四百話 良心の呵責

文字数 1,826文字

「・・・夜の、遊園地?」


夢を見ているということはすぐにわかった。ジャスミンの仕業ではないこともすぐにわかった。


『ハロー、蜂君』


目の前には赤紫のスーツを着た男。それ以外は特筆すべき点はない容姿。


「奇妙な呪いを使うのですね」

『呪い?』

「どこにでも居そうな平凡な容姿に擬態しているでしょう? 声もです。人間の声を真似ているのでしょうが、不自然ですよ。翻訳機を通したようなくぐもり方をしています」


男は驚いた顔をした。


『おやまあ、他にはバレなかったのに、君は・・・。鋭いのではなく『特殊な造り』をしているからかな? 『元』ホムンクルスだものね』

「他? 聞きたいことが色々ありますが・・・」

『失礼。まずは自己紹介を。今は『クリエイター』と名乗っているよ。よろしく、蜂君』


クリエイターは綺麗なお辞儀をした。


『君達の噂を聞いて、ちょっと興味が沸いてね。一人ずつ接触しようと思ったんだよ。ここは君のこころの部屋だよ。部屋じゃなくて遊園地だけどね! ハハッ、こんなこころの持ち主は見たことない。初めてだよ。どうだい? 私と遊園地デートでも・・・』

「デートは恋人としかしませんので」

『おや残念。さてさてさて、この遊園地は君のこころのなにを表しているのだろうか? 人っ子一人居やしないじゃあないか。君はこの場所に見覚えは? 過去に来たことがあるとか?』

「いいえ」

『ううん? 謎だな。大抵は過ごしたことのある場所か、理想なんかが強く反映されて、結構わかりやすいんだがね。君達は中々特殊だけれど』

「『君達』とは誰のことです?」

『本当に教育が行き届いているねえ、君達は。とぼけてわからない振りをして、誰の名前も役職も明かさないようにしている。一種の誘導尋問だ。相手から情報を引き出せるよね、その振舞い方なら。『君達』とは、鴉、鼠、蛇、猫と、蜂のことだよ』

「他の方はどんな部屋だったのですか?」

『鴉は子供っぽい部屋だったよ。鼠は大人びていたが落ち着かない部屋だった。蛇は部屋じゃなくて洞窟だった。これはレアケース。猫は大聖堂。君は蛇以上に珍しいよ。というか初めて見たね。じっくり見て回りたいんだが駄目かね?』

「・・・乗り物には乗りませんけれど、見て歩くだけなら構いませんよ」

『おっ?』

「腕は組みませんし手も繋ぎませんからね」

『エスコートは不要、と・・・』

「さ、行きましょう」


わたくしとクリエイターは並んで歩き始める。遊園地は中々広い。メリーゴーランド、コーヒーカップ、空中ブランコ。他は疎いので正式名称がわからない。遠くに観覧車が見える。


『おや』


クリエイターが指差したのは、大きな噴水。中央に都様の石像が飾られている。ガチャン、と重々しいスイッチの音と、ウィーン、と電力が供給される音。遊具に一斉に明かりが灯り、動き出す。都様の美しい歌声が流れた。淳蔵様のピアノに合わせて歌ってくださった『月のワルツ』という曲だ。すう、と、少女達と女性達が現れる。わたくしは驚いてしまった。わたくしの古巣、イリス・モーリーの研究所に居たホムンクルス達。彼女達が遊具に乗ってはしゃぎ、楽しそうにお喋りしながら道を歩いている。噴水に弥生姉さんが腰掛けて、わたくしを見つめていた。


『知り合いかい?』


クリエイターがなにに気付いたのか、にやりと笑う。


「・・・知り合いです」

『君の『過去の家族』かな? だとしたらこの遊園地は良心の呵責とか? 『わたくし一人だけ幸せになってごめんなさい』と顔に書いてあるよ』


一気に頭に血が上るのがわかった。


『おい、おい、おい、おい。なにも私の首の骨を折らなくたっていいじゃあないか! アハハハハッ!』

「黙りなさい!」

『いやあ、鼠君に聞いていた通り、鴉と蜂は予備動作無しで暴力を振るうね。凄く痛いんだけど?』

「こ、このっ・・・!」


感情を制御できない・・・。

殴るのをやめられない。

わたくしの過去に触れるな!


『いでででで、全身粉々だぁ・・・。死なないとは言っても痛いのはもう勘弁だ。怒らせたことは謝るよ。それでは、また・・・』


目が覚める。


「深夜、二時・・・」


寝巻が汗でびっしょりだ。


「・・・最ッ低」


朝になったら都様に報告しなくては。


「なにが悪いの。わたくしだけ幸せになって」


そう言ってみる。途端に涙が溢れた。わたくしはなんて中途半端な存在なのだろう。都様の手元にある今も、完全に人間になれない哀れな生肉だ。自棄になり、ベッドに大きな音を立てて寝転び、布団にくるまって泣いて夜を明かした。
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