二百五十二話 美影

文字数 2,228文字

私の名前は白石美影。三十二歳。『とある事情』で家族どころか親族とすら絶縁されている。仕事は人間関係が上手くいかず、転職を繰り返していたので貯金も無い。路頭に迷ってしまう一歩手前で、お金持ちの一条家の住み込みのメイドとして、職にありつけた。二ヵ月の試用期間のうち、無事に一ヵ月目を終えたところである。

一条家は変な家だ。

長男の一条淳蔵。身長は184cmの長身で、腕と脚もすらりと長い。特徴的な切れ長の目、綺麗な形の眉、筋の通った鼻、薄い唇。いつもどこか人を見下しているような表情をしているが、彼の少し低い声と少し軽い口調で紡がれる言葉に耳を傾けると、近寄り難いのは最初だけだとわかる。彼は時たま、冗談を言うのだ。映画のワンシーンのような台詞をすらりと言う。案外お茶目な人なのだ。そんな彼の最大の特徴は、腰まで届く、少し癖のある長い髪。髪にどれ程のお金と時間と労力を割いているのかはわからないが、彼の髪は本当に美しい。

次男の一条美代。身長は平均より少し高く、体重はやや痩せているように見える。この人は、兎に角顔が可愛らしい。彼は化粧をしていて、その技術がかなり上手く、彼が居るだけでその場が華やぐ程、魅力的な容姿をしている。色素が薄いようで、目の色も頭髪の色も真っ黒ではなく、薄い茶色である。いつもは長い前髪を左耳に引っ掛け、右の前髪はそのままさらりと垂らしている。シンプルでお洒落なメガネをかけていることもある。仕事中は眼鏡をしているらしいので、あまり話しかけてはいけないそうだ。声は少し気怠い感じで、可愛い見た目に反してちゃんと男の声をしている。性格は温和。頭の回転がとても速く、理知的な人だ。

三男の一条直治。淳蔵様程ではないけれど背が高い。直治様の最も優れているもの、それは直治様の身体を構成する筋肉だ。彫刻家が魂を込めて彫ったような肉体美である。骨格は男らしいのに、顔のパーツはすっきりしていて、無駄がない。魅惑的な厚い唇。整った高い鼻。力強い眉。そして、知性で輝く瞳を閉じ込めた、凛々しさを感じさせる、それでいてどこか幼さを感じさせるような、甘い目元。滅多に笑わない直治様が、鼓膜を蕩けさせるような低い声で笑ったら、きっととても素敵だろう。

メイド長の櫻田千代。167cmと女性にしては背が高く、スレンダーなのに程よく筋肉がついている。働くのが好きだそうで、きびきびと働く様子を見ていると何故かこちらまで働くのが面白くなってきてしまう。声は少し高く、かなり大きい。初めは声の威圧感に吃驚したが、慣れてしまえばなんともない。猫のような可愛らしい顔をコロコロかえて感情表現をするので、本当に見ていて楽しい。性格も明るくて優しい。

副長の黒木桜子。身長が172cmあるらしい。肩幅と胸とお尻が大きい。他のパーツは平均的。細く長い目が吊り上がっているのと、上唇が薄く下唇が少し分厚い顔をしているが、それを上手く生かして化粧をしている。性格は冷静沈着で、プライベートな話はあまり聞いてこない。こちらから話を振った時は普通に会話してくれる。

私の先輩、佐藤瞳。二十代前半らしい。年下の先輩、ということになる。私はおっとりした性格なので、気が強い瞳さんとはあまり上手くいっていない。瞳さんは、見た目は可もなく不可もなく。仕事もできる方ではないようだ。なのに、自分は先輩だからと、偉そうに私に指示をしてくる。指示は、言われなくてもわかるような細かいところにまで至る。私の方が人生経験豊富なのだから、あまり馬鹿にしないでほしい。態度を改めてほしいものだ。

若き女社長、一条都。私の雇い主だ。然程年のかわらない美青年達を養子にしている、変な人。絶対『そういう用途』で使っているんだと思う。なんの仕事をしているのかは知らないけれど、滅多に会わないし滅多に会話しない。一家で飼っているジャスミンという名前の犬の世話をしていれば会う確率は上がるそうだが、私は都様に会いたくなかった。

だって、あの人は私のライバルだ。

私は直治様が好き。

初めは生活をするために仕事をしていたけれど、今は直治様と接点を持ちたくて仕事をしている。一条家は大きな館で、一階を宿泊施設として提供している。客が居ない日は、一条家の人間も、メイドも揃って、食堂で食事をするのが習わしとなっている。それが、本当に楽しみで仕方がない。純粋に客が居ない日は仕事が楽だ、というのもあるけれど、朝、昼、晩、と、直治様と会う機会が三回もあるのだ。一条家は食事作法に厳しいので、テレビを見て談笑しながら食事をする、なんてことはしないけれど、食事の間に交わされる、ほんの少しの会話が、直治様の声が、私の日々の潤いであり、働く糧なのだ。


「直治」


都様が直治様の名前を呼ぶ。ちくり、私の胸に小さな棘が刺さる。


「うん?」


直治様の優しい声。私の前ではこんな声は出さない。


「直治がくれたワイヤレスマウス、そろそろ寿命みたいなの」

「新しいの買って『番い』にするか?」


都様がくすっと笑うと、直治様も柔らかく笑った。私の前ではあんな笑い方はしない。ワイヤレスマウスが『番い』だなんて、一体なんの話をしているんだろう。


「色違いはあるの?」

「ピンクと水色」

「じゃあ水色で」

「わかった」


そこで会話は終わった。二人の間には沈黙の気まずさもない。静かに食事が再開される。それが、凄く悔しい。

都様は直治様の養母。

直治様は都様の養子。

なら、私にも、チャンスはあるよね?
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