代! 淳蔵と美代呼んでこい!」

「はい!」

「私はばあさんを呼んでこいって言ったんだけどな」

「黙れ! さっさと出て行け!」


刺青の女の胸倉を掴むと、手がビリビリ痺れた。思わず手を放す。


「気安く触ってんじゃねえよ、雑魚」

「テ、テメェ!」


俺はもう一度胸倉を掴んだ。


「お、頑張るな。ばあさんへの忠誠心がそうさせんのか?」

「出て行けつってんだろ!」


淳蔵、美代、千代が玄関に走ってくる。


「テメェ! ブチ殺されたいのか!」


美代が叫ぶ。


「あっ!?」


都が階段から降りてきた。


「都ッ!! こっちに来るな!!」


淳蔵の制止も聞かず、都は階段を降りきる。


「直治、お客様から手を放しなさい」

「な、」

「直治、お客様から手を放しなさい」


俺は手を放した。


「いらっしゃいませ」

「よお、ばあさん」

「お部屋にご案内します」

「喋りに来たんだ。部屋はいい」

「お部屋にご案内します」

「・・・わかった。お喋りにはガキ共も同席させろよ」

「淳蔵、美代、直治、談話室で待っていなさい。お客様、こちらへどうぞ」


都と刺青の女は行ってしまった。


「直治! テメェなにやってんだ! 客の選別はお前の仕事だろうが!」


俺は美代になにも言えなかった。


「千代、暫くの間、談話室に近付くな」

「は、はい」

「クソッ、行くぞ」


談話室に行き、来客用の配置で座る。都の対面が刺青の女の形になる。俺達が座ってすぐに都達がやって来た。


「こちらにお座りください」

「おー」

「先程は、息子達が失礼しました」

「いいよ」


二人は何事もなかったかのように会話し、座る。


「ばあさん、歳は幾つだ」

「ボケて忘れました」

「ガキの歳は?」

「結婚適齢期ですよ」

「あの犬いつから飼ってる?」

「二年になりますね」

「肉料理が評判らしいな」

「申し訳ございません。今は取り扱っておりません」

「旦那は?」

「息子達は皆、養子ですのでおりません」


刺青の女が軽々とテーブルを蹴り上げる。都の足にぶつかって止まった。普通の人間なら怪我をしていてもおかしくない。


「怒らせないと駄目か?」


都がテーブルを蹴り返したので、俺は心臓が止まるかと思った。テーブルは壊れた。


「サッカーにしては球が大きすぎますね」


淳蔵も美代も硬直している。


「パンツ見えたぞ」

「失礼しました」

「ばあさん、外に出られないみたいだが、ガキは普通に出てたな。なんでだ?」

「申し訳ございません。仰っている意味がわかりません」

「なんでアレは犬の振りをしてる?」

「自由気ままで楽しいからではないでしょうか」

「お、答えたな。いいぞ、その調子だ」

「ありがとうございます」

「あの家政婦、いやメイドか。アレは人間だな。喰わねえのか?」

「人間は食べモノではありませんよ?」

「犬に会わせろ」

「申し訳ございません。自由気ままな生きものですので、館の中のどこかには居るのですけれど、呼んでも従わないのです」

「美形ばっかり揃えてんな。変態なのか?」

「はい」

「そこ肯定するのか。おもしれえな。でもお前、処女だろ。においでわかる。どうやってガキ共に忠誠を誓わせた?」

「邪推が過ぎますね。息子が母親を慕うのは当然のことだと思います」

「犬に会わせろ」

「申し訳ございま、」


刺青の女がテーブルの破片を都に向かって蹴り飛ばす。


「後学のためにちょっと血が欲しいだけだ。頂いたら二度と関わらないよ」

「お断りします」

「・・・ガキ、一匹くらい殺さないと言うこと聞かないか?」

「やってみろや」


かちゃかちゃ。ジャスミンの足音。


「・・・来たじゃねえかよ」

「自由気ままな生きものですので、呼ばなくても来ます」

「・・・口の中、怪我してるみてえだな。血が出てるぜ」

「やんちゃ盛りでなんでも齧りますので、日常茶飯事です。口の傷は治りが早いのでご心配なく」

「貰うぜ。ありがとよ」


刺青の女は小さな瓶に唾液が混じった血液を集める。


「・・・あー、実はその日暮らしの根無し草なんでね、金が無いんだ。壊したテーブルの代金、どうしたらいいかな?」

「お気になさらず。楽しいサッカーでした」

「帰るわ。見送りはいい」

「またお越しくださいませ」

「今度こそ、二度と来ねえよ」


刺青の女が去っていく。都はマネキンのように笑顔を貼り付けたまま動かない。


「あ、あのォ、お客様、お帰りになりました・・・」


部屋の惨状を見て、千代が手を震わせる。


「け、警察呼びますか?」

「呼ばなくていいわ。直治、」


俺の喉がヒュッと鳴った。


「貴方のせいじゃないからね。ジャスミンって時々こういうことするのよ」

「はい・・・」

「業者呼んどいて。ジャスミンは一週間、おやつ抜きよ」


都は立ち上がると怪力でソファーを持ち上げ、床に叩きつけて真っ二つにした。


「ヒェ!?」


都が談話室を出て行く。淳蔵は吐きそうになってるわ、美代は泣いてるわ、俺は心臓がばくばくして死にそうだわ、千代は腰を抜かしているわ、散々だった。
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