五百三十一話 女々しい
文字数 2,014文字
「フフッ・・・」
『タイトル:意味不明です。
こんにちは。メイド長のCです。
ああ、頭が痛い! ご主人様が雇った新たなメイド、Kさん、タイトル通り意味不明です。なんでも二重人格で統合失調症だそうですよ? 本人がそう言っていました。だからといって許されるのでしょうか、あの失礼な言動の数々! ご主人様はどうしてあんなメイドを? お尋ねしても答えてくれません。容姿もI家に相応しくありません! 私とKさんが同じ空気を吸っているだなんて考えただけで鳥肌が立ちます。ふう、少し取り乱しました。ごめんなさいね。I家でのお仕事は大変ですから、厳しさに負けてとっとと辞めてくれないかしら。
今日の朝食
オムレツ、ケチャップ、サラダ、パン、オレンジジュース。
今日の昼食
親子丼、沢庵、麦茶。
今日のおやつ
杏仁豆腐、ほうじ茶。
今日の夕食
鳥の手羽先甘辛煮、ぬか漬け、白米、麦茶。
それでは皆様、ごきげんよう。』
幸恵は『推し活』の話題で美代と急接近し、よくハーブティーを持って行っていた。そこにかんなが現れ、かんなは美代に惚れてハーブティーを持って行くようになった。その過程でぶつかったらしい。それもかなり激しく。千代と桜子曰く二人の仲は最悪だそうだ。俺は愉快で仕方がない。昨夜の都との会話を思い出す。
「直治、『誰かになりたい気持ち』と『自分でいたくない気持ち』は、似ているようでいて少し違う。その違いがわかる?」
「今は頭回んねえよ・・・」
「フフッ、そう?」
しゅりしゅりと音を立てて腹を撫でられる。
「ん・・・眠くなるからやめろって・・・」
「『誰かになりたい気持ち』はね、『自分』という意識が薄いから産まれるものなの。『自分でいたくない気持ち』は『自分』という意識が強いから産まれるもの。淳蔵は後者で美代は前者、直治は両方の気持ちがわかるんじゃない?」
「んー・・・」
「『自分』という意識の、磁石のN極とS極のようなものよ。『共依存』という形で引っ付いたり、『同族嫌悪』という形で離れたり」
「俺馬鹿だからわかんねえ・・・」
「あらあら。もう少しだけ聞きなさい。人間関係は磁石じゃないから、きっぱりと割り切れるわけではない。あの二人はね、お互いを嫌悪することで共依存して、お互いに同族意識を感じて僅かながらに相手の思考を理解している。今はまだ『嫌悪』で済むでしょう。でもそのうち『憎悪』にかわって、なにをしでかすかわからない。だからしっかり見張っておくのよ。ご褒美ならいくらでもあげるから、ね?」
こんこん。ノックの音で甘い記憶が途切れる。
「どうぞ」
『失礼します』
紫苑だった。
「おはようございます、直治様。あの、また喧嘩してますよ、あの二人・・・」
喧嘩していたら報告するようにと指示したので、まだ勤務時間前なのに早めに来たらしい。
「喧嘩の内容は?」
「幸恵さんがかんなさんに『清潔感の無い人がお茶なんて淹れないで』と出会い頭に言って、かんなさんが『キモいのはあんた』と言い返したそうです。それで喧嘩に発展して、幸恵さんはかんなさんの容姿を具体的に悪く言って、かんなさんは鸚鵡返しを・・・」
「フフッ、あほくさ」
「あ、あの、本当に止めなくていいんですか? あの二人・・・」
喧嘩を止めないようにとも指示している。
「なんで俺がかんなを雇ったのか、って顔してるな」
「え、あ・・・」
「図星だろ。答えは『慈善活動』だよ。『一条都は優しい』と評判だ。それをあてにするヤツの多いこと多いこと。しかしな、そういうヤツらの中には、言い方は悪いが、貧民が華族の館にやってきて、違いに圧倒されて大人しくなるようなヤツも居るんだ。『住んでる世界が違う』ってな。自分がいかに矮小な人間か自覚して、恥ずかしくなって大人しくなる。それを見越して、たまに行き場のない女をメイドにしてやったりする。身に覚えがあるだろ」
「は、はい・・・」
「都は気さくで愛らしいから誰とでも打ち解けやすい。逆に言えば人を舐めてかかるヤツにはとことん舐められる。幸恵もかんなも都のこと舐めてんだよ。だから馬鹿丸出しで喧嘩する。そうなりゃ、従業員が会社の秩序を乱したと見做して解雇できる。幸恵はもうすぐ試用期間が終わるからそのまま暫く雇ってかんなと遊ばせる。それでかんなの試用期間が終わる前に二人共解雇、クビだ。なんで俺がこんなにぺらぺら喋るかわかるか?」
「い、いいえ・・・」
「都は子連れで突撃されても許す寛容な人だ。俺はそうじゃない。都が親しくしてくれるからって馴れ馴れしくすんなよ。メイドについては俺に一任されているんだ。わかるよな?」
「はい・・・」
「話は終わりだ。報告をありがとう」
「は、はい。出勤しますね」
紫苑はタイムカードを打刻し、事務室を出ていった。
「クソッ、女々しい真似を・・・」
あいつは余程のことがない限りクビにできないし喰えない。殺せない。俺は人差し指で唇を撫でて、舌で舐める。
「馬鹿が・・・」
『タイトル:意味不明です。
こんにちは。メイド長のCです。
ああ、頭が痛い! ご主人様が雇った新たなメイド、Kさん、タイトル通り意味不明です。なんでも二重人格で統合失調症だそうですよ? 本人がそう言っていました。だからといって許されるのでしょうか、あの失礼な言動の数々! ご主人様はどうしてあんなメイドを? お尋ねしても答えてくれません。容姿もI家に相応しくありません! 私とKさんが同じ空気を吸っているだなんて考えただけで鳥肌が立ちます。ふう、少し取り乱しました。ごめんなさいね。I家でのお仕事は大変ですから、厳しさに負けてとっとと辞めてくれないかしら。
今日の朝食
オムレツ、ケチャップ、サラダ、パン、オレンジジュース。
今日の昼食
親子丼、沢庵、麦茶。
今日のおやつ
杏仁豆腐、ほうじ茶。
今日の夕食
鳥の手羽先甘辛煮、ぬか漬け、白米、麦茶。
それでは皆様、ごきげんよう。』
幸恵は『推し活』の話題で美代と急接近し、よくハーブティーを持って行っていた。そこにかんなが現れ、かんなは美代に惚れてハーブティーを持って行くようになった。その過程でぶつかったらしい。それもかなり激しく。千代と桜子曰く二人の仲は最悪だそうだ。俺は愉快で仕方がない。昨夜の都との会話を思い出す。
「直治、『誰かになりたい気持ち』と『自分でいたくない気持ち』は、似ているようでいて少し違う。その違いがわかる?」
「今は頭回んねえよ・・・」
「フフッ、そう?」
しゅりしゅりと音を立てて腹を撫でられる。
「ん・・・眠くなるからやめろって・・・」
「『誰かになりたい気持ち』はね、『自分』という意識が薄いから産まれるものなの。『自分でいたくない気持ち』は『自分』という意識が強いから産まれるもの。淳蔵は後者で美代は前者、直治は両方の気持ちがわかるんじゃない?」
「んー・・・」
「『自分』という意識の、磁石のN極とS極のようなものよ。『共依存』という形で引っ付いたり、『同族嫌悪』という形で離れたり」
「俺馬鹿だからわかんねえ・・・」
「あらあら。もう少しだけ聞きなさい。人間関係は磁石じゃないから、きっぱりと割り切れるわけではない。あの二人はね、お互いを嫌悪することで共依存して、お互いに同族意識を感じて僅かながらに相手の思考を理解している。今はまだ『嫌悪』で済むでしょう。でもそのうち『憎悪』にかわって、なにをしでかすかわからない。だからしっかり見張っておくのよ。ご褒美ならいくらでもあげるから、ね?」
こんこん。ノックの音で甘い記憶が途切れる。
「どうぞ」
『失礼します』
紫苑だった。
「おはようございます、直治様。あの、また喧嘩してますよ、あの二人・・・」
喧嘩していたら報告するようにと指示したので、まだ勤務時間前なのに早めに来たらしい。
「喧嘩の内容は?」
「幸恵さんがかんなさんに『清潔感の無い人がお茶なんて淹れないで』と出会い頭に言って、かんなさんが『キモいのはあんた』と言い返したそうです。それで喧嘩に発展して、幸恵さんはかんなさんの容姿を具体的に悪く言って、かんなさんは鸚鵡返しを・・・」
「フフッ、あほくさ」
「あ、あの、本当に止めなくていいんですか? あの二人・・・」
喧嘩を止めないようにとも指示している。
「なんで俺がかんなを雇ったのか、って顔してるな」
「え、あ・・・」
「図星だろ。答えは『慈善活動』だよ。『一条都は優しい』と評判だ。それをあてにするヤツの多いこと多いこと。しかしな、そういうヤツらの中には、言い方は悪いが、貧民が華族の館にやってきて、違いに圧倒されて大人しくなるようなヤツも居るんだ。『住んでる世界が違う』ってな。自分がいかに矮小な人間か自覚して、恥ずかしくなって大人しくなる。それを見越して、たまに行き場のない女をメイドにしてやったりする。身に覚えがあるだろ」
「は、はい・・・」
「都は気さくで愛らしいから誰とでも打ち解けやすい。逆に言えば人を舐めてかかるヤツにはとことん舐められる。幸恵もかんなも都のこと舐めてんだよ。だから馬鹿丸出しで喧嘩する。そうなりゃ、従業員が会社の秩序を乱したと見做して解雇できる。幸恵はもうすぐ試用期間が終わるからそのまま暫く雇ってかんなと遊ばせる。それでかんなの試用期間が終わる前に二人共解雇、クビだ。なんで俺がこんなにぺらぺら喋るかわかるか?」
「い、いいえ・・・」
「都は子連れで突撃されても許す寛容な人だ。俺はそうじゃない。都が親しくしてくれるからって馴れ馴れしくすんなよ。メイドについては俺に一任されているんだ。わかるよな?」
「はい・・・」
「話は終わりだ。報告をありがとう」
「は、はい。出勤しますね」
紫苑はタイムカードを打刻し、事務室を出ていった。
「クソッ、女々しい真似を・・・」
あいつは余程のことがない限りクビにできないし喰えない。殺せない。俺は人差し指で唇を撫でて、舌で舐める。
「馬鹿が・・・」