二百一話 意地悪

文字数 2,898文字

新たなメイドの桜子、金鳳花、真理を雇って一ヵ月が経った。

直治曰く。

桜子は仕事は完璧。だが定められた仕事以外はせず、仕事が無くなると指示を仰ぎに来るらしい。休憩を一切取ろうとしないので『それでは労働基準法に反する』と何度か諭され、毎日決まった時間に休憩を取るようになったとか。要するに真面目過ぎて融通が利かないようだ。

金鳳花は、動作全てが遅い。丁寧を心掛けているらしいが、そのせいか一つの物事をやりだすと夢中になって、周りが一切見えなくなるようだ。人懐っこいのか、会うとよく声をかけてくる。温和な性格だが好奇心旺盛で、お喋りに夢中になって、直治や千代だけでなく、桜子にまで怒られていることもある。まだ十代とやけに若いのが気になるが、たまにそういうメイドも雇うのでなんとも言えない。

真理は社長である都とメイド長の千代を敵対視している。自分より『上』の存在が許せないようだ。ふわふわとした性格を装っているのか、悪気はない、善意しかない、とでも言いたそうな顔でチクチクと失礼なことを言っている。『男』である俺達が居る前ではやらないので性質が悪い。桜子はどうも苦手らしい。仕事は可もなく不可もなくだが、料理教室に通っていただけあって料理は美味い。

こんこん。


「どうぞ」

『失礼します』


桜子の声だ。俺は素早くパソコンにロックをかけた。


「桜子君、どうしたんだい?」

「都様のお話を伺いたくて参りました」

「話って、どんな?」

「食の好みを。甘いものに目がないそうですが、わたくしが作ったものをお部屋に運んでよいかも聞いて回っております」


ほう。自主的には動かない指示待ち女がそう来たか。


「都はなんでも食べるよ。甘いものは、生クリームに目がなくてね。ちょっと添えるだけで大喜びするよ。チーズとか牛乳とか乳製品を使ったものが好きみたいだ。あとは、クッキーやマフィンよりも、プリンやゼリーの方が好きかな」


桜子はメモを取る。


「ありがとうございます」

「差し入れについては千代君と相談した方がいいかな。千代君もよく作ってるから、被らないようにね」

「ありがとうございます。淳蔵様にもご意見を伺いたいのですが、部屋にお伺いしてもよろしいのでしょうか?」

「いいよ」

「ありがとうございます。では、失礼します」


お辞儀をして、桜子は事務室を出ていく。これで桜子は一階から三階まで、『都様への差し入れ』を理由に行き来できるようになったわけだ。

こんこん。


「どうぞ」

『失礼しますぅ』


誰かと思ったら金鳳花だ。いつまで経ってもドアが開かないし、『うわっとと』だの『あうー』だの小さく聞こえるので、俺はそっとドアを開けた。


「ああっ、美代様、すみません。ドアを開けてくださって・・・」

「いいよ」


金鳳花はハーブティーを乗せた盆を持っていた。俺がハーブティーを常飲してるのを直治から聞いたらしく、ここ数日、決まった時間に持ってくる。


「自分の足を踏んづけちゃって、困っておりましたぁ」


空気が抜けるように喋る。聞き取れないわけではないが、何故か脱力する喋り方だ。


「いつもありがとうね」


俺がにっこり笑ってハーブティーを受け取ると、金鳳花もにっこり笑ってお辞儀をして去っていった。ハーブティーを飲む。良い香りだ。金鳳花も『美代様にハーブティーを』という名目で二階まで上がってくることができる。こっそり三階に行くこともできるだろう。鼠を出して見張ることはできない。都に『泳がせておきなさい』と命令されているので、あまり神経質にはならないようにしているが、やはり落ち着かない。

こんこん。

ちょっとうんざりしてきた。


「どうぞ」

『失礼します!』


真理だ。かなり慌てた様子で入ってきた。


「あの、美代様、機械に強いんですよねっ!?」

「えっ? いや、そんなことはないけど・・・」

「ああっ、そんな・・・。どうしよう・・・」

「どうしたの?」

「携帯が突然壊れてしまったんです!」


真理が見せてきた携帯は、画面がバキバキに割れていた。中の部品のようなものまで見えている。


「うーん、これは交換するか、買い替えるかだね・・・」

「うう、やっぱり・・・?」

「真理君、写真撮ったりしてないよね?」

「えっ」


真理は狼狽えた。


「いやぁ、俺は信じてないっていうか、怖くないんだけど、『霊的な存在』ってヤツ? 写真嫌いのヤツがここに住み着いてるとかなんとかで、お客様の携帯もよく壊れるんだよね」

「じょ、冗談ですよね?」

「・・・実際壊れてるしね?」


真理は引き攣った笑みを浮かべる。


「まあ、直治に相談してみなよ。霊的なヤツはどうにもならないけどね。で、真理君。写真撮った?」

「・・・撮りました」


やっぱり。ジャスミンの怒りに触れて、『外』に情報を漏らさないようにと携帯をブッ壊されたんだろう。


「敷地内の写真は許可無く撮っちゃ駄目だよ」

「はい・・・」

「好奇心で携帯を壊しちゃうメイドさん、結構居るからね。正直に言えば最初の一回は許してもらえて、都が全額負担してくれるよ」

「えっ! そうなんですか!」

「次は壊さないようにね」

「はい! お邪魔しました! 失礼します!」


真理が事務室を出ていった。

頭が痛い。女は嫌いだ。

間が開いて、

こんこん。

誰だよ。しんどくなってきた。


「・・・どうぞ」

『失礼します』


都の声。俺は思わず椅子から立ち上がる。


「あ、ごめんなさい。立て込んでた?」

「ううん、全然! どうしたの?」

「階段を昇り降りする気配が多いから、ちょっと様子を見に来たんだけど・・・」


俺は笑って顔を横に振り、ドアに鍵をかける。


「うーん。偵察、かな? 上に来やすいように誘導しておいたよ」

「ありがとうね」

「・・・ねえ、可愛いお嬢さん」


長い付き合いでわかっている。都は不意打ちに弱い。


「ちょっとおじさんと遊んでってよ」

「え・・・、あ、あの、じゃあ、ちょっとだけ・・・」


俺は少し強引に都の後ろ髪を掴んでキスをして、胸を揉む。


「キスが上手だね」

「お、おじさん、ストレス溜まってるの?」

「ちょっとね。おじさん、好きな子のことはなんでも知りたいのに、喋ってくれなくってさ」

「・・・お小遣い、幾らくれるの?」


また、はぐらかされた。


「お嬢さんのサービス次第」


都は恥ずかしそうに顔を少し背け、大きな胸を持ち上げて寄せる。


「いいね」


俺は椅子に座り、足を開いた。都が俺の足の間に跪く。


「口を開けて、舌を突き出して」


都は戸惑ったあと、言われた通りにした。


「綺麗なピンク色で、えっちな舌だね」


人差し指で舌の中央を撫でると、都はびくんっと反応した。都は、どうしていつも、肝心なことを教えてくれないのだろう。重要なことを教えてくれないのだろう。信用に値しないからではないのはわかっている。ジャスミンと同じく、こころを掻き回して、人間らしい感情を忘れさせないため。薄々気付いてはいるが、酷く腹立たしい。

もう少し意地悪しよう。

そんな考えが俺から滲み出ているのか、都が怯えたような顔をする。俺は客にするようなとびっきりの笑顔をして、都の舌を掴んで引っ張った。


「あ、え、え・・・」

「ちょっと虐めようかな」


潰す勢いで、指に力を込める。


「笑え」


俺が命令すると、都はぎこちなく笑った。
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