八十二話 成長

文字数 2,405文字

「直治様ァ! 頼まれていた『アレ』ができましたよ!」


千代は俺に大きな紙袋を渡す。俺は中を調べた。


「・・・ほお、器用だな、お前」

「都様がミシンを買ってくださったおかげですよぉ」

「サイズは?」

「下着を参考に型紙をとったものから上に五サイズ、下に五サイズあります。サイズダウンしてもすぐに縫えますからご心配なく」

「よし、じゃあ来週、実行する」

「楽しみです!」


愛美が来て、二ヵ月。都からも許可が出た。唯一の問題はオムツだ。あの体格に見合うオムツは市販されていないので作るしかない。都に作らせるのはどうかと思ったので千代に頼んだところ、快く引き受けてくれた。仕事終わりに雑談しようと言って愛美の部屋に忍び込み、下着を盗んで型紙を作った。優秀なメイドだ。

俺は仕事に打ち込む。いつも使っている求人サイトに広告を掲載するよう連絡したら、ジャスミンが選んだ宿泊客の身辺を、念のため、全国に散らばっている都の人脈を使って調査する。報告書を見て俺が問題無いと判断したら部屋割りや日程を決める。『夢の館』だけで言えば経営は完全に赤字だ。それでも都が『夢に救われる人もいるから』と言って経営をやめない。死んだ家族や友人、ペットに会ったり、小さい頃や若い頃になりたかった職業に就いて活躍したり、空を飛んだり海を泳いだり。たった一晩の夢でその後の人生を楽しく生きていけるのなら、良い夢を見させてあげよう、ということらしい。俺達が都にヒイヒイ言わされている夢を見て喜ぶ輩も居るが、もう慣れた。というかなんとも思わない。毒されているな、と独り笑った。


「・・・ん」


少し早いが休憩にして、淳蔵と美代に肉の報告をしてやろう。俺は談話室に向かった。


「おー、今日は早いな」

「良い報告だ。来週絞める」


淳蔵と美代はにやっと笑った。


「都からのリクエストはない。お前らのを聞いてやってもいいぞ」

『ソーセージ』


淳蔵と美代の声が重なった。


「さぞ肉厚なソーセージができるだろうなァ」

「四ヵ月でどれくらい痩せるかにもよるけど、残りの肉はビーフシチューとかどうかな?」

「いいな。よし、決まりだ」


かちゃかちゃ、と足音をさせて、ジャスミンが談話室に現れた。


「・・・なんだよ」


テーブルと、椅子に座っている俺の足の、広くはない隙間に座って俺を見ている。


「お呼びだぞ。行ってこい」

「ッチ、わかったよ・・・」


ジャスミンは尻尾をブンブン振りながら階段を登り、都の部屋に行く。

こんこん。


『どうぞぉ』


俺は都の声に違和感を覚えた。ドアを開ける。


「あ、直治・・・」


都は茹でられたように真っ赤になっていた。額と首には熱冷ましシート。今朝会った時はこんな調子ではなかった。


「都! どうしたんだ!?」

「ちょ、ちょっとね、あはは・・・」


都はストレスが溜まると熱を出す。その熱もわかりやすく肌に出る。相当参っているらしい。


「なにしてるのか知らんがもうやめろ! 顔真っ赤だぞ!」

「ああ・・・うん・・・。一時間だけ、仮眠・・・」


ずるずると椅子を引き摺って立ち上がり、ふらふらと歩き出したので慌てて支え、抱え上げる。俺の肩に頬を寄せてぐったりする都の身体は、服の上からでもわかるほど発熱していた。ベッドに寝かせ、医療品を入れている棚から熱冷ましシートと解熱剤を取り出し、シートを貼りかえる。ベッドサイドに置いてある水差しから水を汲み、薬を飲ませた。


「ありがとう・・・。ちょっとだけ、愚痴を聞いてほしいの・・・」


滅多に吐かない弱音。頼られていることが嬉しいという気持ちが少しだけわいてしまう。


「どうした?」

「〇〇会社ってところと、長くお付き合いしてるの・・・。リゾート開発のプロなんだけどね・・・。代替わりして、面倒臭くなったって思ってたんだけど・・・。先代とは良くしてもらったから、我慢してたのよ・・・。美代に商談や打ち合わせに行ってもらってたんだけど・・・。向こうの社長が、美代を気に入ったから、社員に欲しいって言い出して・・・。今、縁を切ろうと思って外堀を埋めてるところ・・・」

「まさか、それで最近部屋にこもってたのか?」

「うん・・・」


このところ、都は朝食の時は必ず姿を見せていたが、昼食と夕食は来ない頻度が上がっていた。仕事が煮詰まるとよくあることなので俺達は深く追求しなかったが、まさかこんなに無理をしていたとは。都は無理を重ねて笑う。


「美代には内緒ね・・・」

「・・・わかった」

「直治」

「うん?」

「・・・外に、出たい」

「駄目だ」

「私が、直接会いに行って、断れたら、どんなにいいか」

「駄目」


俺は腰掛けていたベッドから一旦降りて、都の横に寝転ぶ。腕の上に都の頭を乗せるよう手で誘導すると、都は大人しく従った。


「出掛ける時は俺か淳蔵か美代同伴、移動は車かタクシー、アルコールは禁止、門限は六時までだ」

「・・・ふふっ、10%以上のものは飲まないから、お酒は許してよ」

「じゃあ三杯までだな」

「厳しいお父さんだなあ」


『お父さん』。都がかつて憎んだ存在。都の口から二度とその単語は出ないと思っていたが、もう吹っ切れているのだろうか。だとしたら最高だ。あの男は確実に死んでいるということになる。


「・・・お父さんじゃなくて恋人だ。こんな良い女、一人で遊ばせてたら攫われちまうだろ」


都は目をぱちくりさせたあと、嬉しそうに笑った。俺は枕にしていない方の腕で都を抱きしめる。


「眠れそうか?」

「うん・・・」

「俺も寝る。なにかあったら起こせよ。おやすみ」

「おやすみなさい」


すぐに寝息が聞こえてきた。

俺は都の恋人じゃない。思い上がってはいけない。俺は愛玩動物だ。愛玩動物である条件は三つ。一つ、自由奔放に生きて飼い主を楽しませること。二つ、飼い主の愛情を受容すること。三つ、命に代えて飼い主を守ること。俺は役割を果たせていない気がする。


「命に代えても守るよ、都」


そう囁くと、寝ている都が悲しそうな顔をしたので。俺は苦笑してしまった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み