百七十話 大家族

文字数 2,928文字

いつも通り、俺、美代、直治の順に談話室に集まった。


「で、直治。中畑どうよ?」

「大人しくなったぞ。けどな、都が言うには『恐怖で支配するのは長く続かない。いずれ復讐心を産む』だそうだ。元々反発心のあるヤツなんだ。またなにかやらかすかもしれん」

「馬鹿は死なないと治らない、かあ・・・」


ぴんぽおん、インターフォンが鳴る音。千代がぱたぱたと足音を立てながら談話室の前を横切っていった。


「今更だけどよ、こーんなに広い館なのに、どこに居てもインターフォンやドアノッカーの音が聞こえるの、不思議で面白いよな」

「門扉をきっちり閉めてても、宅配人がスルッと中に入って荷物を届けに来るしな」

「邪な考えがあるヤツは山を登っても館を見つけられなかったり、外壁をぐるぐる回っても入り口を見つけられなかったりな」


ぱたぱた、千代が談話室に戻ってくる。


「あの、大変です。インターフォンのカメラで確認したら、門扉の前に大人から子供まで、ざっと数えて十人程居まして、都さんが滅茶苦茶怒りながら外に出て行っちゃいました。ジャスミンがお供してるんですけど、皆さんを呼んだ方が良いかと思いまして」


俺達は慌てて立ち上がる。廊下を出ると、中畑がちょっと吃驚した様子で立っていた。


「あの、直治さん、休憩、」

「どうぞ」


中畑は俺達の様子に困惑しながらも早足で去っていく。


「千代、中畑を」

「見張りですね。お任せください」


俺達は外に出る。門扉を挟んで都がなにやら会話をしていた。


「ああ、良いタイミングで来たわね。皆、こちらの方達に自己紹介を」


門扉の外に居るのは、小汚い男と太った女。そして貧相な身なりをした若い男女から小さな子供まで、千代が言っていた通りざっと十人程。


「長男の一条淳蔵です。運転手をしています」

「次男の一条美代です。社長の秘書です」

「三男の一条直治です。管理人をしています」

「・・・ということで、見ての通り、労働力は足りているんですよ」


小汚い男と太った女は煙草を吸っていた。足元には踏み躙って火を消したのであろう吸殻が数本ある。


「こちらの方達、鈴木さん一家ですって。五男六女の大家族よ。うちで働きたいんですって」

「もう一人居ますよぉ」


小汚い男、父親が軽く笑い、太った女、母親が腹を擦る。妊娠しているらしい。都が人前では珍しく眉を顰めた。


「妊娠しているのに煙草を吸うのはどうかと思うんですけれど」

「平気平気。一番上の子の時からずーっとこうだから」


母親はケラケラ笑った。


「ほら、あんた達も自己紹介しなさい」


母親に促されて、子供達が名乗る。

長男『じゅきあ』、
次男『ぐりむ』、
三男『じょあん』、
四男『らるく』、
五男『ばくおう』。

長女『じゅえり』、
次女『てぃふぁにぃ』、
三女『せぴあ』、
四女『りぃてぃな』、
五女『しりか』、
六女『ぷみる』。

流石の俺でも一発で顔と名前を覚えてしまった。役所はなにをやっているんだ。よくこんな名前を受理したな。男達は都の胸に釘付けになっていて、じゅえりを除く女達は俺達三人の顔を交互に見ながらなにかひそひそと囁き合っている。ばくおうとぷみるは文字通り『放し飼い』にされていて、甲高い声を上げながら走り回ったり、門扉をべろべろ舐めたりしていた。


「お腹の子の名前は『しいざあ』にするんですよぉ」

「そうですか。ところで、働きたいのはどなた?」

「俺達夫婦と、じゅきあとじゅえりです」

「じゅえりさんなら雇ってもいいですよ」

「は? なんで俺は駄目なんスか?」


じゅきあが挑発的な態度で聞く。


「男は野蛮ですから、間違いのないようにうちでは雇わないことにしているんです」


じゅきあは少し固まったあと、意味を理解したのか『ジイシキカジョー』と小声で言う。美代が我慢できなくなったのか思いっきり睨んだが、じゅきあは隠すこともせずに小さく笑った。ばくおうとぷみるが幼児特有の舌っ足らずな口調でなにか言いながら、二人で門扉にしがみついて身体を揺らしている。


「あのー、ね? なんでもしますんで雇ってくださいよ。俺もじゅきあもしっかり働きますし、ママもしいざあが産まれたら働きますんで!」

「どうせ子供が産まれたらすぐ次の子供を作ってあっという間に働けなくなるでしょう?」

「は? あの、子供の教育に悪いんでそういうこと言うのやめてもらっていいですか?」

「あら、ごめんなさい。で、もう一度言いますけれど、じゅえりさんなら雇ってもいいですよ。履歴書と職務経歴書を郵送してください。書類選考を通過したら面接をします。面接に合格したら、二ヵ月の試用期間を経たあと、問題が無ければ正社員として雇用します」

「いや、だからさ、頭が固いな、うん。うちはね、金が無くて上の子は大学に行かせてやれなかったし、下の子も高校に行けるかどうか、ってところまできてるんですよ。ちょっと可哀想だと思わない?」

「避妊しなかった自己責任でしょう?」

「あぁ? あのさ、あんたね、子供の教育に悪いつってんでしょ。喧嘩売ってるの?」

「それが雇い主に対する態度ですか?」


反論が出てこなかったのか、父親が悔しそうに黙り込む。母親はフィルターぎりぎりまで吸った煙草を足元に捨てて踏み躙って火を消すと、新しい煙草に火を点けてを吸い始めた。


「あ、あの、お願いします! 私、なんでもします! 精一杯働きますので、どうか雇ってください!」


じゅえりが土下座する。


「アホ! お前! なんでこっちはなにも悪くないのに土下座するんじゃ!」

「あんた! そんなことして恥ずかしくないの!? やめなさい!」


父親と母親がぎゃあぎゃあとじゅえりを責める。じゅきあはにやにやしながら黙ってそれを見ていたが、他の兄弟姉妹は悲痛そうな面持ちでじゅえりを見ていた。もし、じゅえりの精神が『まとも』なら、こんな家庭環境からは逃げ出したくて堪らないだろう。


「じゅえりさん、インターネットの求人サイトに求人広告を掲載していますから、そこから応募してください」

「お願いします! 私、本当に、なんでもしますから!」

「女の子が簡単に『なんでもします』なんて言ってはいけませんよ。肉体関係を強要されたらどうするんです?」


母親が顔を真っ赤にした。


「あんた! さっきから子供の教育に悪いことばっかり言って! いい加減にしてよ!」


じゅえりは泣き始めた。


「なんでもします! だから、ここで働かせてください!」

「なんでもする、ね。『靴を舐めろ』と言われても、貴方は従うの?」


じゅえりは答えない。かわりに答えたのはじゅきあだった。


「あのさぁ、おばさんさ、いい加減にしろよ。金持ちだからって調子乗ってんの? おばさんどんだけ偉いの? 『靴を舐めろ』ってさ、もうさ、最高に喧嘩売ってるじゃん。買うよ? 俺、買うよ? でさぁ、」


じゅきあは俺達を順番に指差した。


「あんたら、さっきからずっと黙ってるけど、なんか言ったらどうなの? このおばさんの言いなりなわけ? あんたらはさ、このおばさんの靴を舐められるの? あんたらが舐められるから、このおばさん、こんなに偉そうにしてるんだよね? ちょっと俺の目の前で舐めてよ。できるよね?」


直治が都の横に土下座をするような形でしゃがみこんだ。


『えっ?』


都以外、その場に居る全員の声が揃った。
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