八十四話 お楽しみ

文字数 2,411文字

八月中旬、昼過ぎに雅が館に帰ってきた。雅にとっては幸運なのか、俺達にとっては不運なのか、お盆休みで書き入れ時なのに、二日だけ客が居ない日があった。それが今日と明日である。


「たっだいまー!」

「おかえりなさいませェ!」

「・・・ちょっとぉ、淳蔵達もそこは『おかえり』でしょ!」

「ここはお前の家じゃないだろ」

「都さんが帰ってきていいって言ったもんねー! あっ、そうそう、千代、玄関の邪魔にならないところに自転車停めてあるんだけど、前かごと荷台に荷物積んでるの。キッチンに運ぶの手伝ってくれる?」

「いいですよォ!」

「えへへ。初給料で都さんになにを贈るか淳蔵に相談したとき、海鮮がいいって言ってたから、冷凍モノいろいろ買ってきちゃった!」

「おおっ! しかしよく自転車で山を登れましたねェ」

「うん! 最新式の電動自転車だからね! 山道もスイスイよ!」


雅と千代はぺちゃくちゃ喋りながら談話室を出て行った。


「ッチ、帰ってきちまいやがった・・・」

「めんどくさ・・・」

「まあ、客が居る日は雅が使ってた部屋で大人しくすると言っていたし、我慢するしかないか・・・」


ひょこ、と都が談話室に顔を覗かせる。


「美代、ちょっと話があるから今すぐ来て」

「あ、はい」


都は俺の手を引いて歩き出す。そのまま客用の女子トイレに入ったので、俺は抵抗はしないが驚いてしまった。都が壁に俺を押し付け、強引にキスをする。


「んんっ!?」

「んー」


どんな状況下であれ、都にキスされたら、魔法にかけられたみたいに気分が良くなって身体が熱くなる。俺は都の唇を吸い返す。情欲を掻き立てるようなキスじゃなくて、お互いの愛情を確認するような、啄むようなキスだ。こころが満ちてくる。


「ん、はぁ・・・。ど、どうしたの?」

「〇〇会社、覚えてる? 五年前に代替わりしたとこ」

「あ、ああ・・・。覚えてるよ。最近は付き合いがめっきり減ってるけど・・・」

「先代とは良くしてもらってたから我慢してたけど、私、新しい社長嫌いなのよ。美代を気に入ったから社員に欲しいとか言い出すんだもの」

「えっ、そうなんだ。断ってこようか?」

「ううん。昨日、縁を切った。そのために最近、外堀を埋めてたの。おじさんちょっと頑張っちゃったなあ」

「そんなことしたら、結構な痛手なんじゃ・・・」

「美代を取られるくらいなら全然痛くないよ」

「・・・あー、畜生」


俺は都の後ろ髪を掴んでキスをした。今度は情欲を掻き立てるようなキスだ。互いに噛み合いそうな程、唇を吸い合う。


「・・・で、最近忙しかったってわけ」

「成程」

「怒った?」

「え?」

「〇〇会社は大手企業だもの。そこにヘッドハンティングされるなんて、相当優秀な人材として扱われるでしょうね。こんな田舎でおばさんの相手してるより、もっと、」

「怒った」

「あら」

「俺は都が居ないと生きていけない。それは都が俺をそう育てたからじゃない。俺が自分の意志で都のこと好きだって言ってんの。わかる?」

「・・・わかりました」

「返事が遅い」


俺は都の頬をぺち、と叩いた。


「愛しい都、俺のこと捨ててみろ。必ず後悔するぞ」

「おお、こわ・・・」


都は嬉しそうにくすくす笑ったかと思うと、熱っぽい視線で俺を見上げる。


「今日は美代のために、なんでもしたい気分なの。虐められたい? それとも虐めたい?」

「い、虐め・・・」


選べない。


「両方かな?」

「うん・・・」

「じゃあさ、どっちが先にイかせるかゲームしようか。美代は私をローターで攻めて、私は美代にフェラとパイズリしてあげる」

「・・・最ッ高」

「あは。じゃあ、また夜にね」


する、と俺の顎を撫でて、都は女子トイレから出て行った。俺は暫くぽーっとしたあと、慌てて女子トイレから出る。そして慌てて隣にある男子トイレに入った。個室に入って鍵をかけて、俺は自慰をする。


「んっ、んん、み、都の馬鹿っ。あんな誘い方、う、されたらっ・・・」


利き手で男根をしごき、もう片方の手で口元をおさえる。くちくちといやらしい音が静かに響く。


『美代? みーよー! どこに居るのー?』


うるさい。雅が俺を探している。うるさい。


「んうぅっ、くふっ、んん、んっ、うう・・・」


あっという間に精液が出て、俺の手を汚した。


「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


暫く放心したあと、トイレットペーパーで汚れを清める。備え付けのハンドソープで念入りに手を洗って、携帯している香水を付け直した。


『みーよー』

「ッチ、うるせえな」


余韻に浸る間もない。キッチンから呼んでいるようなので、談話室には戻らずキッチンへ行った。雅と千代が居る。


「あっ、来た来た」

「なんだよ」

「魚捌ける?」

「あー・・・。昔居たメイドが教えてくれて捌いたことあるけど、それっきりだな」

「これ見て!」


雅は大きな魚を取り出した。


「うわ、デカいな。カツオか?」

「うん! これ、捌いて食べようよ!」

「・・・俺が捌くの?」

「うん!」

「・・・はいはい、わかりましたよ」


本当なら夕食の直前に捌いた方が鮮度が落ちなくて味に響かないのだろうが、捌くのにどれくらいの時間がかかるのかわからないのでもう始めてしまう。千代の携帯でカツオを捌く動画を再生してもらい、要所要所で一時停止しながら見様見真似で捌く。カツオの身は少し凍っていたが、なんとか捌くことができた。


「おおっ、美代様、お上手ですねぇ!」

「ありがとう」

「これ、どうやって食べる?」

「うーん、冷凍モノとはいえアニサキスが怖いから・・・」

「寄生虫の?」

「そう。細かく切ってタレと合わせて漬け丼にするか」

「おほー! 美味しそうですねぇ! でも漬けるってことは今日は食べられない・・・?」

「だね」

「じゃ、明日の晩御飯だね! 皆で食べようね!」

「はいはい・・・」


あー、騒がしい。雅は三日滞在するらしい。早く帰ればいいのに。

それよりも、

今夜のことを考えると、血の流れがおかしくなりそうだった。俺は努めて冷静に振舞った。ああ、早く夜になりますように。
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