百四話 プレゼント

文字数 2,613文字

「ん?」


朝のパトロール中、門扉の外に妙なモノを見つけた。


『ブランド物の紙袋か?』


俺は疎いのでわからない。それぞれ事務室に居るであろう美代と直治の元に鴉を飛ばす。美代の鼠と直治の蛇を掴んで門扉まで飛び、俺本体も門扉に向かった。


『三流のブランドだな』


美代が言う。


「どう考えたって田崎の野郎が都に贈りつけようとしてるモノだろ。開けるぞ」

『ええっ、都の許可を取った方がよくないか?』

「直治、俺のこと止めろ」

『やめろー、淳蔵、勝手なことするなー』

「よし、これで美代と直治は俺のことを止めたから、怒られるとしたら俺だけになるって寸法だ」


俺は迷いなく中を開けた。


「ネックレスと手紙だな」

『淳蔵、丁重に扱えよ。ストーカーの証拠になるんだからな』

「わかってるよ。手紙読むぞ」


『愛しの都様へ。

 運命の赤い毛糸で遊ぶ子猫ちゃん。
 絡まって絡まって、
 『たすけてほしい』って言ってるね。
 ゆっくり解いて行こう。
 愛に障害はつきものさ。
 君が受け取ってくれるまで、
 毎日プレゼントを贈るよ。
 これは、俺とお揃いのネックレスさ。
 子猫ちゃんの君にとっては、
 首輪・・・、かな?
 二人の初めての夜に、
 裸で向き合った二人の胸元に、
 きらりと同じ輝きがあったら、
 きっとそれは運命。

 未来の旦那様、浩より。』


「だとよ」

『キレそう』

『気持ち悪いな』

「万が一の時に自衛させるため、都と千代にも報告した方がいいよな」

『クソッ、都の心労を増やしたくないのに・・・!』

『暫く泳がせておいた方がいいんだろうな、こういうの・・・。はぁ』


老若男女問わず、都が言い寄られることは、あまり良いことではないが珍しいことではない。一目惚れされ、相手がストーカー行為に及ぶため、敷地の周りをうろうろしたり、何某かの業者に紛れて敷地に入ろうとしたり、客として会うために予約を入れまくったりということは何度もあった。今までは全てジャスミンが弾いていたのだが、今回は本当に厄介なことになりそうだ。

俺達もストーカーされた経験は何度もある。男のストーカーと女のストーカーでは性質が異なるが、ストーカーは拒絶すると逆上してなにをしてくるかわからないので、泳がせて証拠を集めた方が良い。しかし、ストーカーはどこまでも自己中心的な考え方をする。『拒絶しない、イコール、受けいれた』という考え方をするのだ。油断してはいけない。

俺が門扉をしっかり閉めて玄関に戻ると、美代と直治の本体と千代が居た。そのまま都の部屋に向かい、報告する。


「き、気持ち悪い・・・」

「気持ち悪いですねェ」

「都、日中でも部屋には鍵をかけろよ。部屋の外に出るときは携帯で誰か部屋の外まで呼べ。絶対に一人で出歩くな。絶対だぞ」


直治が念押しする。


「わかった・・・。あの、それ、気持ち悪いから、悪いんだけど誰か保管しておいてくれない?」

「俺が預かっておくよ。今後のプレゼントもね」


美代が申し出る。


「皆、ありがとう・・・。ごめんね、私のせいで・・・」

「都のせいじゃないから」

「ありがとう・・・。ありがとう・・・」


翌日。


「ッチ、やっぱりか」


俺は鼠と蛇を連れて門扉の外に出る。


『昨日と同じブランドの紙袋だな』

『持って帰ろう』


玄関に戻る。美代と直治が待っていた。


「開け、うわっ!?」


俺は思わず紙袋をひっくり返した。ゴキブリの死骸がいくつか飛び出してきて、美代と直治も吃驚して後退する。


「・・・おもちゃだぞ、これ」


直治が摘まみ上げる。精巧な作りだが陽の光に透けていて、ゴムで出来ていることがはっきりとわかった。


「全部ゴムか?」

「そうだな」


美代が靴で踏んで確認している。俺は紙袋を取り上げ、中を確認した。箱が入っている。恐る恐る開けると、中には手紙が入っていた。


「手紙だ。読むぞ」


『愛しの都様へ。

 吃驚したかい?
 これは恋の駆け引きさ。
 その胸のドキドキが、
 何億倍にも膨れ上がった時。
 それが俺と都の初夜になるのさ。
 楽しみだろう?
 都のおっぱいは、俺の母さんよりも大きい。
 つまり都は、俺の母さんよりも
 素敵な女性だってこと。結婚したら、
 嫁に来るんじゃなくて、婿に入れてね。
 大きな子供には独り立ちしてもらって、
 新しい子供を作ろう!
 家政婦も沢山雇えば、子育ての負担はないよね?
 どんどん作ろう! 子供を作ろう!
 サッカーチームが作れるくらい子供を作ろうね!

 未来の旦那様、浩より。』


「・・・だって」

「キレそう」

「堪えろ堪えろ。都とセックスすることにかなり拘ってるな。危険だ」

「どうする? もう少し朝早い時間に見張ってみるか?」

「頼む」

「キ、キレ、キ・・・」

「こーらーえーろー」


その日、俺は眠らずに門扉の上に鴉を飛ばして、浩を待っていた。


「ん?」


妙な音が聞こえる。


「ぜえ・・・ぜえ・・・ぜえ・・・」


驚いたことに、電動自転車らしきもので浩が山道を登ってきた。頭にはヘルメットを着けていて、ライトが光っている。綺麗に小石が取り除かれて除草剤が撒かれているとはいえ、深夜に舗装されていない山道を登ってくるのか。


「や、やった! プレゼント、無い! 受け取ったんだあ!」


やっぱり。『拒絶しない、イコール、受け入れた』になってやがる。


「へへ、へへへへ、へ・・・」


浩は同じブランドの紙袋を置くと、ぱんぱん、と手を二回叩き合わせ、館の方を見て一礼し、山道を降っていく。俺はあとを着けた。山道の途中、車を寄せて休憩できる場所に車を停めていて、そこに乗ってきた電動自転車を運び込むと、車に乗って運転しだした。自転車だけで山を昇り降りする雅の方がまだ根性がある。車は麓の町のコインパーキングに停まり、浩は安アパートの中に入って行った。


「こいつ金持ちの息子っつうか、社長じゃなかったっけ・・・?」


窓の外から中を覗き見る。部屋の中に家具は無い。


「成程、都のために借りたのか」


浩が唯一の荷物であろう、大きなダンボールをひっくり返した。中から出てきたのは、様々な大きさの、同じブランドの紙袋。


「ふっふーん。アケミには振られちゃったけど、思い出の紙袋、とっておいてよかったぁ。あんな商売女、こっちから願い下げさ。プレゼント全部送り返してくるなんて、男のプライドをなんだと思っていやがるんだ、あのブス。しかし、こんなところで役に立つ、なんてね! 明日はなにを贈ろうっかなあ?」


浩は考え始めた。


「・・・隠れ家は特定したし、帰るか」


俺は鴉を飛ばすことに集中して、その日は朝を迎えた。
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