百九十八話 錬金術

文字数 1,721文字

秋が過ぎて冬になった。

夢を見ていた。

都の部屋。都はソファーに座り、対面にジャスミンが、『白い男』が座っていた。ジャスミンは天使の言語である『エノク語』で話しているのか、なにを言っているのかはわからない。寛いだ様子で、身振り手振りを交えながら、楽しそうに話している。都はそれを興味深そうに聞いており、時々頷いたり首を横に振ったり、ちょっと笑ったりしていた。


『アゾット』


都が言うと、ジャスミンは頷いた。


『パラケルススの、短剣の、悪魔・・・』


ジャスミンは満足げに笑う。


『完璧なホムンクルスを作るために、賢者の石を?』


都は顎に手を添え、考え込む。


『いいよ』


都がなにかを承諾すると、ジャスミンは満面の笑みになった。ソファーから立ち上がって都の横に座り直し、身体を密着させると、肩を抱いて、都の頬をぺろぺろと舐め始める。都はくすくすと笑って、ぽんぽんと自分の太腿を叩くと、ジャスミンはぐりぐりと都の太腿に頭を乗せ、ソファーに仰向けに寝そべった。長い足がはみ出てぷらぷらと揺れている。

そこで目が覚めた。


「なんだ・・・?」


俺は事務室のデスクで眠ってしまっていたらしい。身を起こし、考える。都とジャスミンの会話で出てきた言葉は、全て『錬金術』に関するものだ。談話室に行くまで、まだ時間がある。俺は仕事を中断して、都が言っていた言葉について調べた。時間が経ち、談話室に行くと、いつもは一番遅くに来る直治が既にソファーに座っていた。


「よう、お前も夢見たか?」


淳蔵が言う。俺は頷き、いつもの席に座った。


「軽く調べてきた」


『パラケルスス』、本名『フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム』は、ヨーロッパを遍歴した、スイス出身の医者、科学者、神秘思想家、そして錬金術師であり、悪魔使いだったという伝承もある。パラケルススが常に持っていた短剣は『アゾット』と呼ばれ、短剣の中には『賢者の石』が入っていたという伝承や、悪魔が封じられており、その悪魔を使役していたという伝承もある。『賢者の石』は卑金属を貴金属にかえる力を持ち、人体に使用すると病や怪我を治したり、不老不死の効果が得られると考えられていた。パラケルススは『ホムンクルス』という人造人間の生成に成功したとされている。


「・・・とまあ、ネットで調べた知識はこれだけ」

「都の部屋に関連する本があった気がするが・・・」


直治が首を傾げる。


「まーた厄介事かよ・・・」


淳蔵は呆れた様子で髪を掻き上げた。


「付き合うしかあるまいよ、兄弟」


俺がそう言うと、淳蔵は鼻から深く息を吸って吐き、直治は腕を組んで背凭れに身体を預けた。


「皆様、ごきげんよう」


音も無く現れた都は、着物姿だった。夢で見た時は洋装だったので、着替えたのだろうか。それにしても珍しい。俺と淳蔵はにやりと笑って直治を見た。直治は顔を真っ赤にしながら引き攣った笑いを浮かべて、カッチカチに固まっている。


「私がデザインしたの。どうかな?」


夜明け前の美しい空を思わせる、濃い青と紫のグラデーション。花が静かに咲き、蝶がゆったりと飛んでいる。


「お美しい」

「素敵ですよ」


都はにっこりと笑って、直治の隣に座る。


「直治?」

「はヒ!?」


らしくない間抜けな声を上げている。


「具合でも悪いの?」


直治は、都の着物姿に弱い。都もわかっててやっている。


「ぃや、ああー・・・」

「顔が真っ赤よ? 大丈夫?」

「だ、だじょぶれす」


都はくすくすと笑った。


「直治に仕事の話をしに来たんだけど、もしかして機嫌が悪いのかしら。出直した方がいい?」

「んにゃっ、ど、どうぞ・・・」


かちゃかちゃ。『犬の』ジャスミンが足音を鳴らして談話室に入ってくる。口には三枚の茶封筒を咥えていた。都がそれを受け取り、中身を取り出して、直治に見せる。


「来月、この三人を雇ってちょうだい」


履歴書だ。直治がカクカクとした動きで履歴書を受け取ると、都はソファーから立ち上がり、ジャスミンを従えて談話室を出ていった。


「黒木桜子、雛形金鳳花、平林真理」


直治が名前を読み上げる。


「金鳳花? また変わった名前だなァ」

「この中の誰かが、或いは全員が、厄介な存在ってわけか」


俺と淳蔵がそう言うと、直治は盛大に溜息を吐いた。
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