三百四十八話 推し事
文字数 2,069文字
「余計な仕事増やしやがってクソ馬鹿野郎が・・・」
余計な仕事、幸恵のブログとSNSの監視。ブログの更新は一日一回。恐らく寝る前に。仕事をサボっているらしく、SNSは一時間に最低一回は更新している。夜更かしをしているらしくブログの更新は遅いので、俺は都に許可を取って翌朝確認することにしている。
『タイトル:意外と庶民派なご主人様です。
こんにちは。メイド長のCです。
ご主人様が「珍しいものを食べたい」と我儘を仰るので、思い切ってお弁当のおかず、所謂『冷食』を可愛いお弁当箱に詰めて出してみました。ご主人様は大喜び。その中でも『カルビハンバーグのマヨネーズ』というおかずを気に入って、食事当番のNさんに「沢山食べたい」とおねだりをしていました。Nさんは肉料理担当なのです。Nさんは試行錯誤を重ね、巨大なカルビハンバーグのマヨネーズを作っておりました。お肉に練り込んだものとソースに秘密があるそうですが、私が教えてほしいと言っても「企業秘密」と答えられてしまいました。気難しいお人です。
今日の朝食
食パン、バター、苺ジャム、ゆで卵、サラダ、紅茶。
今日の昼食
白米、カルビハンバーグのマヨネーズ、味噌汁、緑茶。
今日のおやつ
なし
今日の夕食
豚丼、沢庵、味噌汁、麦茶。
それでは皆様、ごきげんよう。』
「あー苛々する・・・」
都のために考案したものを他人のお前に教えるわけないだろ馬鹿が。食事の内容は昨日都が食べていたもので間違いはない。そして幸恵が嘘を吐いていることも間違いない。幸恵は沢庵やぬか漬けといった漬物がどうしても食べられないらしく、都が承諾して幸恵の食事メニューから漬物は抜いている。
酷く馬鹿馬鹿しい。
幸恵が自慢げに投稿している写真は、俺達兄弟が、家族同然の千代と桜子が、そして母親であり『ご主人様』である都が長く長く暮らした家だ。こいつの承認欲求を満たすために使っていい道具ではない。
それに、写真。
まだ誰も映っていないからいいものの、その内調子に乗って人物まで盗撮し始めるだろう。この苛立ちの責任は『仕込み』の時に取ってもらわなくては。そう思うと少しだけ溜飲が下がる。幸恵は何故、『千代になりきること』に固執しているのだろう。謎だ。
こんこん。
「どうぞ」
『失礼しまァす!』
千代が事務室に入ってきた。
「どうした?」
「美代さんがロイヤルミルクティーを淹れたので、家族団欒いかがッスかァ!」
「都は?」
「お昼寝中ですぅ!」
「なんだ・・・。幸恵は?」
「入ってまァす!」
「美代の狙いは?」
「都さんがなァんも教えてくださらないので、自分達で探ってみようということでェす!」
「成程。なら参加する」
「はァい!」
千代と共に食堂に行く。淳蔵、美代、桜子、紫苑に、幸恵。
「やあ、直治。ひろは都と一緒に昼寝だってさ」
ブチギレそうになったがなんとかおさえて、頷く。美代主催のお茶会が始まった。
「美味いな」
「うん、美味い」
「美味しいですゥ!」
「とっても美味しいです」
いつも好評だ。
「わ! 凄く美味しいです・・・!」
「紫苑君に喜んでもらえて嬉しいよ。幸恵君はどう?」
「とても美味しいです! ところで美代様、さっきミルクティーを使ってなにをしていたんですか?」
「フレンチトーストの仕込みだよ。明日の都のおやつ」
「まあ! とっても美味しそうですね」
「皆の分もあるよ。楽しみにしててね」
「はい! ありがとうございます!」
「美代様、ありがとうございます」
紫苑も礼を言う。
「ひろの分もあるよ。といっても紅茶のカフェインは厳禁だから、普通のフレンチトーストだけどね」
「ひろの分まで、本当にありがとうございます」
紫苑は『申し訳ない』をあまり言わなくなった。悪くないのに謝るのは良くないことだ。『ごめんなさい』より『ありがとう』だと俺達も都に教えられた。
「そういえば幸恵君って年は幾つだっけ」
「二十七歳です」
「そっかあ。趣味は?」
幸恵は笑顔で口を開けたまま、一度瞬きをして固まった。
「『推し活』です!」
「推し活? アイドルとか追っかけるヤツ?」
「あ、そうですね、昔は『追っかけ』って言ったみたいですね」
「へえー。幸恵君は誰を推してるの?」
「すみません、私『同担拒否』なのであんまり言いたくないんです」
「あー。『強火同担拒否』な感じ?」
「あっ、美代様ももしかして推し活してます?」
「うん。俺も同担拒否なんだよね。だから推しが誰かは秘密」
意味のわからない単語が飛び交っている。
「名前は言えないけどさ、俺の推し最高だよ。可愛いしスタイル抜群だし、『リアコ』だからマジで誰にも言えないんだけど自慢はしたいんだよね」
「美代様! 私、その気持ちすっごくわかります!」
「あは、幸恵君も同じ?」
「私はリアコじゃなくて、もうその人のこと憧れてて仕方がなくて、だから全肯定しちゃいます。実は『推し事』始めてからそんなに長くないんですよ。だからマウントだけは絶対取られたくなくて、誰にも言えないんです」
「成程ね。仕事と両立させるの難しいよねえ」
美代はなにか掴んだようだ。あとで聞くことにしよう。
余計な仕事、幸恵のブログとSNSの監視。ブログの更新は一日一回。恐らく寝る前に。仕事をサボっているらしく、SNSは一時間に最低一回は更新している。夜更かしをしているらしくブログの更新は遅いので、俺は都に許可を取って翌朝確認することにしている。
『タイトル:意外と庶民派なご主人様です。
こんにちは。メイド長のCです。
ご主人様が「珍しいものを食べたい」と我儘を仰るので、思い切ってお弁当のおかず、所謂『冷食』を可愛いお弁当箱に詰めて出してみました。ご主人様は大喜び。その中でも『カルビハンバーグのマヨネーズ』というおかずを気に入って、食事当番のNさんに「沢山食べたい」とおねだりをしていました。Nさんは肉料理担当なのです。Nさんは試行錯誤を重ね、巨大なカルビハンバーグのマヨネーズを作っておりました。お肉に練り込んだものとソースに秘密があるそうですが、私が教えてほしいと言っても「企業秘密」と答えられてしまいました。気難しいお人です。
今日の朝食
食パン、バター、苺ジャム、ゆで卵、サラダ、紅茶。
今日の昼食
白米、カルビハンバーグのマヨネーズ、味噌汁、緑茶。
今日のおやつ
なし
今日の夕食
豚丼、沢庵、味噌汁、麦茶。
それでは皆様、ごきげんよう。』
「あー苛々する・・・」
都のために考案したものを他人のお前に教えるわけないだろ馬鹿が。食事の内容は昨日都が食べていたもので間違いはない。そして幸恵が嘘を吐いていることも間違いない。幸恵は沢庵やぬか漬けといった漬物がどうしても食べられないらしく、都が承諾して幸恵の食事メニューから漬物は抜いている。
酷く馬鹿馬鹿しい。
幸恵が自慢げに投稿している写真は、俺達兄弟が、家族同然の千代と桜子が、そして母親であり『ご主人様』である都が長く長く暮らした家だ。こいつの承認欲求を満たすために使っていい道具ではない。
それに、写真。
まだ誰も映っていないからいいものの、その内調子に乗って人物まで盗撮し始めるだろう。この苛立ちの責任は『仕込み』の時に取ってもらわなくては。そう思うと少しだけ溜飲が下がる。幸恵は何故、『千代になりきること』に固執しているのだろう。謎だ。
こんこん。
「どうぞ」
『失礼しまァす!』
千代が事務室に入ってきた。
「どうした?」
「美代さんがロイヤルミルクティーを淹れたので、家族団欒いかがッスかァ!」
「都は?」
「お昼寝中ですぅ!」
「なんだ・・・。幸恵は?」
「入ってまァす!」
「美代の狙いは?」
「都さんがなァんも教えてくださらないので、自分達で探ってみようということでェす!」
「成程。なら参加する」
「はァい!」
千代と共に食堂に行く。淳蔵、美代、桜子、紫苑に、幸恵。
「やあ、直治。ひろは都と一緒に昼寝だってさ」
ブチギレそうになったがなんとかおさえて、頷く。美代主催のお茶会が始まった。
「美味いな」
「うん、美味い」
「美味しいですゥ!」
「とっても美味しいです」
いつも好評だ。
「わ! 凄く美味しいです・・・!」
「紫苑君に喜んでもらえて嬉しいよ。幸恵君はどう?」
「とても美味しいです! ところで美代様、さっきミルクティーを使ってなにをしていたんですか?」
「フレンチトーストの仕込みだよ。明日の都のおやつ」
「まあ! とっても美味しそうですね」
「皆の分もあるよ。楽しみにしててね」
「はい! ありがとうございます!」
「美代様、ありがとうございます」
紫苑も礼を言う。
「ひろの分もあるよ。といっても紅茶のカフェインは厳禁だから、普通のフレンチトーストだけどね」
「ひろの分まで、本当にありがとうございます」
紫苑は『申し訳ない』をあまり言わなくなった。悪くないのに謝るのは良くないことだ。『ごめんなさい』より『ありがとう』だと俺達も都に教えられた。
「そういえば幸恵君って年は幾つだっけ」
「二十七歳です」
「そっかあ。趣味は?」
幸恵は笑顔で口を開けたまま、一度瞬きをして固まった。
「『推し活』です!」
「推し活? アイドルとか追っかけるヤツ?」
「あ、そうですね、昔は『追っかけ』って言ったみたいですね」
「へえー。幸恵君は誰を推してるの?」
「すみません、私『同担拒否』なのであんまり言いたくないんです」
「あー。『強火同担拒否』な感じ?」
「あっ、美代様ももしかして推し活してます?」
「うん。俺も同担拒否なんだよね。だから推しが誰かは秘密」
意味のわからない単語が飛び交っている。
「名前は言えないけどさ、俺の推し最高だよ。可愛いしスタイル抜群だし、『リアコ』だからマジで誰にも言えないんだけど自慢はしたいんだよね」
「美代様! 私、その気持ちすっごくわかります!」
「あは、幸恵君も同じ?」
「私はリアコじゃなくて、もうその人のこと憧れてて仕方がなくて、だから全肯定しちゃいます。実は『推し事』始めてからそんなに長くないんですよ。だからマウントだけは絶対取られたくなくて、誰にも言えないんです」
「成程ね。仕事と両立させるの難しいよねえ」
美代はなにか掴んだようだ。あとで聞くことにしよう。