二百十四話 二羽目

文字数 2,256文字

イリスの研究所襲撃から一週間が経った。都は伝手を使って残党を全て始末したらしい。いくらなんでも一週間は早過ぎる、と思ったが、『一条都』に『これはこうだ』と言われると、何故だか妙な説得力があって、流石だ、と納得してしまう。

俺達は談話室に集まっていた。


「都様は、悪魔では、ない・・・?」

「ええ。私、ただの人間よ」


都の『おかげ』というか『せい』というか、『虫の演技』で死んでいた桜子の表情筋は活発に動くようになり、今も、都の発言に驚きを隠せない、という顔をしている。金鳳花もぽかんとしていた。


「では、悪魔は一体どなたなのですか?」

「そこ」


都が指差した先には、仰向けになって寝ているジャスミン。


「・・・えっ、犬、ですよね? あの犬が?」

「どうして犬の姿をしているのか、わかる?」

「い、いいえ・・・」

「楽しいからよ」


都がにっこりと笑う。


「私も、楽しいから、人間をしているの。貴方達もそうすればいいわ」

「人間であると、自認しろと?」

「迷うのなら、楽しいだろうと思える方を選択をしなさい。少しだけだけれど、気が楽になるわよ」


都は音も無く紅茶を飲み、ソーサーにカップを置く。


「さて、桜子さんと金鳳花さんの今後についてだけれど・・・」


桜子と金鳳花は一気に緊張した。


「金鳳花さんは、私の知り合いが修道院長をしている修道院に行ってもらうわ」

「えぇ!?」

「ごめんなさいね、私、貴方の顔が嫌いなの」

「あぅ・・・。そうですかぁ・・・。わかりました。『外』の世界で生きていく術を持たない私が、都様に『外』で生きていけるよう、お世話して頂けるのですから、仰る通りにいたしますぅ!」


金鳳花は両手でガッツポーズを作って、明るく笑った。


「桜子さんは・・・」


桜子は、捨てられたら死んでしまう、とでも言いたそうな目で都を見た。


「『小鳥』にしようかなぁ?」


喜ぼうとする桜子を制するように、都が人差し指を立てる。


「た、だ、し、一条家の人間として生きてゆくのですから、それなりの教養がないといけません。私が作ったカリキュラムを半年以内に修めることができれば、二羽目の小鳥として一条家に迎え入れましょう。できなかった時は貴方も修道院にブチ込むから。いいわね?」

「はい!」

「じゃ、教師は美代にお願いするから」

「えっ!?」


美代が大きな声を上げる。


「美代、桜子さんのこと、納得してないでしょ?」

「・・・はい」

「なら、貴方が教育して、貴方自身が桜子さんへの理解を深めるのが一番じゃないかしら?」

「でも、仕事が、」

「半年くらいなら母さん頑張りますよ」

「・・・・・・・・・わかりました」


目元をぴくぴく痙攣させながら、美代が承諾する。


「美代様、よろしくお願いします」

「俺、自他共に認める『スパルタ』指導をポリシーとしているから、泣き言言って苛つかせるくらいならさっさと出ていってね」

「美代、虐めないの」

「・・・善処します」

「直治、千代さん、そういうことだから、半年とちょっと長いけれど、お仕事は二人で頑張ってね」

「はい」

「はァい!」


都は紅茶を飲み干すと、淳蔵の髪を人差し指で掬い上げる。


「暇ならママと遊びましょ」


淳蔵は片眉を上げて笑い、頷き、二人は談話室を出ていった。


「『再教育』、だな」


美代が俺を睨む。


「お前は教育者としての才能があるから適任だと思うぞ」

「そりゃどーも」

「世辞じゃねえよ。メイド然り、雅然り。俺も、な」


美代はちょっと吃驚したあと、ソファーから立ち上がり、無言で談話室を出ていった。

その後、金鳳花は修道院へ旅立っていった。館を出る時、都に深く深く頭を下げ、都がその頭をぽんぽんと撫でると、金鳳花は涙を浮かべながらもにっこりと笑っていた。桜子とも抱擁を交わし、手紙で連絡を取り合うことを約束した。

数日後。

こんこん。


「どうぞ」

『失礼します』


桜子が事務室に来た。


「どうした?」

「今日は美代様からお休みを頂きました。休日はトレーニングルームを使わせて頂きたいので、直治様にお許しを頂きたくて参りました」

「・・・念のために言っておくが、許可をとるならまず都に相談に行け」

「はい。美代様にもそう言われましたので、都様に相談しに行ったところ、直治様が良いと仰るのなら使っても構わない、と」

「そういうことなら、良いぞ。予備の鍵を探すからちょっと待ってろ」


俺は鍵付きの引き出しを開錠して、中から鍵の束を取り出し、トレーニングルームの鍵を桜子に渡した。


「これだ。落とさないように気を付けろよ」

「ありがとうございます」

「器具の使い方、わかるか? 十分待ってくれれば使い方を教えられるが・・・」

「お気遣いありがとうございます。使い方については大丈夫です。都様に教えてもらいます」

「・・・そうか」

「はい。では、失礼します」


桜子は事務室を出ていった。

昼過ぎ、談話室に休憩に行く。


「おー、弟よ。お兄ちゃんが大変なことになってるぞ」


美代は珍しく、背凭れに身体を預けて足を組んでいる。


「どうした、お兄ちゃん」

「桜子だ。順調過ぎる。このままだと本当に小鳥に・・・」


不機嫌であることを隠しもせず、美代は溜息を吐く。


「二羽目の小鳥、かァ。半年後には形にしてもらいたいモンですねぇ」

「わかってるッ!! ぜーんぶわかってんだよッ!! ひいては都のためッ!! 俺の愛する俺の都のためだってなッ!!」

「俺のだっつの」

「馬鹿、俺のだ」

「ク、ソ、が、よー・・・」


不毛な争いである。


「厄介事の絶えない家だ。せめて桜子の再教育が終わるまでは、束の間の休息を楽しみたいもんだね」


淳蔵がそう言う。美代は深い溜息を吐いた。
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