四十七話 マセガキ
文字数 1,710文字
直治の機嫌が物凄く良くて、雅が直治を見る度にかちんこちんに固まっていたので、察した。このところ、美代の機嫌は悪くなる一方だ。流石に可哀想なので、俺より先に構ってやってほしくなった。
「ね、ねえ、淳蔵」
「あ?」
「内緒のお話」
「なんだよ」
雅は俺が雑誌を読むタイミングを狙って話しかけてくる。開放的な談話室で内緒もなにもないだろ。
「キ、キスって、汚くない?」
「はあ?」
「だって、唾液だよ? よ、涎だよ。それを、口の中で交換するみたいに、舌を絡ませて・・・」
「どっからそんな知識仕入れたの」
「昨日、直治が都さんとキスするの、目の前で見ちゃった・・・」
なにしてんだあいつ。
嫌なこと思い出しちまった。薬を得るために身体を売っていたこと。昔っからキモいおっさんに好かれることが多かった。よく無理やりキスされたっけ。あの時は自分の顔が嫌いだった。自分の顔と、髪を好きになったのは、都に見初められてからだ。
「好きな相手とするのは気持ち良いぞ。舌の裏とか擦られるとなにも考えられなくなる」
「エッ!!」
「上顎とか頬の内側とか歯並びとか。相手の体温を感じられる熱い舌でねっとりなぞられるんだ。腰の骨が砕けるんじゃないかと思うくらいの刺激が走る。酸素を上手く吸えないから酸欠になって、目の前がくらくらして意識が飛ぶ。ぐちゅぐちゅぬちゃぬちゃエロい音がして耳までおかしくなる。唾液なんか飲まされたら、幸せすぎて意味わかんなくなるぞ」
「そ、そんなこと、都さんとしてるの・・・?」
「それがなにか?」
「アッ、アッ・・・」
変な声を出しているので雑誌から目を上げると、怖いくらいの無表情で突っ立っている美代が居た。
「おー、お前もそこのマセガキに教えてやれ。都とするキスがどれくらい気持ち良いか」
俺は雑誌に視線を戻した。
「み、美代、どこから聞いてたの?」
「・・・直治と都がキスするの見た?」
「は、はい! 見ました!」
「どこで?」
「キッチンの前の、ろう、か・・・」
「そんなところでキスするわけないだろ。お客様も居るんだぞ」
「ほ、ほんとだよ! 直治が都さんを、壁に押し付けて無理やりみたいな感じで、」
どうしてこうも美代の地雷を踏んでいくのか。
「美代、他人の情事に首突っ込むのはよくないぜ?」
「ハハハ! そうだな! 直治殺してくる!」
「あーあ・・・」
美代が直治の事務室の方角へきびきびとした足取りで向かう。
「い、行っちゃったよ!? 止めなくていいの!?」
「直治は絶対手ぇ出さないから大丈夫」
「・・・美代は出す、ってこと!?」
「お前のせいでストレス溜まってんだ。直治くらい殴らせてやれ」
「ややっ、淳蔵様、聞き捨てなりませんよ!」
千代が談話室に入ってきた。
「私、休憩に入りたいので、直治様が生きていないと困ります。談話室が賑やかでしたのでこちらかと思って探しに来たんですけれど、失敗でしたねぇ」
「あー、一生働いてれば?」
「そんな殺生なァ」
美代が戻ってきた。足を開いてどすっと椅子に座る。
「クッソ、鍵かけてやがる」
「そりゃそうだろ」
「お前はなんでそんな余裕があるんだよ!」
「愛されてる自信があるから」
「クソ馬鹿ポジティブ野郎が・・・!」
ほんとにそろそろ限界かもしれない。近年稀に見る口の悪い美代だ。いや、口は元々悪いんだが、メイドの前で取り繕う様子もない。優等生はある意味脆いな。
「あ、美代、居たぁ」
「えっ・・・」
都がひょこっと談話室を覗き込んでいる。
「事務室に居ないと思ったら、こっちに居たんだ」
「あ・・・、なにか用かい?」
「最近、息抜きできてないでしょ? ゲームしない? 雅さんもたまには自由時間。いいでしょ?」
「いいね! すぐ行くよ!」
おお、可哀想な美代。やっと救われた。
「淳蔵」
「うん?」
「淳蔵は明日遊ぼ」
都にウィンクをすると、都はにんまりと笑った。
「あのォ、淳蔵様」
「なんだ」
「噂には聞いておりましたので私は吃驚しませんでしたし、私の前では構わないんですけれども、雅さんの前で大人の話はちょーっとォ・・・」
雅は泣いていた。マセてんだか純粋なんだかわからない。
「キスがどうのこうの言い出したのはそいつだろ。馬鹿がよ」
千代はちょっと呆れた様子で、ぽりぽりと頬を掻いた。
「ね、ねえ、淳蔵」
「あ?」
「内緒のお話」
「なんだよ」
雅は俺が雑誌を読むタイミングを狙って話しかけてくる。開放的な談話室で内緒もなにもないだろ。
「キ、キスって、汚くない?」
「はあ?」
「だって、唾液だよ? よ、涎だよ。それを、口の中で交換するみたいに、舌を絡ませて・・・」
「どっからそんな知識仕入れたの」
「昨日、直治が都さんとキスするの、目の前で見ちゃった・・・」
なにしてんだあいつ。
嫌なこと思い出しちまった。薬を得るために身体を売っていたこと。昔っからキモいおっさんに好かれることが多かった。よく無理やりキスされたっけ。あの時は自分の顔が嫌いだった。自分の顔と、髪を好きになったのは、都に見初められてからだ。
「好きな相手とするのは気持ち良いぞ。舌の裏とか擦られるとなにも考えられなくなる」
「エッ!!」
「上顎とか頬の内側とか歯並びとか。相手の体温を感じられる熱い舌でねっとりなぞられるんだ。腰の骨が砕けるんじゃないかと思うくらいの刺激が走る。酸素を上手く吸えないから酸欠になって、目の前がくらくらして意識が飛ぶ。ぐちゅぐちゅぬちゃぬちゃエロい音がして耳までおかしくなる。唾液なんか飲まされたら、幸せすぎて意味わかんなくなるぞ」
「そ、そんなこと、都さんとしてるの・・・?」
「それがなにか?」
「アッ、アッ・・・」
変な声を出しているので雑誌から目を上げると、怖いくらいの無表情で突っ立っている美代が居た。
「おー、お前もそこのマセガキに教えてやれ。都とするキスがどれくらい気持ち良いか」
俺は雑誌に視線を戻した。
「み、美代、どこから聞いてたの?」
「・・・直治と都がキスするの見た?」
「は、はい! 見ました!」
「どこで?」
「キッチンの前の、ろう、か・・・」
「そんなところでキスするわけないだろ。お客様も居るんだぞ」
「ほ、ほんとだよ! 直治が都さんを、壁に押し付けて無理やりみたいな感じで、」
どうしてこうも美代の地雷を踏んでいくのか。
「美代、他人の情事に首突っ込むのはよくないぜ?」
「ハハハ! そうだな! 直治殺してくる!」
「あーあ・・・」
美代が直治の事務室の方角へきびきびとした足取りで向かう。
「い、行っちゃったよ!? 止めなくていいの!?」
「直治は絶対手ぇ出さないから大丈夫」
「・・・美代は出す、ってこと!?」
「お前のせいでストレス溜まってんだ。直治くらい殴らせてやれ」
「ややっ、淳蔵様、聞き捨てなりませんよ!」
千代が談話室に入ってきた。
「私、休憩に入りたいので、直治様が生きていないと困ります。談話室が賑やかでしたのでこちらかと思って探しに来たんですけれど、失敗でしたねぇ」
「あー、一生働いてれば?」
「そんな殺生なァ」
美代が戻ってきた。足を開いてどすっと椅子に座る。
「クッソ、鍵かけてやがる」
「そりゃそうだろ」
「お前はなんでそんな余裕があるんだよ!」
「愛されてる自信があるから」
「クソ馬鹿ポジティブ野郎が・・・!」
ほんとにそろそろ限界かもしれない。近年稀に見る口の悪い美代だ。いや、口は元々悪いんだが、メイドの前で取り繕う様子もない。優等生はある意味脆いな。
「あ、美代、居たぁ」
「えっ・・・」
都がひょこっと談話室を覗き込んでいる。
「事務室に居ないと思ったら、こっちに居たんだ」
「あ・・・、なにか用かい?」
「最近、息抜きできてないでしょ? ゲームしない? 雅さんもたまには自由時間。いいでしょ?」
「いいね! すぐ行くよ!」
おお、可哀想な美代。やっと救われた。
「淳蔵」
「うん?」
「淳蔵は明日遊ぼ」
都にウィンクをすると、都はにんまりと笑った。
「あのォ、淳蔵様」
「なんだ」
「噂には聞いておりましたので私は吃驚しませんでしたし、私の前では構わないんですけれども、雅さんの前で大人の話はちょーっとォ・・・」
雅は泣いていた。マセてんだか純粋なんだかわからない。
「キスがどうのこうの言い出したのはそいつだろ。馬鹿がよ」
千代はちょっと呆れた様子で、ぽりぽりと頬を掻いた。