三百五十七話 Cちゃんさん

文字数 1,967文字

夜。幸恵の部屋のドアをノックする。

こんこん。

少しして、幸恵が出てきた。


「直治様、こんな時間にどうしたんですか?」

「話がある」

「は、話ですか?」

「都がな、『可愛いから』って理由でよく服を買うんだ。でも『自分には似合わないかも』って言って箪笥の肥しにするんだよ。そういう服は千代や桜子にやるんだ。それを今回は『幸恵さんに』って言ってる。どうだ? 箪笥には入れてるが袖は通してないから、一応新品だぞ」

「えっ、ええっ!? い、いいんですか? 都様が選んだってことは相当高価な服なんじゃ・・・」

「まあ、そうだろうな。すまん、俺は女性のファッションには疎いからようわからん」

「いえいえ! あの、欲しいです。頂きます」

「そうか。じゃあ都の部屋に」

「はい!」


二人で階段を登る。ノックせず都の部屋に入った。いつもとは、家具の配置が違う。部屋の中央に白い布の掛けられた首のないマネキン。その斜め後ろに置かれたソファーに都は座っている。膝に、白い布を被せた球体を乗せて。淳蔵と桜子はソファーの後ろに、美代はマネキンの横に立っていた。


「あ、え・・・?」


ぱたん。かちり。


「こんばんは、Cちゃんさん」


都が微笑んでそう言うと、幸恵は顔を真っ青にした。


「直治から話は聞いた? 私が直接呼び出すと、ほら、かんなさんが煩いかなって思って。そこのマネキンに着せてあるの。もしよければ貰ってくれないかしら? さあ、美代」


美代がマネキンの布を取り除いた。


「キャアアアアアアアアッ!?」


幸恵が叫んだ。


「どうしたの?」


首のない千代がそこに立っていた。呼吸と脈動に合わせて身体が僅かに上下し、揺れている。ピアノ線で切断したかのような鮮明な首の断面図が露わになっていた。


「フロントレースアップのパフスリーブのワンピースよ。色はミントグリーン。胸元と背中が結構空いてるけど、可愛らしいでしょ? 黒いストッキングは蝶のモチーフがアシンメトリーに入ってるの。シンプルな黒のパンプスを合わせて、初夏にぴったりな涼しさでしょう?」


千代が手を少し広げ、ゆっくりとその場で回転する。


「ひいっ! ひっ・・・!」


幸恵は泣いていた。


「全て、私がデザインしたの。『このために』じゃないわよ。『ご主人様の寵愛を賜る』ってこういうことよ。わかるかしら、Cちゃんさん」


都は膝の上の球体から布を取って、そっと、横に置いた。


「あ、あ、あああああああ・・・っ!」


千代の首だ。


「にゃあ!」


目を閉じていた千代がおどけて鳴く。


「どうしましたァ? 私に憧れていたんですよね、幸恵さん? 私の名を騙ってブログを書いたりSNSで発信したりしていたくらいですしィ? 憧れの私の身体ですよォ? もっと近くで観察したらどうですか?」


千代はチェシャ猫のように笑う。


「お前、ちょーし乗り過ぎですニャ! 『ご主人様を愛している』だなんてネットでは言ってましたけど、ちゃんとその意味わかってます? 『一条都』という存在は無条件に愛情を向けてよい存在ではありませんよォ! 都さんを愛していいのは都さんに愛された者だけですぅ! うッすぎたねえ愛を騙るのは万死に値します! 極刑です! 磔刑です!」


都の膝の上で、千代が左右に激しく揺れる。


「『ネットリテラシー』とか『デジタルタトゥー』とか知らないんですかァ? ていうかお前、馬鹿でしょ。馬鹿でしょ? 本当の幸せってーのは見せびらかす必要ないんですニャ。自分だけが知っていればいいんですニャ。まっ、永遠にわからないでしょうねェ。なんたって『誰か』になることでしか幸せを感じられない人種なんですからね」


千代の笑みは目尻も口角も裂けそうな程になっていた。


「お前、自分が仕様もない人間だってこころのどこかでわかってるんでしょ? だってお前は、誰からも求められていない。お前で在り続ける限りは誰からも求められない。だからキラキラした人になりたかった。誰かに求められている人になりたかった。そうやって迷惑かけまくって、可愛い女の子になりきって男を勘違いさせて、女の子に一生癒えない傷を負わせておいて、まァだ学習しないんですね?」

「・・・めっ、なさい、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいいっ!!」

「んー、謝罪じゃなくて命乞いですかねェ?」


都が千代の頭を撫でると、千代は笑みを保ったまま気持ち良さそうに目を細めた。そっと千代を抱えて膝から下ろし、ソファーに置くと、都は腰を抜かしている幸恵の前にしゃがみ込む。


「言ってごらんなさい」

「えっ・・・?」

「私を『愛している』と言ってごらんなさい」

「・・・あ、あ、あああ愛しております都様ッ!! 愛しています!! 愛してします!! お慕いしております!! お慕いしております!! どうか、どうかお許しくださいッ!!」

「あはっ、きったねー」


都は笑った。
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