二百四十七話 悪い癖
文字数 2,379文字
3Q太郎が館に来て一週間。一条家の人間とメイド達、そして麓の町の人間の取材と、館内と敷地内の森の撮影は終わったらしい。残るは山の撮影と、『交霊術』での検証。山は素人が登り降りすると危険なので、鴉を使って空間を把握できる淳蔵をガイドに付けることにした。俺達はちょっと力を出せば、丸一日山を登り降りしても、海や川で泳ぎ続けても平気な身体の造りをしているので、体力面は問題無い。淳蔵は口が達者なので3Q太郎も退屈しないだろう。
俺はずっと考えている。『来る日』について。
都が『怖い夢』を見たあの夜は、ジャスミンが犬の姿を保てない程、緊迫した状況だった。夢を操る『白い男』が作り上げた、都のためだけの世界に、干渉してきた存在がいる。あとから聞いた話では、千代と桜子も俺達と同じ夢を見ていて、それを夢だと認識できていた。都だけが夢を夢だと認識できていなかった。ジャスミンは恐らく、都の危機を知らせるために、俺達に都が見ている夢を見せたのだろう。
『来る日のための戦士であることを忘れるな』
戦士。
都が戦う。
一体なにと?
なんのために俺達の力をおさえつけている?
何故来る日に解放する?
『自分の身は自分で守りなさい』
俺は自分の部屋に、淳蔵と直治、千代と桜子を呼び出した。座るように勧めると、淳蔵と直治はベッドに腰掛け、千代と桜子は備え付けてある椅子に座った。俺は窓辺に立ち、差し込む陽の光を背に浴びながら、話を始めた。
「俺の考え過ぎかもしれないんだ」
そう、前提する。
「『来る日』は『戦争』のことかもしれない」
全員、目を見開く。
「ジャスミンはどうなのかわからないけれど、都はきっと『徴兵』されたんだ。都が俺達の力をおさえつけているのは、俺達を徴兵から免れさせるため。なにが基準かはわからないけれど、基準に達すると『戦士』と認定され、なにかと戦わせられるのかもしれない。これに拒否権は無いんだろう。都は徴兵制度の不備や抜け穴を利用して俺達を守ろうとした結果、今の形に落ち着いているのかもしれない。来る日に俺達の力を解放するのは、戦争が起こった時に、自分の身は自分で守らせるためだ。都はなにかから俺達を隠そうとして、必死になっているんじゃないかな」
皆が考え込む。
「ジャスミンや都と同等、或いはそれ以上の力を持った存在が、都の企みを阻止するため、都に警告するために、都に接触して『怖い夢』を見せた。都の祖母の着物を着た偽物の都は、何者だったのか。悪魔か天使か、魔王か神だったのかもしれない。俺達の敵である神や天使を『善』とし、同類である魔王や悪魔を『悪』だとしよう。聖書に、この二つの勢力が戦争を起こすことが予言されている。世界の終末的な戦争、転じて、世界の終わり。『ハルマゲドン』と呼ばれるものだ」
光と闇の最終決戦。
世界の終わり。
「神も魔王も、人間を疎ましい存在だと思っている。人間の文明は発展し過ぎた。信仰を、そして畏怖を忘れた人間は、やがて我々の領域に到達し、我々は力と知恵を失い、蹂躙され、家畜のように飼い慣らされるだろう。そうなる前に、我々は炎で全てを燃やし、風で疫病を全ての地に行き渡らせ、大地を激しく震わせ、津波で全てを洗う。生き残るのは我々に選ばれた者だけだ。勘違いするな、我々が世界の均衡を崩すのではない。戦争の火蓋は人間が切るのだ」
「・・・誰だ、お前」
淳蔵がゆっくりと立ち上がった。俺は、はっとして、右手で自分の口元をおさえた。
「なんだ、今の・・・」
「相手は幼稚で馬鹿だな。口を出さないとちっぽけなプライドが傷付くみてえだな?」
淳蔵が座り直した。
「見張られてるのか?」
「感知できませんねェ」
直治と千代が俺越しに窓の外を見る。
「・・・都様は、『外』に出たら、死んでしまうのでは?」
桜子が俯いたまま問う。
「それは都の『性質』じゃない。ジャスミンの、都に対する愛情と執着心。『愛執』からくるものだ。都はそれに大人しく従っているだけ。ジャスミンが許せば都が『外』に出ることも可能なのかもしれないし、都がその気になればジャスミンの許しを得なくても『外』に出ることも可能なのかもしれない」
淳蔵がそう答えて、唇を噛み締めた。
「・・・どうする? 都に、」
「やめろ」
俺が言う前に、淳蔵が遮った。
「全てを知ろうとするな。全てを知ってもらおうとするな」
全員の視線が淳蔵に集まる。淳蔵は俺を見る。
「俺達の悪い癖だ。秘密を共有しようとする。都が俺達に秘密を教えないのは、俺達が信用に値しないからじゃない。都が俺達に秘密を聞かないのは、俺達のことを尊重しているからだ。わかってるだろ? 都が絶対的な存在じゃないってことは。全てを知っていても、全てを知ってもらっていても、どうにもならないこともある」
「・・・そうだな。お前の考え方を尊重するよ。で、お前も俺の考え方を尊重するべきだ。俺は都の全てを知りたいし、全てを知ってもらいたい。なにを考えているのか聞いて、今あったことも報告する」
淳蔵は納得したように笑い、大きく二度頷いてから、部屋を出ていった。直治は一瞬、物言いたげな顔をしたが、黙ったまま、淳蔵のあとに続く。千代は真剣な表情から、客に見せる作り笑いに顔の形を変えて、お辞儀をしてから部屋を出ていった。
「おや、意外。君は俺の味方なのか」
桜子が頷く。
「都様に甘えている、依存している、負担になっている、と言われても、この生き方はかえられません」
「ハハッ、俺もだよ」
「他の人のプライバシーに関わることは流石に話しませんけれど、わたくし自身のことは毎日でも都様にお話したいくらいです」
「うん、良い考え方だ」
桜子が笑う。
「都様のお部屋に行きましょう。美代様が乗っ取られたようにお話していた様子は、わたくししか報告できません」
「頼むよ。じゃ、行こうか」
俺と桜子は部屋を出て、都の部屋に続く階段を登った。
俺はずっと考えている。『来る日』について。
都が『怖い夢』を見たあの夜は、ジャスミンが犬の姿を保てない程、緊迫した状況だった。夢を操る『白い男』が作り上げた、都のためだけの世界に、干渉してきた存在がいる。あとから聞いた話では、千代と桜子も俺達と同じ夢を見ていて、それを夢だと認識できていた。都だけが夢を夢だと認識できていなかった。ジャスミンは恐らく、都の危機を知らせるために、俺達に都が見ている夢を見せたのだろう。
『来る日のための戦士であることを忘れるな』
戦士。
都が戦う。
一体なにと?
なんのために俺達の力をおさえつけている?
何故来る日に解放する?
『自分の身は自分で守りなさい』
俺は自分の部屋に、淳蔵と直治、千代と桜子を呼び出した。座るように勧めると、淳蔵と直治はベッドに腰掛け、千代と桜子は備え付けてある椅子に座った。俺は窓辺に立ち、差し込む陽の光を背に浴びながら、話を始めた。
「俺の考え過ぎかもしれないんだ」
そう、前提する。
「『来る日』は『戦争』のことかもしれない」
全員、目を見開く。
「ジャスミンはどうなのかわからないけれど、都はきっと『徴兵』されたんだ。都が俺達の力をおさえつけているのは、俺達を徴兵から免れさせるため。なにが基準かはわからないけれど、基準に達すると『戦士』と認定され、なにかと戦わせられるのかもしれない。これに拒否権は無いんだろう。都は徴兵制度の不備や抜け穴を利用して俺達を守ろうとした結果、今の形に落ち着いているのかもしれない。来る日に俺達の力を解放するのは、戦争が起こった時に、自分の身は自分で守らせるためだ。都はなにかから俺達を隠そうとして、必死になっているんじゃないかな」
皆が考え込む。
「ジャスミンや都と同等、或いはそれ以上の力を持った存在が、都の企みを阻止するため、都に警告するために、都に接触して『怖い夢』を見せた。都の祖母の着物を着た偽物の都は、何者だったのか。悪魔か天使か、魔王か神だったのかもしれない。俺達の敵である神や天使を『善』とし、同類である魔王や悪魔を『悪』だとしよう。聖書に、この二つの勢力が戦争を起こすことが予言されている。世界の終末的な戦争、転じて、世界の終わり。『ハルマゲドン』と呼ばれるものだ」
光と闇の最終決戦。
世界の終わり。
「神も魔王も、人間を疎ましい存在だと思っている。人間の文明は発展し過ぎた。信仰を、そして畏怖を忘れた人間は、やがて我々の領域に到達し、我々は力と知恵を失い、蹂躙され、家畜のように飼い慣らされるだろう。そうなる前に、我々は炎で全てを燃やし、風で疫病を全ての地に行き渡らせ、大地を激しく震わせ、津波で全てを洗う。生き残るのは我々に選ばれた者だけだ。勘違いするな、我々が世界の均衡を崩すのではない。戦争の火蓋は人間が切るのだ」
「・・・誰だ、お前」
淳蔵がゆっくりと立ち上がった。俺は、はっとして、右手で自分の口元をおさえた。
「なんだ、今の・・・」
「相手は幼稚で馬鹿だな。口を出さないとちっぽけなプライドが傷付くみてえだな?」
淳蔵が座り直した。
「見張られてるのか?」
「感知できませんねェ」
直治と千代が俺越しに窓の外を見る。
「・・・都様は、『外』に出たら、死んでしまうのでは?」
桜子が俯いたまま問う。
「それは都の『性質』じゃない。ジャスミンの、都に対する愛情と執着心。『愛執』からくるものだ。都はそれに大人しく従っているだけ。ジャスミンが許せば都が『外』に出ることも可能なのかもしれないし、都がその気になればジャスミンの許しを得なくても『外』に出ることも可能なのかもしれない」
淳蔵がそう答えて、唇を噛み締めた。
「・・・どうする? 都に、」
「やめろ」
俺が言う前に、淳蔵が遮った。
「全てを知ろうとするな。全てを知ってもらおうとするな」
全員の視線が淳蔵に集まる。淳蔵は俺を見る。
「俺達の悪い癖だ。秘密を共有しようとする。都が俺達に秘密を教えないのは、俺達が信用に値しないからじゃない。都が俺達に秘密を聞かないのは、俺達のことを尊重しているからだ。わかってるだろ? 都が絶対的な存在じゃないってことは。全てを知っていても、全てを知ってもらっていても、どうにもならないこともある」
「・・・そうだな。お前の考え方を尊重するよ。で、お前も俺の考え方を尊重するべきだ。俺は都の全てを知りたいし、全てを知ってもらいたい。なにを考えているのか聞いて、今あったことも報告する」
淳蔵は納得したように笑い、大きく二度頷いてから、部屋を出ていった。直治は一瞬、物言いたげな顔をしたが、黙ったまま、淳蔵のあとに続く。千代は真剣な表情から、客に見せる作り笑いに顔の形を変えて、お辞儀をしてから部屋を出ていった。
「おや、意外。君は俺の味方なのか」
桜子が頷く。
「都様に甘えている、依存している、負担になっている、と言われても、この生き方はかえられません」
「ハハッ、俺もだよ」
「他の人のプライバシーに関わることは流石に話しませんけれど、わたくし自身のことは毎日でも都様にお話したいくらいです」
「うん、良い考え方だ」
桜子が笑う。
「都様のお部屋に行きましょう。美代様が乗っ取られたようにお話していた様子は、わたくししか報告できません」
「頼むよ。じゃ、行こうか」
俺と桜子は部屋を出て、都の部屋に続く階段を登った。