三百三十二話 納得

文字数 2,274文字

「というわけで、女史。町内会からはこの三人に協力してもらいます」

「ちょっと待て」


アンナの言葉に、俺は怒りを堪えながら一人の男を指差した。


「なんでお前が居るんだよ、豚!」


以前、不法侵入してきた『矛盾の神』、自称『資本主義の豚』だ。


「美代さん、落ち着いてください。彼が居ることで『この人数で成功するはずがない』という矛盾を上手く突いて必ず成功させることができます」

「美代、指を下ろしなさい」


まだ会議が始まったばかりなのに、都がもう疲れた様子で言う。俺は仕方なく指を下ろした。


「まず自己紹介をしましょう。社長の一条都です」

「・・・副社長の美代です」

「運転手の淳蔵です」

「管理人の直治です」

「メイド長の櫻田千代でェす!」

「副長の黒木桜子です」

「曽根安奈です。偽名です」

「招き猫の美々でーす」


残り三人。


「狼男の白川夢生乃介です! 夢に生きるって書いて『ムウ』って読みます!」

「淫魔の海砂です」

「や、山田太郎です、フヒ・・・」


アンナが連れてきただけあって、全員人間ではないらしい。夢生乃介は淳蔵より高い背丈で筋肉質。ずっと弾けるような笑顔をしている。海砂は洒落た短髪を淡いグレーに染めた女だ。


「豚、あ、いえ、山田と美々は居るだけでよい効果を齎します。まあちゃんと働いてもらいますけど」

「責任者は私とミストレス、調理担当が美代、直治、桜子さん、と・・・」

「美々と海砂です」

「案内が淳蔵、千代さん、夢生乃介さん、山田太郎さんですね」


滞りなく進む。


「では、女史、まとめます。当日のカレーは三種類。中辛、甘口、アレルギーフリーの甘口。飲み物はミネラルウォーター、ウーロン茶、オレンジジュース、チャイ。サラダも出す、と。レタスとトマトとコーンのサラダですね。ドレッシングは二種類。和風の青じそドレッシングとシーザーサラダドレッシング。食後のフルーツはキウイと苺とバナナ。次の会議ではカレーとチャイの試作、試食。会場の設備とバスの手配について・・・、」


アンナはなにが目的でこんなことをしているのだろうか。


「・・・とまあ、こんなところですね。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした。さて、皆さん、昼食と三時のおやつも兼ねて、パンケーキはいかがですか?」

「よいのですか? では是非」


アンナが頷く。『親睦会』なんてこのパンケーキ一回で良さそうなものだが、『町の支配者』を名乗るアンナが町の人間を大勢連れてわざわざ一条家にやってくるのだから、狙いがないはずないのだ。

千代と桜子がパンケーキを運んでくる。アンナが連れてきた者達は皆、甘いものが好きらしく、バターとメイプルシロップ、生クリームとフルーツを喜んで添えて食べていた。


「直治さん、今回の件、あまり乗り気ではなさそうですね」

「・・・カレーは好きではないので」

「おや、そうですか」


海砂が、


「そういえばですね」


と俺達を見る。


「これって親睦会の一環なんですよね? 私達、名前だけじゃなくてもっと色々知るべきじゃないですか?」


余計なこと言いやがって。


「言い出しっぺがうんたらかんたらですよね。私、香取海砂です。綿町で小さなカフェをやりたくて、今、お金貯めてる最中です。だから今回のアルバイトをお受けしました。年齢は二十二歳です。好きな色はグレーです! 灰色! 女の子にしてはちょっと珍しいかな? 以上です!」

「そちらからどうぞ」


都がアンナを見て言う。


「曽根安奈、三十歳の設定です。職業は情報屋。好きな色はありません」

「えっと、じゃあ曽根美々になりますねン。年齢は秘密! 職業は専業主婦! 好きな色はピンクでーす」

「白川夢生乃介です! 八歳! 普段犬やってます! 好きな色、えーっと、タンポポの色かな? あれ美味しいので!」


あ、こいつ多分、散歩の最中にタンポポ拾い食いしてるな。ジャスミンもたまにやって怒られているからわかる。


「や、山田太郎です、ヒヒ、年齢は・・・。職業は『資本主義の豚』を名乗らせていただいています! 好きな色は、最近緑になりまして、デヘヘ・・・」


なんで俺を見るんだよ。殺すぞ。


「一条都です。年齢は秘密。好きな色は水色です」

「淳蔵です。二十六歳。好きな色は水色です」

「美代です。三十歳。好きな色は水色です」


色の好みなんてない。だから都の好きな色が好き。


「直治です。二十八歳。好きな色は水色です」


都が苦笑した。


「櫻田千代でェす! 二十九歳でェす! 好きな色は、んー、オレンジですかねェ?」

「黒木桜子です。二十四歳です。好きな色は黒です」


この時間は必要なのだろうか。


「あの、女王様」

「俺は男だ」

「承知しておりますとも! オレンジ、似合いそうですね」

「それはどうも」

「あの、一条様、アンナ様、当日はオレンジのシャツなど着てはいかがでしょう? 目立ちますし、町民との区別がついてよいかと思いますが・・・」

「お、豚にしてはよいことを言いますね。会議中に言ってくれればもっとよかったんですが」

「す、すみません・・・」

「私が準備しておきます。女史、それでよろしいですか?」

「ええ、いいですよ」

「・・・意外ですねえ、女史。豪華な館に住んでいるのに、実に庶民的だ」

「あら、そうかしら? 何故かしらね」


都が『美代だけに』と教えてくれた、自己分析の結果。都の身体に流れる、下種の父親の血と、そんな男に惚れ込んだ異常な個体の、母の血の、せい、おかげ。両方の言葉を都は使った。


『いいのよ、美代。私は今の私を気に入っているから。だって美代が私のことを『好き』って言ってくれるんだからね』


そう言った都は、少しだけ、自分の言葉に納得していない顔をしていた。
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