二百二十話 スプリットタン

文字数 1,948文字

「ん!?」


歯磨きしている時に気付いた。絶対都のしわざだ。


「なんッだこりゃ。・・・はあ」


鏡に映った俺は、なにもしていないのに疲れていた。

朝食後。

こんこん。


「どうぞ」

『失礼します』


都が事務室に入ってくる。


「直治、話ってなに?」

「鍵を閉めてくれ」


都は困惑しながらも、鍵を閉めた。


「・・・なに?」

「心当たりは?」


黙り込み、首を縦にも横にも振らない。


「ほう。答えないのか」


俺は指輪の『スイッチ』を入れた。口元を手で覆い、口の中でモゴモゴと動かす。そして、べろん、と吐き出すようにして都に見せた。

先端が蛇のように割れている長い舌。

都は吃驚して後退った。おかしな反応をしている。長年の付き合いでわかるが演技ではない。


「な、直治、」


都の頬に両手を添え、顔を上に向かせる。俺の舌を都の口の中一杯に押し込んで思いっ切りキスをした。


「んぐ、ぐっ・・・」


河原の小石のような歯があたる。都の口の中に入るのは、いつだって気持ち良い。


「んうう! んうううう!」


割れた舌先で上顎をくすぐる。都は俺の手首を握って抵抗する。


「う・・・、ふうっ・・・」


限界か。俺は舌をゆっくりと引き抜いた。


「はっ、はあっ、はぁ・・・」

「ふーっ・・・。イイな、コレ」

「く、苦しいからやめてよっ」

「この長さなら胃の中まで入るか?」

「やめてったら!」

「俺になにをしたんだ」


都は視線を逸らした。


「・・・強く、なりたいでしょ」

「都を守れればそれでいい。俺の許可無く余計なことをするな」

「はっ! 守れてないじゃん!」


珍しく挑発される。


「わけわかんない豚が来た時に、押し返されてたくせにッ!」


俺は都を睨み付け、胸倉を掴んだ。


「ちょっ! やめてったら!」


後ろ髪を掴み、怯んだ隙に顎を掴み、固定し、舌を噛まれないように口の中に一気に挿入する。


「うんんんんん!! ううっ!!」


まだまだ、俺になにかを隠している。腹立たしい。


「うっ!?」


喉の奥に、ゆっくりと舌を押し込んだ。都がぺちぺちと俺の身体を叩く。呼吸ができなくて苦しいだろう。俺の葛藤より苦しいのか。都が涙目になりながら俺を睨む。馬鹿馬鹿しい。なんて馬鹿馬鹿しいんだ。俺みてえなゴミクズの葛藤なんかより、都は、いつも、もっと。

俺は都の声門を舌先で撫でる。

びくんっ、と一度痙攣したあと、ずる、と俺の身体を叩いていた手が落ちた。俺はできるだけ早く、喉と口の中から舌を引き摺り出す。都は上手く息を吸えなくなってしまったのか、かひゅっかひゅっと小さく呻く。俺は慌てて都の口に自分の口をくっつけて鼻を抓み、息を吐いて空気を送り込んだ。都の胸が僅かに膨らむと、どん、と突き飛ばされる。都は膝から崩れ落ち、涎をボトボトと垂らしながら激しく咳き込み、呼吸を再開した。


「・・・ハハッ、下手くそだね。キスしたことないの?」


都は尚も挑発を続ける。俺は都の前にしゃがみ込んだ。怯える都の顎をくいと持ち上げ、唇を一度だけ啄む。


「馬鹿が」


俺が罵倒すると、都は鼻で深く呼吸しながら、悔しそうに唇を噛んだ。俺はズボンのポケットからハンカチを取り出して、都に差し出す。都は受け取らず、ブラウスの袖で口元を拭うと、よろよろと立ち上がって無言で事務室を出ていった。俺はゆっくりと椅子に座り、両の拳でデスクを思いっ切り叩く。派手な音がした。


「・・・どう仲直りすりゃいいんだよ」


俺は馬鹿な男だ。欲求を制御できない。

俺を負かしたあの豚男が言っていた。

寛容?

俺が?

強欲な魔物じゃないか。都のことが欲しくて欲しくて堪らない。肌理の細かい白い肌も、綺麗な声も、一瞬の視線ですら、全部全部。

俺だけのモノにしたい。


『直治』


まだ行為の回数を重ねていなくて、緊張する俺の顔を、柔らかく微笑みながら見上げる都。


『怖くないよ』


ちゅ、と可愛い音を立てて頬にキスをされる。それだけで幸せだったはずなのに。


「馬鹿は俺だッ!! 死んじまえクソ直治ッ!!」


デスクを叩く。さっきよりも派手な音が鳴った。

昼過ぎ。

談話室には行かなかった。階段を登り、都の部屋に行く。

こんこん。


『どうぞ』


部屋に入る。


「あら、直治。どうしたの?」


都は『いつも通り』に振舞っている。俺は部屋に鍵をかけた。


「謝りに来た」


俺がそう言うと、都は椅子から立ち上がり、迷いない足取りで近付いてきた。


「すみませんでした」


都は優しく笑って、首を横に振る。


「全部欲しいんだ」


今度は首を傾げる。可愛い。


「都が全部欲しい。だから全部知りたい」


そっと、頬に触れる。形の良い小さな手が、俺の手を包む。


「・・・駄目なのか?」

「食べるところ無くなっちゃうよ」


都は背伸びして、俺にキスをする。都の髪が好きだ。艶があってさらさらなのに、どうしても少し外に跳ねてしまう髪が。俺は都の後ろ髪に指を這わせた。


「・・・キスが上手だね」


今度は俺から口付けた。
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