百十話 挨拶
文字数 1,980文字
九月中旬。
千代が率先して育てていたトウモロコシを収穫した。バターコーンとサラダになった。
「美味しいわねえ」
「格別の味わいですねェ」
都と千代が喜んでいる。
「次はなにを育てるんだ?」
「ほうれん草と、ワケギ」
「その次は南瓜ですゥ!」
「千代君、そんなに南瓜好きなの?」
「はい! 一回浴びるくらい食べてみたくて!」
都がくすっと笑った。
「そうそう、明日は特別なお客様が来るから、皆、朝食が終わったら談話室で待っていてね。お出迎えは千代さんにお願いするから」
「わかった」
「はい」
「・・・わかった」
直治の様子が少しおかしかった。悪い方向の反応をしている。美代に目配せをすると、頷いた。朝食が終わったあと、直治の事務室に行って問い詰めたが、都に口止めされているのか答えは聞き出せなかった。
翌日。談話室。
「都様、お客様をお連れしました」
「ありがとう。冷たいお茶を。貴方の分もね」
「はい」
談話室に顔を覗かせたのは、雅だった。
「たっだいまー!」
「なんだお前かよ」
「淳蔵、お客様は一人じゃない」
「ん?」
「紹介しまーす! 彼氏の、中田敏明さんです!」
清潔感のあるグレーのスーツを着た背の高い男が、ガッチガチに緊張しながら談話室に入ってきた。
「初めまして! 中田敏明です! 雅さんと、お付き合いをさせていただいております! よろしくお願いします!」
「お客様、こちらの席にどうぞ」
「はーい」
「失礼します!」
千代が茶を持って談話室に入り、茶を配る。最後に自分の分の茶を淹れると、ソファーに座った。
成程、『特別なお客様』ね。
俺は客用のとびっきりの笑顔を浮かべた。
「初めまして。社長の一条都です。こちらは息子の、」
「運転手の淳蔵です」
「秘書の美代です」
「管理人の直治です」
美代と直治も客用の振る舞いをする。
「もー、皆、猫被っちゃって」
雅が余計なことを言う。
「あのっ、都さんは甘いものがお好きと聞きましたので、お口に合うと嬉しいのですが・・・」
「あら、ありがとうございます」
「中身は水羊羹ですよ! 都さん、早速食べませんか? お茶にぴったりですよ」
「あらあら、千代さん、お皿と黒文字を持ってきてちょうだい」
「はい!」
千代も一応、余所行きの振る舞いをしていた。
「それで、中田さん。お仕事はどんなことをされているの?」
都の軽いジャブから始まり、質疑応答、のようなものが始まった。雅はリラックスしているが、中田はかわらずガッチガチに緊張している。付き合っている彼女の育ての親に挨拶していることに加えて、相手は『一条家』と呼ばれる有名な大金持ちになるわけだから、緊張しない雅の方がどうかしてる。
「結婚」
「は、はい! 結婚を前提にお付き合いさせていただいていますので、早くて数ヵ月、遅くても数年以内に、結婚したいかと・・・」
都が言うと、中田は力強く答えた。
「数年、ねえ。まだ早くないかしら」
「は、はい・・・」
「勤め始めて三年目ですよね? まだまだ新人の域を出ませんよ」
「はい・・・」
「結婚するとしたら五年目からですね」
「はい・・・。はいっ!?」
「五年も経てば、仕事も覚えて、貯金にもある程度の余裕ができるでしょう。少なくとも、中田さんが五年、会社にお勤めしてからですね」
「はい! 精一杯働きます!」
雅が満面の笑みになった。
「で? 雅さん。私の弱点の甘いものまで使って、私に言わせたかったのは結婚に対しての『YES』だったの?」
「はい!」
「なにか勘違いしているようだけどね、貴方は一条家の子供じゃないんだから、結婚したいなら勝手に結婚して、子供を産みたいなら勝手に子供を産めばいいのよ。いちいち私の許可なんてとらなくてもいいんだからね」
「はい!」
「他にはなにを悪巧みしているの?」
「ありませーん!」
「では、千代さん。お二人をお部屋にご案内して」
「はい!」
「都さん、ありがとう!」
「皆さん、ありがとうございました! 失礼します!」
千代達が去っていく。
「・・・成程、直治の反応が悪かったわけだ」
美代が眉間を指で抓んだ。俺は両手で顔を撫でる。直治は腕を組んで背凭れに身体を預け、顔を横に振った。
「雅さんね、今日、自分の部屋にある荷物を処分して、これからは『お客様』として館に来ることにするんですって」
「どういう心境の変化なんだ?」
「そりゃあ、好きな人ができたからでしょう」
「雅、結婚するにはちょっと若すぎないかい?」
「ま、そんなに長生きできないんだから、いいんじゃない? 太く短く生きさせた方が・・・」
都が虚空を見つめて言った。
「お腹、あんなグチャグチャじゃ子供も産めないだろうし」
「都、悲しいなら悲しいって言っていいぞ」
俺が言うと、都は苦笑した。
「ありがとう、可哀想、ごめんね、って感じ」
「都は優しすぎる」
「同意」
美代と直治が言った。お前らがそんなんだから、ジャスミンが雅に優しくするんだということは、黙っておいた。
千代が率先して育てていたトウモロコシを収穫した。バターコーンとサラダになった。
「美味しいわねえ」
「格別の味わいですねェ」
都と千代が喜んでいる。
「次はなにを育てるんだ?」
「ほうれん草と、ワケギ」
「その次は南瓜ですゥ!」
「千代君、そんなに南瓜好きなの?」
「はい! 一回浴びるくらい食べてみたくて!」
都がくすっと笑った。
「そうそう、明日は特別なお客様が来るから、皆、朝食が終わったら談話室で待っていてね。お出迎えは千代さんにお願いするから」
「わかった」
「はい」
「・・・わかった」
直治の様子が少しおかしかった。悪い方向の反応をしている。美代に目配せをすると、頷いた。朝食が終わったあと、直治の事務室に行って問い詰めたが、都に口止めされているのか答えは聞き出せなかった。
翌日。談話室。
「都様、お客様をお連れしました」
「ありがとう。冷たいお茶を。貴方の分もね」
「はい」
談話室に顔を覗かせたのは、雅だった。
「たっだいまー!」
「なんだお前かよ」
「淳蔵、お客様は一人じゃない」
「ん?」
「紹介しまーす! 彼氏の、中田敏明さんです!」
清潔感のあるグレーのスーツを着た背の高い男が、ガッチガチに緊張しながら談話室に入ってきた。
「初めまして! 中田敏明です! 雅さんと、お付き合いをさせていただいております! よろしくお願いします!」
「お客様、こちらの席にどうぞ」
「はーい」
「失礼します!」
千代が茶を持って談話室に入り、茶を配る。最後に自分の分の茶を淹れると、ソファーに座った。
成程、『特別なお客様』ね。
俺は客用のとびっきりの笑顔を浮かべた。
「初めまして。社長の一条都です。こちらは息子の、」
「運転手の淳蔵です」
「秘書の美代です」
「管理人の直治です」
美代と直治も客用の振る舞いをする。
「もー、皆、猫被っちゃって」
雅が余計なことを言う。
「あのっ、都さんは甘いものがお好きと聞きましたので、お口に合うと嬉しいのですが・・・」
「あら、ありがとうございます」
「中身は水羊羹ですよ! 都さん、早速食べませんか? お茶にぴったりですよ」
「あらあら、千代さん、お皿と黒文字を持ってきてちょうだい」
「はい!」
千代も一応、余所行きの振る舞いをしていた。
「それで、中田さん。お仕事はどんなことをされているの?」
都の軽いジャブから始まり、質疑応答、のようなものが始まった。雅はリラックスしているが、中田はかわらずガッチガチに緊張している。付き合っている彼女の育ての親に挨拶していることに加えて、相手は『一条家』と呼ばれる有名な大金持ちになるわけだから、緊張しない雅の方がどうかしてる。
「結婚」
「は、はい! 結婚を前提にお付き合いさせていただいていますので、早くて数ヵ月、遅くても数年以内に、結婚したいかと・・・」
都が言うと、中田は力強く答えた。
「数年、ねえ。まだ早くないかしら」
「は、はい・・・」
「勤め始めて三年目ですよね? まだまだ新人の域を出ませんよ」
「はい・・・」
「結婚するとしたら五年目からですね」
「はい・・・。はいっ!?」
「五年も経てば、仕事も覚えて、貯金にもある程度の余裕ができるでしょう。少なくとも、中田さんが五年、会社にお勤めしてからですね」
「はい! 精一杯働きます!」
雅が満面の笑みになった。
「で? 雅さん。私の弱点の甘いものまで使って、私に言わせたかったのは結婚に対しての『YES』だったの?」
「はい!」
「なにか勘違いしているようだけどね、貴方は一条家の子供じゃないんだから、結婚したいなら勝手に結婚して、子供を産みたいなら勝手に子供を産めばいいのよ。いちいち私の許可なんてとらなくてもいいんだからね」
「はい!」
「他にはなにを悪巧みしているの?」
「ありませーん!」
「では、千代さん。お二人をお部屋にご案内して」
「はい!」
「都さん、ありがとう!」
「皆さん、ありがとうございました! 失礼します!」
千代達が去っていく。
「・・・成程、直治の反応が悪かったわけだ」
美代が眉間を指で抓んだ。俺は両手で顔を撫でる。直治は腕を組んで背凭れに身体を預け、顔を横に振った。
「雅さんね、今日、自分の部屋にある荷物を処分して、これからは『お客様』として館に来ることにするんですって」
「どういう心境の変化なんだ?」
「そりゃあ、好きな人ができたからでしょう」
「雅、結婚するにはちょっと若すぎないかい?」
「ま、そんなに長生きできないんだから、いいんじゃない? 太く短く生きさせた方が・・・」
都が虚空を見つめて言った。
「お腹、あんなグチャグチャじゃ子供も産めないだろうし」
「都、悲しいなら悲しいって言っていいぞ」
俺が言うと、都は苦笑した。
「ありがとう、可哀想、ごめんね、って感じ」
「都は優しすぎる」
「同意」
美代と直治が言った。お前らがそんなんだから、ジャスミンが雅に優しくするんだということは、黙っておいた。