十六話 なおなおさん

文字数 2,494文字

なおなおさんがログインしました。


みーこ「こんばんは!」

むた「こんばんはー」

とりぷる「こんばんは」

なおなお『こんばんは』

かりり「はじめまして! こんばんは!」

なおなお『初めまして』

かりり「名前の通り、得意料理はカレーです(笑)なおなおさんは?」

なおなお『ホテルで肉料理担当してます』

かりり「すご!」

みーこ「今、トンコツスープの話してたから、なおなおさん来ないかなって思ってた(笑)」

むた「ラーメンラーメン!」

とりぷる「ラーメンは肉料理?(笑)」

かりり「なおなおさん、トンコツ作れちゃうんですか?」

なおなお『作れますよ』

かりり「すごいです! うちに寸胴鍋あるんでやってみたいです!」

なおなお『じゃあ、家でもできるやり方を。基本は頭の骨入れて、あるなら腿の骨とかも。一晩煮ながらアクを取ってください』

とりぷる「脳みそも溶けます?」

なおなお『溶けます。美味いですよ』

かりり「残酷やぁ! それでそれで?」

なおなお『乳化させるためにたくさん混ぜて軽く骨を砕いたあと、三時間くらい煮詰めて、綺麗に骨を取り除きます。でも細かく砕けてるからなかなか綺麗にならないです』

むた「におい凄いっすか?」

なおなお『凄いっす。においで胸焼けするしお腹いっぱいになるし。でもクセになるってヤツですね』

みーこ「あつあつのお鍋の前でそんな長時間力仕事できない(汗)」

なおなお『骨をだいたい取ったら、ザルでスープを濾して完成です』

とりぷる「一日半くらいかかってます?」

なおなお『ですね』

むた「いかん、食べたくなってきた」

なおなお『皆さんエスパーかなにかですか? 丁度トンコツ仕込んでる最中で、今日は徹夜しようかと思ってました』

みーこ「うおおおー! 宇宙の力じゃー!」

とりぷる「カレーも一晩煮込んだほうが美味しいとかありますよね? かりりさん最長煮込み時間は?」

かりり「えっとですねー・・・」


私は思わず顔をおさえた。


「なおなおさん・・・!?」


直治様のハンドルネーム、可愛すぎるだろ。寡黙で、男らしくて、本の虫で、肉料理上手な残酷な直治様。

翌日の夕食はトンコツラーメンだった。これは最後の恵美ちゃんだ。


「いただきます」

『いただきます』

「ふわ、美味しい! こんなトンコツラーメン初めて食べました!」


美雪ちゃんが感激している。


「都、次のリクエストはあるか?」

「んー、ソーセージ。ハーブいっぱいの」

「わかった」


食べている最中なのに、ごくりと喉が鳴った。美雪ちゃんは呑気にスープを堪能していた。

翌日。

黙々と仕事をこなしていると、談話室の前を通りがかった時にお客様に呼び止められた。


「ちょっと貴方!」

「はい、なんでしょう?」

「こちらの方と一緒に座って、早く!」

「え? はあ・・・」


談話室のソファーには、美雪ちゃんが困った顔で座っていた。私はその横に座らせられる。対面には、年老いた夫婦に挟まれるように座る、どこか自信満々の男。


「あたくしの息子でね、京助っていいます」

「はあ・・・」

「四十歳になるんですけど、可愛い顔してるでしょう? 見た目は二十代だから貴方達でも釣り合うわ」

「はあ?」

「で、ですから、私達は京助さんと結婚しません! もう解放してください!」


美雪ちゃんの台詞に、私はギョッとした。


「でもね? 京助は見たんです。貴方達と幸せな家庭を築く夢を。心配しなくても両方正妻にしてあげますよ。でね、京助は画家を目指しているんです。それだけでなくて、自分で小説を描いて、音声を収録して、編集して、今流行りの動画配信者という職業に就いているんです。今はまだ機会に恵まれずに日の目を見ていませんけれど、その内あっという間に有名になりますよ。高い料金を支払って見た夢なんて馬鹿みたいなものでも、貴方達という運命の相手と出会えたんですから、信じます。さあ、もう結婚しかありませんよ。で、いつ結婚式を挙げますか?」


問題の京助はにやにやしながら私達を見ていて、股間が盛り上がり・・・。

私はゾッとした。息を大きく吸ったところで、


「お客様」


どすっ、と隣に直治様が腕を組んで座った。危うく私は叫ぶところだった。


「な、なんだね君は」


ずっと沈黙を貫いていた父親が威嚇するように表情を歪める。京助も睨みつけていた。


「従業員を長時間拘束、セクハラされるのは困ります」

「んなっ!?」


直治様は全く同じ声の抑揚で繰り返す。


「従業員を長時間拘束、セクハラされるのは困ります」

「いえ、あたくし達はこのお嬢さん達のためにお話を、」

「従業員を長時間拘束、セクハラされるのは困ります」

「話を聞きなさい! 我が家の京助は、」

「従業員を長時間拘束、セクハラされるのは困ります」

「なんて失礼な人なの! あたくし達は政治家の鳥羽先生と、」

「従業員を長時間拘束、セクハラされるのは困ります」

「いいいいいい、いい加減にぃ!」

「従業員を長時間拘束、セクハラされるのは困ります」

「もういいッ!!」


突然、京助が立ち上がった。


「恥かかされた! 覚えてろよ! 帰る!」

「ああっ! 京助ちゃん!」


京助と母親はずかずかとした足取りで部屋に帰っていった。残った父親が直治様を睨む。


「無礼を働いたんだからここの料金は支払わんぞ? このことも君の上司に、」

「どうぞ」

「我が柊家にこんな無礼を働いたと噂になれば、ここもおしま、」

「どうぞ」

「名前を名乗れ無礼者ッ!! 絶対に謝らせてや、」

「一条直治です。どうぞ」


父親は血管が切れるんじゃないかというくらい顔を真っ赤にして、無言で部屋に帰っていった。私達が呆然としていると、にやにやした美代様が談話室に入ってきた。


「直治ありがとぉ、なんでかわからないけど、あの客、今回の審査に受かっちゃってね」

「ちゃんと監視しとけ」


直治様が立ち上がってそのまま去ろうとしたので、私は慌てて呼び止める。


「直治様、ありがとうございました!」

「あっ、ありがとうございましたぁ!」


美雪ちゃんもお礼を言う。直治様はちょっとだけ振り返るとニコッと笑って、手をひらひらさせて去っていった。


「が、がっごいいー・・・!」


美雪ちゃんが完全にやられている。私は『なおなおさん』のギャップを思い出して、悶えた。
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