九十七話 決着

文字数 2,216文字

千代の声で意識が僅かに戻ったのか、倉橋が都にとどめを刺そうとしたナイフを、都は蹴り上げた。倉橋の手から弾かれたナイフが千代の足元に転がってくる。まだ脳震盪を起こしている都を見て、倉橋はナイフを回収しようと考えたのか、こちらに近寄ってきて、一瞬、動きを止めた。美代は都の命令を完璧に推敲しようと俺と淳蔵の腕を抱えて止めているが、俺と淳蔵は都が殺されるくらいなら、あとでどれだけ責められようとも、それこそ嫌われ疎まれ蔑まれようとも、都の命を優先する。倉橋はそれに気付いたのだろう。その一瞬の隙を突いて、意識を回復させた都が床に落ちている鉈を拾って倉橋の背中に投げた。物凄い速度で回転しながら飛んできた鉈は、倉橋の背中に刺さり、腹まで貫通した。倉橋に当たっていなかったら、俺達の誰かに当たっていた。倉橋が膝から崩れ落ち、横向きに倒れる。都がゆっくりと歩いて倉橋に近寄り、見下ろした。


「化け・・・物め・・・、どこで、そんな動きを・・・」

「お嬢様なら誰でも習っている護身術の一つですよ」

「永遠に・・・、この・・・、牢獄で、苦しみ、続けろ・・・!」

「永遠にさよなら。良い夢を見られますように」


都が倉橋の頭を踏み潰した。脳の内容物が飛び散る。

かちゃかちゃ。


「ジャスミン、ご褒美よ。ぜーんぶ食べていいからね」


わん!


「千代さん、今日は夕食だけ作ってくれたら後の仕事はいいわ」

「はァい! 都様、お強いんですねェ! 映画みたいで面白かったですゥ!」

「ありがとう。さ、淳蔵、美代、直治、来なさい。お説教よ」

「は、はい」

「はい」

「はい・・・」


俺達は都の部屋に行く。


「ソファーに座りなさい。いつも通りね」

『はい』


都の右手に淳蔵、左手に美代、対面に俺。都はお気に入りのウィスキーをグラスに注ぐと、俺達に渡した。


「都、身体は、」

「美代」

「は、はい」

「ちゃんと私の言うことを聞いてくれて嬉しいわ。でもね、私のために死んでもいいだなんて思ったりしないでね」

「・・・はい」

「淳蔵、直治」

「はい」

「はい」

「貴方達を危険な目に遭わせたくないから『邪魔するな』と言ったの。私がどれだけ貴方達を大切にしているかわからないの? 貴方達が傷付くことで、どれだけ私が傷付くかわからない? 命に代えてでも守ろうとするなんてこと、もう二度としないで。いいわね?」


俺と淳蔵は返答しなかった。


「・・・返事は?」

「み、都」

「返事は!?」

「都っ!!」


美代が叫ぶ。


「都が死ぬくらいなら、俺が死ぬよ、都」

「美代・・・」

「都は俺達の『全て』だ。都が居ないと、なんの意味も無くなってしまう。だから俺達は都のためなら、全て捧げても構わない。こころも身体も命も魂も、全部。だから、都を助けようとした二人を責めないでくれ。本当は、二人を止めた俺が責められるべきなんだ」


美代はぽろぽろ涙を零しながら言った。


「・・・はあー。お説教してるのかされてるのかわかんなくなってきたわね。ま、いいや。あの馬鹿女を殺したら、ゆっくり楽しもうと思ってたことがあったの。今、やっちゃいましょう」


都はソファーから立ち上がると、棚の引き出しを開けてなにかの箱を取り出した。


「『スポールバン』・・・?」

「説明しよう! スポールバンとは!」


鍼療法と圧粒子療法を併用することにより、病気に対して人間が本来持ち合わせている抵抗力、自然治癒能力を高めるという鍼用器具。

鍼治療とは、押して痛むところ、圧痛点に鍼を打つことにより刺激を与える方法。

圧粒子治療とは、圧痛点に小さな酸化鉄粉末成型板を貼り付けて圧刺激を加える方法。


「・・・つまるところ、スポールバンは、小さな針のついた絆創膏、ね」


次いで都は鍼治療の効能を説明した。

一、鎮痛作用。
二、血流改善作用。
三、神経調節作用。
四、内分泌調節作用。


「要するに、痛みやコリのあるところに貼るんだね?」

「その通り! ぐへへ、おじさん、このところお医者様と議論に議論を重ねて、辿り着いたんですよ・・・。これ、乳首に貼れるってね・・・」

「・・・マジ?」

「おじさん、大真面目よ。皆、上着脱いで」


俺達は顔を見合わせ、真っ赤になりながら呆れた。さっきまであんなに怒っていたのに、切り替えが早すぎる。俺達は大人しく服を脱ぐ。


「こういうのはお兄ちゃんの淳蔵からだよねえ」

「マジかよ・・・」


都がスポールバンの包装を剥がし、淳蔵の乳首に貼り付ける。


「ぎゅー」

「うっ、あ!」


淳蔵は更に顔を真っ赤にして口元をおさえた。


「次、美代ね」

「はいっ!」


美代は瞳をきらきら輝かせていた。マジかこいつ。


「ぎゅー」

「あっあっ・・・」


都にされる痛いことは全てご褒美に変換されるのが美代だ。恐ろしい。


「次、直治」

「・・・はい」

「ぎゅー」

「っ、んん・・・」


痛み、というか、服の中に入り込んだ毛がちくちくするような僅かな刺激を感じる。


「はい、とりあえずこれで三日過ごしましょうか」

『三日も!?』


美代だけ声色の意味合いが違う。


「さ、この十二月にいつまで上裸でいるつもりなの。服を着なさい」


恐る恐る、服を着る。きっちりと固定されているので、針が動いて痛い、ということはなかった。


「あはっ、これいいや・・・」


美代の瞳が蕩けている。俺と淳蔵はそんな美代に引いた。


「さ、私、お風呂に入ったら寝るから、ウィスキーを飲んだら部屋に戻りなさい。明日から、い、つ、も、ど、お、り、の生活をするのよ? わかった?」

『わかりました』

「じゃ、解散」


都は風呂場に消えていった。
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