四十五話 グループライン
文字数 2,156文字
用事があって都が話をしに来て、話の終わりに『最近構ってあげられなくてごめんね』と言ってキスをしてくれた。俺は上機嫌になって廊下を歩いていた。
「おっと!?」
「あッ!?」
直治とぶつかった。書類を抱えていたらしい。
「あ、悪い悪い。うっかりしてた」
「いや、俺こそ」
がさがさと書類を拾う。
「ん? なんかいいにおいしないか?」
直治が俺に顔を近付けてちょっとキレ気味に言うので、俺もイラッとした。
「あ? 美代君はいつもいいにおいしますが?」
「・・・わ、悪い」
「あ、いや・・・」
直治は書類をまとめて、抱え直す。
「なに、最近暇してんの」
「暇すぎて死にそうだよ」
都が、構ってくれない。
「なんで暇なのかわかる?」
「知らん。なんかあるのか」
「俺達が都に夢中になりすぎて雅を虐めるからジャスミンが邪魔してんだとよ」
「んのボケ犬! 飼い主誰だかわかってんのか!」
「可愛くて健気な生き物だと思って接するしかないのかね」
「はっ、お前、頭踏んでたのにか?」
「お前も止めなかっただろうがよ!」
「ああ!?」
ひょこ、とキッチンから千代が顔を出したので、俺は慌てて口を噤んだ。直治も遅れて振り返る。
「お呼びですかぁ!?」
「呼んでねえ!」
「失礼しましたァ!」
ひょこ、と顔が戻る。直治は舌打ちすると荒っぽく歩いて消えた。談話室に行って淳蔵と話すか、キッチンに行って千代と話すか迷って、千代に決めた。
「あ、美代様、なにかご用ですか?」
「料理の途中にごめんね。ちょっと話し相手になってくれないかなと思って」
「はい! 私でよければ!」
「みや、」
都と仲良くしてるか、と聞きかけて、慌てて話を修正する。
「雅と仲良くしてるかい?」
「はい! とっても!」
「俺のこと怖がってあんまり話してくれなくてね。よかったら、その、最近の様子とか聞かせてくれないかな」
「そうですねぇ、勉強のペースがちょっと早いのかもしれません」
「俺の?」
「はい!」
ハッキリと物を言うなあ。
「スパイスに淳蔵様が必要ですね! 情けないところ見られたくないからと頑張れるみたいです!」
「ふむ」
あの馬鹿、雑誌読んでるだけなんだから今度から同席させよう。
「勉強はそんなところかなァ。お友達はちゃんとできたみたいですよ!」
「それはよかった」
「でも車で待ってる淳蔵様が格好良いから着いて来てるっぽいんですよねー!」
「おいおい・・・」
「一条家の息子が運転手をやっているから、相当なお嬢様だと勘違いされたみたいですよ。そのせいで周囲とちょっと衝突してるみたいですねぇ。まあ、雅さんは感情表現が得意な方ではありませんからねぇ」
「君はよく観察してるね」
「昔の知り合いに似ていて放っておけないんですよォ」
「他にはなにかあるかい?」
「うーん、お友達と遊ぶより、美代様達に構ってもらいたいみたいですよ?」
「それは本人がそう言ってるの? それとも君の観察から?」
「雅さんが言ってますよォ。淳蔵様は構ってくれるけど雑、美代様は勉強勉強で怖い、直治様はなにを話したらいいかわからないーって感じだそうで」
「あー、淳蔵と直治に伝えておくよ。俺も改善する」
「おっ、それはそれは。沢山口を滑らせた甲斐があります!」
「ハハハ、ありがとう」
「あのォ、差し出がましいのですが、一つ提案を」
「なんだい?」
「グループラインって、どうですかね」
「えっ」
ラインというツールは知っているしグループラインがなにかは知っているが、正直なところやりたくなかった。しかし、名案かもしれない。やるしかない。
「あのー、さ、千代君も参加してくれると嬉しいかな」
「はい! 喜んで!」
「じゃあ、食後に談話室に来てくれるかい?」
「はい!」
食事の席で淳蔵、直治、雅に談話室に来るように言い、食後、談話室でグループラインの話をする。
「・・・というわけ。千代君の提案なんだ。交流を深めようと思ってさ。直治、プライベート用の携帯でだからな?」
直治がくったくたに煮込まれたように脱力する。多分、ハンドルネームの『なおなおさん』をどうするかを考えている。直治は俺と淳蔵に連絡を寄こす時は仕事用の携帯で事務的にメッセージを送ってくるので、プライベート用の携帯はネットで知り合った人と会話をするために名前を『なおなおさん』に設定しているのだ。そのことを俺達に知られたときにかなり恥ずかしがっていた。
「いいけどよぉ、俺は機械音痴だからあんま喋れないと思うぜ」
「俺も機械音痴だ・・・」
「直治黙ってろ。淳蔵、雅に『今から迎えに行く』とか言えばいいだろ」
「そういう使い方すんの?」
「『おはよう』とか『おやすみ』とか書けばいいと思います! 挨拶とか連絡事項とか、ですね!」
千代が笑う。
「都さんは参加しないの?」
「雅と交流を深めるのが目的だからね」
「わ、私?」
「おじさん達に四六時中監視されるのが嫌なら別にいいけどさ」
「ううん! やりたい!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・」
直治がふにゃふにゃしながら携帯を取り出し、ぽちぽちと弄り始めた。
「十分・・・いや五分でいい・・・」
「な、直治様?」
「美代お前ほんと・・・あああ・・・どう説明すりゃいいんだ・・・」
「機械音痴なんですよね? 私が設定をしましょうか?」
「・・・ちょっと小粋な爆笑トークで時間を稼いでくれ」
「えっ」
こうして、無事、グループラインが始まった。
「おっと!?」
「あッ!?」
直治とぶつかった。書類を抱えていたらしい。
「あ、悪い悪い。うっかりしてた」
「いや、俺こそ」
がさがさと書類を拾う。
「ん? なんかいいにおいしないか?」
直治が俺に顔を近付けてちょっとキレ気味に言うので、俺もイラッとした。
「あ? 美代君はいつもいいにおいしますが?」
「・・・わ、悪い」
「あ、いや・・・」
直治は書類をまとめて、抱え直す。
「なに、最近暇してんの」
「暇すぎて死にそうだよ」
都が、構ってくれない。
「なんで暇なのかわかる?」
「知らん。なんかあるのか」
「俺達が都に夢中になりすぎて雅を虐めるからジャスミンが邪魔してんだとよ」
「んのボケ犬! 飼い主誰だかわかってんのか!」
「可愛くて健気な生き物だと思って接するしかないのかね」
「はっ、お前、頭踏んでたのにか?」
「お前も止めなかっただろうがよ!」
「ああ!?」
ひょこ、とキッチンから千代が顔を出したので、俺は慌てて口を噤んだ。直治も遅れて振り返る。
「お呼びですかぁ!?」
「呼んでねえ!」
「失礼しましたァ!」
ひょこ、と顔が戻る。直治は舌打ちすると荒っぽく歩いて消えた。談話室に行って淳蔵と話すか、キッチンに行って千代と話すか迷って、千代に決めた。
「あ、美代様、なにかご用ですか?」
「料理の途中にごめんね。ちょっと話し相手になってくれないかなと思って」
「はい! 私でよければ!」
「みや、」
都と仲良くしてるか、と聞きかけて、慌てて話を修正する。
「雅と仲良くしてるかい?」
「はい! とっても!」
「俺のこと怖がってあんまり話してくれなくてね。よかったら、その、最近の様子とか聞かせてくれないかな」
「そうですねぇ、勉強のペースがちょっと早いのかもしれません」
「俺の?」
「はい!」
ハッキリと物を言うなあ。
「スパイスに淳蔵様が必要ですね! 情けないところ見られたくないからと頑張れるみたいです!」
「ふむ」
あの馬鹿、雑誌読んでるだけなんだから今度から同席させよう。
「勉強はそんなところかなァ。お友達はちゃんとできたみたいですよ!」
「それはよかった」
「でも車で待ってる淳蔵様が格好良いから着いて来てるっぽいんですよねー!」
「おいおい・・・」
「一条家の息子が運転手をやっているから、相当なお嬢様だと勘違いされたみたいですよ。そのせいで周囲とちょっと衝突してるみたいですねぇ。まあ、雅さんは感情表現が得意な方ではありませんからねぇ」
「君はよく観察してるね」
「昔の知り合いに似ていて放っておけないんですよォ」
「他にはなにかあるかい?」
「うーん、お友達と遊ぶより、美代様達に構ってもらいたいみたいですよ?」
「それは本人がそう言ってるの? それとも君の観察から?」
「雅さんが言ってますよォ。淳蔵様は構ってくれるけど雑、美代様は勉強勉強で怖い、直治様はなにを話したらいいかわからないーって感じだそうで」
「あー、淳蔵と直治に伝えておくよ。俺も改善する」
「おっ、それはそれは。沢山口を滑らせた甲斐があります!」
「ハハハ、ありがとう」
「あのォ、差し出がましいのですが、一つ提案を」
「なんだい?」
「グループラインって、どうですかね」
「えっ」
ラインというツールは知っているしグループラインがなにかは知っているが、正直なところやりたくなかった。しかし、名案かもしれない。やるしかない。
「あのー、さ、千代君も参加してくれると嬉しいかな」
「はい! 喜んで!」
「じゃあ、食後に談話室に来てくれるかい?」
「はい!」
食事の席で淳蔵、直治、雅に談話室に来るように言い、食後、談話室でグループラインの話をする。
「・・・というわけ。千代君の提案なんだ。交流を深めようと思ってさ。直治、プライベート用の携帯でだからな?」
直治がくったくたに煮込まれたように脱力する。多分、ハンドルネームの『なおなおさん』をどうするかを考えている。直治は俺と淳蔵に連絡を寄こす時は仕事用の携帯で事務的にメッセージを送ってくるので、プライベート用の携帯はネットで知り合った人と会話をするために名前を『なおなおさん』に設定しているのだ。そのことを俺達に知られたときにかなり恥ずかしがっていた。
「いいけどよぉ、俺は機械音痴だからあんま喋れないと思うぜ」
「俺も機械音痴だ・・・」
「直治黙ってろ。淳蔵、雅に『今から迎えに行く』とか言えばいいだろ」
「そういう使い方すんの?」
「『おはよう』とか『おやすみ』とか書けばいいと思います! 挨拶とか連絡事項とか、ですね!」
千代が笑う。
「都さんは参加しないの?」
「雅と交流を深めるのが目的だからね」
「わ、私?」
「おじさん達に四六時中監視されるのが嫌なら別にいいけどさ」
「ううん! やりたい!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・」
直治がふにゃふにゃしながら携帯を取り出し、ぽちぽちと弄り始めた。
「十分・・・いや五分でいい・・・」
「な、直治様?」
「美代お前ほんと・・・あああ・・・どう説明すりゃいいんだ・・・」
「機械音痴なんですよね? 私が設定をしましょうか?」
「・・・ちょっと小粋な爆笑トークで時間を稼いでくれ」
「えっ」
こうして、無事、グループラインが始まった。