三百五話 じゃーん!!

文字数 1,670文字

都の部屋で仕事をしていると、かつんかつん、と窓を硬いもので叩く音がした。淳蔵の鴉の嘴だ。


「どうした?」

『今、桜子を、』


こんこん。


『お、来たか』

「どうぞ」

『失礼します』


桜子はにこにこしながら部屋に入ってきた。そのまま無言で寝室に行ってしまった。


「なんだ?」

『へへ、服が必要になったんだよ』

「服? ・・・服!?」

『美代君の予想、大当たりだぜ』

「おぇっ!? へえぇっ!?」

『どういう感情?』


桜子が寝室から出てきた。都の服を持って。


『直治も千代も俺の部屋の前に来てるけど、お前も来るか?』

「あッ、当たり前だろ!」


桜子のあとに続いて階段を降り、淳蔵の部屋の前で暫く待つ。


「直治さァん! 呼吸、止まってますよォ!」

「ンッ!? う、すまん・・・」


千代も上機嫌だ。

直治は、なんというか、まあ、いつも通りだ。

カチャ、と静かな音を立てて、ドアが開いた。


「じゃーん!!」


と、都は『両手を広げて』言った。


「みやッ、」

「駄目駄目。まだ本調子じゃねえから」


我を忘れて抱き着こうとした直治を、淳蔵が両肩を押して留める。


「下着も服もぴったり。目は検査しないといけないけどね」


綺麗な声も、元通りに。


「ごめんなさい、ちょっと座らせてね」


都はよたよたとした足取りで部屋の中に戻った。淳蔵が慌てて付き添い、都をベッドに腰掛けさせる。


「俺の部屋じゃ家具がデカ過ぎる」


淳蔵は直治を見た。


「桜子さんに頼むわ」


直治は一瞬、ビリリと痺れたように身体を揺らした。


「桜子君、都が元気になるまで、介助をしてくれ。メイドの仕事はいい」

「はい。かしこまりました」

「直治、客室のどこか使えないか?」

「五号室」

「桜子さん、行きましょ」

「はい」


立ち上がろうとした都の前に、直治が立ち塞がる。無表情で、ひょい、と都を抱き上げると、無言で淳蔵の部屋を出ていった。桜子もすぐに二人を追いかけた。


「今日は最高の一日ッスねェ!!」


千代の声は、殆ど爆発音だった。


「千代君、お茶を頼んでいいかな」

「はァい!! 失礼しますぅ!!」


俺と淳蔵は二人で見つめ合い、声無く笑う。


「鼓膜破れたかもしんねぇわ」

「俺も」

「おっ?」


淳蔵が俺の後ろを見た。都の寝室で寝ていたはずのジャスミンが『白い男』になって部屋に来た。空中に、指で文字を書く。


「『見張りはもういい』」


俺がそう言うと、ジャスミンは部屋を出ていった。俺が瞬いた一瞬で『犬の姿』になり、独特のかちゃかちゃという足音を鳴らして。


「・・・もういい、か。良かったぜ。正直なところ、眠らないのはつらかったからな」


淳蔵は珍しく、弱音を零した。


「ありがとうな」

「礼なんて言うなよ。逆の立場だったら同じことしてただろ?」

「だからこそ言うんだよ」


そしてまた珍しく、弱く笑う。


「鴉を回収したら、髪の手入れをして寝る。夕飯の時に起こしてくれ」

「わかった。おやすみ」

「おやすみ」


俺は都の部屋に戻る。


「・・・フ、あははっ」


帰ってきた。

一条都が帰ってきた。


「あはっ! あははははっ!!」


俺を舐めていたヤツら、どうしようかな。

学歴や血筋で俺の価値を決めていたヤツら。俺の今の全てを『親の七光り』だと信じ込んでいたヤツら。『寝所に潜り込んだんだろう』と馬鹿にしてきたヤツら。俺だけでなく、兄弟や千代と桜子に『奉仕』をさせて、そのかわりに『取り引き』をしようと宣ったヤツら。

縁を切りたくても切れない、腐った蠅共。


「悔しいな・・・」


都が旅立つ前、事前に指示されていた通り、鍵付きの引き出しに入れてある名簿を取り出す。


「どんな反応するかなー?」


謝るか、言い訳するか、開き直るか。

電話の呼び出し音が鳴る。


「・・・おはようございます、犬飼社長」

『おお、美代君! 連絡を待っていたよ! 食事してくれる気になったのかい?』

「いいえ。母が退院しましたので、その連絡です」

『えっ・・・、あ、ああ! そうかい! それは良かったね!』

「母は犬飼社長が見舞いに来られるのを、カンカンに怒りながら待っていますよ」

『そッ、その、すみません、明日、お伺いしますッ!』

「いつでもどうぞ」

『あの、』


俺は電話を切って、次の馬鹿に電話をかけた。
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