百六話 トラバサミ

文字数 1,770文字

一ヵ月後。

気持ちの悪いプレゼントに手紙、門扉近くの監視カメラに映った不法侵入しようとして諦めた姿、敷地を取り囲む外壁に描かれた性的なシンボルマークや特定の個人を中傷する落書き、インターネットの掲示板で有り得るはずもない妄想を垂れ流すなど、田崎浩による一条都へのストーカー行為によって、ついに互いの弁護士を交えた話し合いの場が設けられていた。談話室、椅子には都と弁護士が座り、俺達と千代はその後ろへ。対面は田崎夫妻と浩、弁護士が座っていた。


「示談、ですか」

「はい。田崎様とは仲良くさせていただきましたから、今までの関係を無下にしたくないのです」

「しかし・・・。一条家に弓を引いておいて、示談だなんて、そんなこと・・・」

「別に許すわけじゃありませんよ? 貴方の息子さんの女性に対する執着は常軌を逸していますから、二度と同じ思いをする女性が現れないよう、しっかりと息子さん自身にお金を稼がせて支払わせて、自分がなにをしたのか、罪の重さを味わわせてください。親の貴方が肩代わりするなんてこともないように、ですよ。今後ものうのうと社長のポジションで仕事をするなんてこともないようにです。わかっていますね?」

「は、はい! それは勿論! 私の元で一社員として働かせて、少しずつでも必ずお支払いします!」

「では、息子さんが勘違いしないように、私から最後に一言、よろしいですか?」

「どうぞ」


都は浩を見た。浩は父親と母親に死ぬほど叱責されて瀕死の状態で泣いている。


「あんま女舐めんなよ」


浩がびくっと震え、田崎夫妻も顔を青くした。話し合いはそのまま示談でまとまり、都は慰謝料を請求し、浩はそれをのんだ。最後に示談書を作成して、時間差で田崎親子と田崎の弁護士が、次に都の弁護士が帰っていった。田崎親子が帰る時は淳蔵が、都の弁護士が帰る時は俺が見送りに行き、きっちりと門扉を閉める。館に戻ると、談話室から都が手招きして俺を呼んだ。


「なーおじー」

「はいはい」


談話室のテーブルの上には、トラバサミが乗っかっていた。


「うおっ!?」

「これ、なーんだ?」

「ト、トラバサミ、だろ? 本物か?」

「やあねえ、偽物なんて作ってどうするの?」


確かに、その通りだ。


「触っちゃ駄目よ。ガチンッ! で腕がぐしゃぐしゃだからね」


トラバサミの中央、獲物が踏むであろう場所を千代が使わなくなった古いモップで押す。ガチンッ! と心臓に悪い音が鳴って、モップの柄は両断された。


「・・・どうすんだ、これ」

「誰かさんの足を挟むの」


淳蔵と美代を見る。にやりと笑っていた。


「直治にはね、地下室の点検をしてほしくて。今日はそれ以外の仕事はいいわ」


俺も笑う。


「わかった」

「じゃ、千代さん。二人で設置しに行きましょう」

「おおおー! 正義の鉄槌ならぬ正義の鉄トラバサミっすねぇ!」

「護衛なら淳蔵か美代に、」

「女の子だけで喋りたい時もあるのよ。殿方に聞かれたくない話も。ねー?」

「ねー!」

「そ、そうか。気を付けろよ」

「いってきます」

「行って参ります!」


二人は出掛けて行った。淳蔵がちょいちょいと手招きするので、すぐには地下室に行かず、談話室のソファーに座る。


「今夜は面白いものが見られそうだなァ」

「ハハッ、嬲り殺しだろうな」

「金もかかってるからな。監視カメラの設置に外壁の清掃。弁護士もか」

「インターネットの掲示板の内容、読んだか? 酷かったぞ」

「読んだ。吐き気がするね。直治は?」

「俺も読んだ。よくもまあ、あそこまで都合良く妄想を膨らませられるモンだな」


掲示板の内容。


『恋人にプロポーズ企画中! どうしたらいい?』


から始まる、酷い内容だ。

都に働かせた金で家政婦を雇い、家事は家政婦達にさせて自分は都と淫靡な生活に耽る。息子である俺達は気に食わないから追い出す。両親は頭を下げるなら館に置いてやってもいい。その他、読んでいるだけでぐらぐらと眩暈がするような妄言が書かれていて、掲示板の住人達も怒ったり呆れたり諭したりと様々な反応をしていた。


「ネットの掲示板は自然消滅するの待つんだってよ。ま、都に繋がる情報は皆無だったからよかったけど・・・」

「変に消した方が怪しまれるって判断なんだろ。淳蔵、洗濯は俺がやっとくから、お前は一日、パトロールしてろ。念のためにな」

「はいよ。直治は点検行ってこい」

「ん」


俺は地下室に向かった。
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