百六十五話 誘拐
文字数 2,073文字
このところ、中畑がにやにやしながら俺を見てくる。なにか企んでいるのだろうか。気持ち悪くて仕方がない。
『外』で商談を終えた俺は駐車場に向かう。ふと、違和感を覚えた。二つ隣に停まっている大きなバンから視線を感じる。殺意にしては淡く、害意にしては濃すぎる。気付いていない風を装って、ゆっくりとした動作で車の鍵とドアを開ける。ズボンの裾から鼠を三匹出し、一匹はバンの近くへ、一匹は俺の車の下へ、もう一匹は俺の車の中に入れる。車に乗り込もうとすると、バンの扉が開き、覆面を着けた二人組が襲ってきた。手を後ろに縛られ、麻袋を頭に被せられる。そのまま二人がかりで持ち上げられて、車の中に運ばれた。
「車出せっ!」
それ以降、会話は無い。体感で一時間といったところか。ゆっくりと停車し、引き摺り降ろされ歩かされる。椅子に無理やり座らされて、縄で縛りつけられた。乱暴に麻袋を取り払われたせいで髪がぼさぼさになる。
「うっわあ、可愛いじゃん!」
「気合い入っちゃうかもォ」
女が二人、男が一人。
「なんでこんなに落ち着いていやがるんだぁ? 気に喰わねえ」
「顔は殴っちゃ駄目だよ。あとで『撮影』するんだからさ」
「で? 答えろ。なんでそんなに落ち着いていやがる」
男に顎を持ち上げられる。俺は答えなかった。男は怒りが沸騰しているのか、ぎりぎりと歯軋りをしている。
「答えろつってんだろォッ!!」
胸倉を掴まれ、思いっ切り顔を殴られる。鼻血が出た。
「殴るなって言ったでしょ!!」
「うるせえ!!」
「全く馬鹿なんだから!!」
「・・・ねえ、あんた、一条美代でしょ? 今からあたしらと『イイコト』して、恥ずかしい写真も動画もいーっぱい撮ってあげる。一回ネットに情報を流されたら、なっかなか消せないんだよねぇ。そしたら、一条家も、お、わ、り。わかるぅ? 大好きなママに迷惑かけたくなかったら、ママに電話かけて、お金、払ってもらおうか? 携帯の暗証番号、教えてぇ?」
俺は口元に垂れてきた鼻血をぺろりと舐めた。
「はっ、お喋り上手な猿だな。前世人間だったのか?」
そう言って笑うと、女達の顔から余裕綽々の笑みが消え、男の顔が真っ赤になった。
「ねえ、カメラ回す前にさ、最後のチャンス、あげる」
女が俺に顔を近付けて、小声で言った。
「早貴様に謝って」
「・・・成程」
俺は椅子を前に倒すように身体に勢いをつけ、女の喉にかぶりついた。女の絶叫と、風船から空気が抜けるような音が狭くて汚れた部屋に響く。馬鹿共が呆気に取られている間に身体を全て鼠にかえて、部屋に居る全員に齧りついた。部屋のドアが開く。見張りであろう男が吃驚して逃げようとしたので、そいつの足首にも齧り付いた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「やめっ!! やめでぐれええええええ!!」
「痛い痛い痛い!! ああああああああ!!」
男の肉は不味い。口の中に入った肉を吐き出す。見張りの男と女を一人、生かした状態で俺は元の身体に戻った。服と靴が脱げてしまったので、ゆっくりと着直す。
「あう・・・あう・・・」
「ひぐっ、ぎぃ・・・」
「・・・さて、全部喋ってもらおうかな?」
俺は椅子に座った。
「ひっ・・・! ひぃっ!」
「ねっ、ねっ、ねず、鼠っ、う、うう・・・!」
「そ、俺の鼠。齧り殺されたくなかったら質問に答えな」
男と女は細かく頷いた。
「君達、こういうことするの初めてじゃないよね?」
「わ・・・、わた、私達は、悪くないんです! 金で雇われただけなんです!」
「誰に?」
「中畑早貴! 中畑製薬会社の、社長の娘です!」
「君達と中畑早貴の関係性は?」
「中学と高校の同級生、です!」
「で、最初の質問に戻るけど、こういうことするの初めてじゃないよね?」
男と女は沈黙した。
「余罪有り、か。罪深いねえ」
俺は片手に鼠を出し、揉むように撫でて見せつける。
「俺の車、君が運転してここまで持ってきてるよね?」
「な、なんでそれを知って・・・」
「ふうん。証拠隠滅のためかな? やっぱり慣れてるんだね。他にはどんなことしたの? 洗いざらい俺に話して、あとで警察に自首するっていうんなら、許してあげないこともないけど・・・」
男と女は必死になって喋り始めた。中畑とこいつらの関係は、中学の頃に中畑が嫌いな同級生を虐めることから始まり、こいつらが同級生に過激な嫌がらせをして泣かせるたびに、中畑は『報酬』として金を支払った。それで同級生はひきこもりになってしまったらしい。他には、教師を退職に追い込んだり、部活を私物化したりとやりたい放題。中畑が大学に進学してからは、嫌いな女を『合コン』と称して呼び出して、俺にしようとしたことをしていたらしい。中畑はそれで他の女を蹴落として、大学の『ミスコン』で一位に輝いたとか。あのホームベースみたいなデカい顔でだ。父親のクソ社長も、中畑に惚れてる馬鹿男も、目玉が腐っていやがる。中畑早貴は『邪悪』そのものじゃないか。
「他になにか、俺に言っておきたいことはある?」
俺は鼠を目の前に掲げた。
「ひィッ!?」
「ごめんなさい! 許してください!」
「んー、やっぱり駄目」
『外』で商談を終えた俺は駐車場に向かう。ふと、違和感を覚えた。二つ隣に停まっている大きなバンから視線を感じる。殺意にしては淡く、害意にしては濃すぎる。気付いていない風を装って、ゆっくりとした動作で車の鍵とドアを開ける。ズボンの裾から鼠を三匹出し、一匹はバンの近くへ、一匹は俺の車の下へ、もう一匹は俺の車の中に入れる。車に乗り込もうとすると、バンの扉が開き、覆面を着けた二人組が襲ってきた。手を後ろに縛られ、麻袋を頭に被せられる。そのまま二人がかりで持ち上げられて、車の中に運ばれた。
「車出せっ!」
それ以降、会話は無い。体感で一時間といったところか。ゆっくりと停車し、引き摺り降ろされ歩かされる。椅子に無理やり座らされて、縄で縛りつけられた。乱暴に麻袋を取り払われたせいで髪がぼさぼさになる。
「うっわあ、可愛いじゃん!」
「気合い入っちゃうかもォ」
女が二人、男が一人。
「なんでこんなに落ち着いていやがるんだぁ? 気に喰わねえ」
「顔は殴っちゃ駄目だよ。あとで『撮影』するんだからさ」
「で? 答えろ。なんでそんなに落ち着いていやがる」
男に顎を持ち上げられる。俺は答えなかった。男は怒りが沸騰しているのか、ぎりぎりと歯軋りをしている。
「答えろつってんだろォッ!!」
胸倉を掴まれ、思いっ切り顔を殴られる。鼻血が出た。
「殴るなって言ったでしょ!!」
「うるせえ!!」
「全く馬鹿なんだから!!」
「・・・ねえ、あんた、一条美代でしょ? 今からあたしらと『イイコト』して、恥ずかしい写真も動画もいーっぱい撮ってあげる。一回ネットに情報を流されたら、なっかなか消せないんだよねぇ。そしたら、一条家も、お、わ、り。わかるぅ? 大好きなママに迷惑かけたくなかったら、ママに電話かけて、お金、払ってもらおうか? 携帯の暗証番号、教えてぇ?」
俺は口元に垂れてきた鼻血をぺろりと舐めた。
「はっ、お喋り上手な猿だな。前世人間だったのか?」
そう言って笑うと、女達の顔から余裕綽々の笑みが消え、男の顔が真っ赤になった。
「ねえ、カメラ回す前にさ、最後のチャンス、あげる」
女が俺に顔を近付けて、小声で言った。
「早貴様に謝って」
「・・・成程」
俺は椅子を前に倒すように身体に勢いをつけ、女の喉にかぶりついた。女の絶叫と、風船から空気が抜けるような音が狭くて汚れた部屋に響く。馬鹿共が呆気に取られている間に身体を全て鼠にかえて、部屋に居る全員に齧りついた。部屋のドアが開く。見張りであろう男が吃驚して逃げようとしたので、そいつの足首にも齧り付いた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「やめっ!! やめでぐれええええええ!!」
「痛い痛い痛い!! ああああああああ!!」
男の肉は不味い。口の中に入った肉を吐き出す。見張りの男と女を一人、生かした状態で俺は元の身体に戻った。服と靴が脱げてしまったので、ゆっくりと着直す。
「あう・・・あう・・・」
「ひぐっ、ぎぃ・・・」
「・・・さて、全部喋ってもらおうかな?」
俺は椅子に座った。
「ひっ・・・! ひぃっ!」
「ねっ、ねっ、ねず、鼠っ、う、うう・・・!」
「そ、俺の鼠。齧り殺されたくなかったら質問に答えな」
男と女は細かく頷いた。
「君達、こういうことするの初めてじゃないよね?」
「わ・・・、わた、私達は、悪くないんです! 金で雇われただけなんです!」
「誰に?」
「中畑早貴! 中畑製薬会社の、社長の娘です!」
「君達と中畑早貴の関係性は?」
「中学と高校の同級生、です!」
「で、最初の質問に戻るけど、こういうことするの初めてじゃないよね?」
男と女は沈黙した。
「余罪有り、か。罪深いねえ」
俺は片手に鼠を出し、揉むように撫でて見せつける。
「俺の車、君が運転してここまで持ってきてるよね?」
「な、なんでそれを知って・・・」
「ふうん。証拠隠滅のためかな? やっぱり慣れてるんだね。他にはどんなことしたの? 洗いざらい俺に話して、あとで警察に自首するっていうんなら、許してあげないこともないけど・・・」
男と女は必死になって喋り始めた。中畑とこいつらの関係は、中学の頃に中畑が嫌いな同級生を虐めることから始まり、こいつらが同級生に過激な嫌がらせをして泣かせるたびに、中畑は『報酬』として金を支払った。それで同級生はひきこもりになってしまったらしい。他には、教師を退職に追い込んだり、部活を私物化したりとやりたい放題。中畑が大学に進学してからは、嫌いな女を『合コン』と称して呼び出して、俺にしようとしたことをしていたらしい。中畑はそれで他の女を蹴落として、大学の『ミスコン』で一位に輝いたとか。あのホームベースみたいなデカい顔でだ。父親のクソ社長も、中畑に惚れてる馬鹿男も、目玉が腐っていやがる。中畑早貴は『邪悪』そのものじゃないか。
「他になにか、俺に言っておきたいことはある?」
俺は鼠を目の前に掲げた。
「ひィッ!?」
「ごめんなさい! 許してください!」
「んー、やっぱり駄目」