百二十五話 アフタヌーンティー
文字数 2,111文字
その日、美代は一番最後に談話室にやってきた。仕事用のノートパソコンではなく、客用の小さなワゴンにティーセットと箱、卵サンドらしきものを乗せている。
「よう兄弟!」
「おー」
「おう」
「アフタヌーンティーといこうぜ」
白を基調とし、金のラインが入った見るからに高そうな箱を開ける。
「これ、予約半年待ちのレモンジャムなんだ。超レアものだぞ! こっちは専用の茶葉。レモンティーにするとすっごく美味いらしい。こっちは俺が作った卵サンドだ」
カップに個包装のティーバッグを入れ、ポットの湯を注いで卵サンドと一緒に俺達に配膳する。カップが温かい。予めお湯で温めておいたのだろう。俺達はソーサーで蓋をして蒸らし始める。美代は飢えた経験が俺達の中で一番酷いからなのか、食に対して貪欲、まではいかないが、積極的だ。なんでも、『水を飲むのはつらい』という理由でハーブティーを常飲している。
「んっ、あれ? この瓶、固いな・・・」
レモンジャムの蓋を開けようと苦戦している。
「うう・・・」
「貸せ」
「悪い、頼む」
直治が瓶を受け取り、ゆっくり力を込めて開け始める。
「・・・割るなよ?」
「・・・今、真剣にやってるから」
「ごめんごめん」
直治は怒っているわけではなく、物凄く集中している。過去にも同じようなやりとりがあった。その時は苺ジャムだった。直治は力加減を間違えて瓶を粉砕してしまい、美代は直治が怪我をしていないことを確認すると、安堵したあと酷く落ち込んだ。俺は『外』に出られない直治に付き合わされて苺ジャムを巡る旅に駆り出されて、美代はそんな直治に『俺、お前のこういうところ好きだよ』と言って直治を滅茶苦茶照れさせていた。そのあと俺にも『お前の優しいところ好きだ』と言ってきて、恥ずかしい思いをした。
「・・・よし、開いたぞ」
「ありがとう」
ティーバッグの茶葉が十分に開くと、取り出して受け皿に乗せ、ジャムを入れる。ティースプーンでくるくると混ぜると、三人一緒に飲んだ。
「お、美味い」
「おお、美味いな」
「うん、美味い」
甘過ぎず、さっぱりしていて、レモンの風味が鼻から抜けていく。
「これ、二つセットで三千六百円だったんだけどな」
「たっか」
「いいのかよそんなもの俺達に振舞って」
「共有した方が楽しいだろ? で、もう一つは都にあげた。『千代君と二人で楽しんでね』って言ってな。頬にキスしてもらったよ」
「そーかよ」
「やれやれ・・・」
「その時に聞いた話も共有しようと思ってな」
美代はカップをソーサーに置いた。
「白木悠、五十八歳。捜査一課の人間だ。愛美が起こした〇〇事件で出世の目を潰され、その後はヒラの捜査員として働いていたらしい。上司に隠れて愛美が失踪したことについてずーっと調べていたそうだ。田崎浩が、フフ、『自殺』した現場に調査しに行ったのは偶然かどうかはわからないが、そこでたまたま『都』という名前を聞いて、『勘』が働いて調べ始めたら、ここに辿り着いたらしいぞ」
「ハハッ、『勘』ねえ。本当に存在するのかもなァ、そんなモンも」
「で、そんな情報が得られるってことは、警察内部に都と通じてる人間が居るのか?」
「そういうこと」
「おッそろしい女・・・」
「おい冒涜だぞ」
「いや、俺もそう思うぞ」
美代は黙って笑いながら顔を横に振った。
「で、だ。諦めたと思うか?」
「一週間後にまた来るぞ。諦めてないだろ」
「しつけーヤツだなァ」
「ハハハッ。館の中にいる限り、ジャスミンが勝手なことはさせないさ。それこそ、銃で撃つなんてこともね。『外』でもそうだ。都が繋がっている警察の人間は白木よりよっぽど偉い人間だ。それこそ、頂に居るようなね。都がその気になればあんな『木っ端』、蝋燭の火を吹き消すように消し飛んでいくよ」
「・・・やっぱりおッそろしい女じゃねえか」
「冒涜だつってんだろ」
「いや、俺もそう思うって・・・」
ふと、直治がなにか思い出したらしい。
「美代、お前が宿泊客の選別してた時、都が優先的に通すように言った客、何人か居たよな?」
「居たよ」
「俺もだ。利用価値があるから通してるんだろうと思ってたが、まさかそういう人間もお忍びで来てたりするのか?」
「だろうね。そういった場合って、調査せずにすぐ通すように言われてるだろ?」
「言われてる」
直治は人差し指を唇に添えてなにか考え始めた。
「一週間後、白木と同じ日に通すように言われた客が居る。名前は『露木康彦』」
「つゆきやすひろ」
俺は復唱し、携帯を取り出して名前を打ち込み、調べてみる。見慣れない単語が出てきた。
「警察庁長官だってさ」
「警察の、トップ?」
直治は困惑した。
「皮肉だよなあ。国のために一生懸命働いてるえッらい人間なのに、平穏な日常を生きている限りは縁がない人間だ。顔も名前も知らない方が普通だろうさ」
美代は卵サンドを齧り、咀嚼し、飲み込む。
「白木は知ってるのかな?」
そして意地悪な笑みを浮かべてそう言った。
「いわば『社長』だろ? 知らないってのはないんじゃねえの?」
「だな。圧力に耐えられるのか見物だ」
「俺達、接待させられるのかね? だとしたら俺が緊張で潰れそうなんだけど」
「多分、俺も潰れる」
俺と直治がそう言うと、美代が静かに笑った。
「よう兄弟!」
「おー」
「おう」
「アフタヌーンティーといこうぜ」
白を基調とし、金のラインが入った見るからに高そうな箱を開ける。
「これ、予約半年待ちのレモンジャムなんだ。超レアものだぞ! こっちは専用の茶葉。レモンティーにするとすっごく美味いらしい。こっちは俺が作った卵サンドだ」
カップに個包装のティーバッグを入れ、ポットの湯を注いで卵サンドと一緒に俺達に配膳する。カップが温かい。予めお湯で温めておいたのだろう。俺達はソーサーで蓋をして蒸らし始める。美代は飢えた経験が俺達の中で一番酷いからなのか、食に対して貪欲、まではいかないが、積極的だ。なんでも、『水を飲むのはつらい』という理由でハーブティーを常飲している。
「んっ、あれ? この瓶、固いな・・・」
レモンジャムの蓋を開けようと苦戦している。
「うう・・・」
「貸せ」
「悪い、頼む」
直治が瓶を受け取り、ゆっくり力を込めて開け始める。
「・・・割るなよ?」
「・・・今、真剣にやってるから」
「ごめんごめん」
直治は怒っているわけではなく、物凄く集中している。過去にも同じようなやりとりがあった。その時は苺ジャムだった。直治は力加減を間違えて瓶を粉砕してしまい、美代は直治が怪我をしていないことを確認すると、安堵したあと酷く落ち込んだ。俺は『外』に出られない直治に付き合わされて苺ジャムを巡る旅に駆り出されて、美代はそんな直治に『俺、お前のこういうところ好きだよ』と言って直治を滅茶苦茶照れさせていた。そのあと俺にも『お前の優しいところ好きだ』と言ってきて、恥ずかしい思いをした。
「・・・よし、開いたぞ」
「ありがとう」
ティーバッグの茶葉が十分に開くと、取り出して受け皿に乗せ、ジャムを入れる。ティースプーンでくるくると混ぜると、三人一緒に飲んだ。
「お、美味い」
「おお、美味いな」
「うん、美味い」
甘過ぎず、さっぱりしていて、レモンの風味が鼻から抜けていく。
「これ、二つセットで三千六百円だったんだけどな」
「たっか」
「いいのかよそんなもの俺達に振舞って」
「共有した方が楽しいだろ? で、もう一つは都にあげた。『千代君と二人で楽しんでね』って言ってな。頬にキスしてもらったよ」
「そーかよ」
「やれやれ・・・」
「その時に聞いた話も共有しようと思ってな」
美代はカップをソーサーに置いた。
「白木悠、五十八歳。捜査一課の人間だ。愛美が起こした〇〇事件で出世の目を潰され、その後はヒラの捜査員として働いていたらしい。上司に隠れて愛美が失踪したことについてずーっと調べていたそうだ。田崎浩が、フフ、『自殺』した現場に調査しに行ったのは偶然かどうかはわからないが、そこでたまたま『都』という名前を聞いて、『勘』が働いて調べ始めたら、ここに辿り着いたらしいぞ」
「ハハッ、『勘』ねえ。本当に存在するのかもなァ、そんなモンも」
「で、そんな情報が得られるってことは、警察内部に都と通じてる人間が居るのか?」
「そういうこと」
「おッそろしい女・・・」
「おい冒涜だぞ」
「いや、俺もそう思うぞ」
美代は黙って笑いながら顔を横に振った。
「で、だ。諦めたと思うか?」
「一週間後にまた来るぞ。諦めてないだろ」
「しつけーヤツだなァ」
「ハハハッ。館の中にいる限り、ジャスミンが勝手なことはさせないさ。それこそ、銃で撃つなんてこともね。『外』でもそうだ。都が繋がっている警察の人間は白木よりよっぽど偉い人間だ。それこそ、頂に居るようなね。都がその気になればあんな『木っ端』、蝋燭の火を吹き消すように消し飛んでいくよ」
「・・・やっぱりおッそろしい女じゃねえか」
「冒涜だつってんだろ」
「いや、俺もそう思うって・・・」
ふと、直治がなにか思い出したらしい。
「美代、お前が宿泊客の選別してた時、都が優先的に通すように言った客、何人か居たよな?」
「居たよ」
「俺もだ。利用価値があるから通してるんだろうと思ってたが、まさかそういう人間もお忍びで来てたりするのか?」
「だろうね。そういった場合って、調査せずにすぐ通すように言われてるだろ?」
「言われてる」
直治は人差し指を唇に添えてなにか考え始めた。
「一週間後、白木と同じ日に通すように言われた客が居る。名前は『露木康彦』」
「つゆきやすひろ」
俺は復唱し、携帯を取り出して名前を打ち込み、調べてみる。見慣れない単語が出てきた。
「警察庁長官だってさ」
「警察の、トップ?」
直治は困惑した。
「皮肉だよなあ。国のために一生懸命働いてるえッらい人間なのに、平穏な日常を生きている限りは縁がない人間だ。顔も名前も知らない方が普通だろうさ」
美代は卵サンドを齧り、咀嚼し、飲み込む。
「白木は知ってるのかな?」
そして意地悪な笑みを浮かべてそう言った。
「いわば『社長』だろ? 知らないってのはないんじゃねえの?」
「だな。圧力に耐えられるのか見物だ」
「俺達、接待させられるのかね? だとしたら俺が緊張で潰れそうなんだけど」
「多分、俺も潰れる」
俺と直治がそう言うと、美代が静かに笑った。