二百五十話 こっくりさん

文字数 2,665文字

『ハイハイハイ! 見てくれて3Q! レッド幸太郎! ブルー啓太郎! イエロー竜太郎! 三人合わせて3Q太郎!』


3Q太郎が灯りを落とした食堂で『こっくりさん』をやるらしい。俺達は『使い魔』を家具の隙間に隠し、盗み聞きを肴に都の部屋で酒を飲む。都の前には、五十音と数字、『はい』と『いいえ』、そして鳥居が描かれた紙があり、その上に十円玉が乗っている。


『こっくりさんこっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら、『はい』へお進みください』


3Q太郎が十円玉にそれぞれ人差し指を乗せ、呪文を唱える。都が十円玉に指を乗せ、ゆっくりと『はい』の上に動かし、ゆっくりと鳥居の上に戻した。


『やばいやばいっ、一発で来たっ』

『マジで動いてるマジで』

『コワッ! コワイッ!』


3Q太郎がどこか嬉しそうに囁き合う。都はくすくすと笑った。


『視聴者さーん、実は、こっくりさんは、こっくりさん自身のことを聞いてはいけないんですけど、今回は、この館に居る『白いなにか』の正体を解き明かすために、我々、禁断の質問をしてしまいまーすっ・・・!』


幸太郎が言う。


『こっくりさんこっくりさん、貴方は、この館に住んでいるんですか?』


都が十円玉を『はい』に動かす。


『こっくりさんこっくりさん、貴方のお名前はなんですか?』


『お し え な い』


『おしえないサンだって』

『やめんか馬鹿タレ』


竜太郎がふざけたように言ったのを、啓太郎が窘める。


『こっくりさんこっくりさん、この館に住んで何年になりますか?』


『お し え な い』


『こっくりさんこっくりさん、男の人ですか? 女の人ですか?』


都はジャスミンをちらりと見た。ジャスミンは興味が無いのか、仰向けになり、白目を剥き、豚のような鼾を掻いて寝ている。


『お ん な』


都はそう答えた。


『こっくりさんこっくりさん、貴方は何歳ですか?』


『15』


俺達はくすっと笑う。


『子供・・・? 中学生・・・?』

『ヤバくね? なんか、寒いんだけど・・・』

『ちょちょ、ちょっとさ、場を和ませようぜ。マジで怖いから、マジで』


なんだかんだ言いつつ、3Q太郎は楽しそうにしている。


『こっくりさんこっくりさん、啓太郎が、この館で働くメイドさんに恋をしてしまいました。この恋は成就するでしょうか?』


桜子のことだ。桜子は呆れた顔をする。


『いいえ』


『こっくりさんこっくりさん、啓太郎は年齢イコール彼女居ない歴なんですけど、今回も駄目ですか?』


『はい』


3Q太郎が鼻から息を吐くように笑う。


『こっくりさんこっくりさん、啓太郎はどうすれば彼女ができるでしょうか?』


『む ず か し い ご め ん な さ い』


耐え切れなくなったのか、3Q太郎は声を上げて笑った。


『十五歳には難しい質問だよな、そうだよな』

『難しいごめんなさいて、あんまりだろォ・・・!』

『恋バナしようぜ恋バナ。もっと和んでもらってからなら、打ち解けて色々喋ってくれるかもしんないし』


竜太郎の提案を採用し、若い男らしい恋愛相談から始まり、今後オカルト動画投稿者としてどうすれば成功するのかに繋がり、何故かその場で考えた一発ギャグを面白いと思うかどうかに質問がかわった。


『大分和んだ? そろそろ本題に戻す?』

『良いと思う。嫌な空気は感じないし』

『俺も良いと思う。聞いちゃえ聞いちゃえ』


都がにやりと笑う。


『こっくりさんこっくりさん、この館に泊まった人に、不思議な夢を見せているのは、貴方なんですか?』


都は十円玉を動かさない。


『・・・あれっ?』

『怒ったかな?』


すすっと素早く『はい』に十円玉を滑らせる。


『うわあーっ!?』


3Q太郎の悲鳴が揃った。ずずず、と都が十円玉を鳥居に戻す。


『やばっ・・・』

『やばいやばい』

『やばいやばいやばい!』


『ち よ う し に
 の つ て い る と
 し ぬ ぞ
 こ れ は
 け い こ く だ』


『調子に、乗っていると、死ぬぞ、これは、警告だ・・・』

『駄目だこれ、すぐにこっくりさんやめよう』

『もうやだよぉ! さっきまで優しかったじゃんかあ!』


竜太郎が情けない声を上げた。


『こっくりさんこっくりさん、ありがとうございました。お離れください』


動かない。


『こっくりさんこっくりさん、ありがとうございました。お離れください』


『いいえ』


『こっくりさんこっくりさん、ありがとうございました。お離れください』


動かない。

3Q太郎は困惑した顔で、視線を交差させる。怯えているのか、『撮れ高』のある映像が撮影できたと内心喜んでいるのか。


『・・・やばくね? お店の人呼ぶ?』

『もうちょっと説得してみよう』

『ヒヒィン! 早く終わらせてくれー・・・!』


3Q太郎が頷き合い、息を吸った。


『こっくりさんこっくりさ、』


ぐるぐるぐる、と都が十円玉で大きく円を描いた。3Q太郎の悲鳴が食堂に響き渡る。


『やばいやばいやばいやばいッ!!』

『指乗せ直せ指ッ!!』

『あーッ!! これ絶対呪われるッ!! 絶対呪われるッ!!』


3Q太郎は『途中で指を離してはいけない』というルールを破ってしまった。都は素早く、大きく小さく、十円玉で円を描き続ける。


『乗せらんないってッ!! 乗せらんないってッ!!』

『竜太郎ッ!! バッグの中にあるお札取ってッ!!』

『待って待って待って待ってッ!! ああああッ!!』


すう、と都が十円玉を持ち上げた。瞬間、3Q太郎が静かになる。都は、ぱあんっ、と紙に十円玉を叩きつけ、


『ま た ね』


と字をなぞると、ゆっくりと、鳥居に十円玉を移動させ、手を放した。


『・・・やばっ、やばっ』

『か、帰った・・・?』

『ううー・・・』


食堂は沈黙に満ち、俺達は笑いを噛み殺すのに必死になった。


「意ッ地悪な女だなァ」

「逆だろ、逆、逆。『ヘイロウ』を体内から取り出したらこいつらは霊的なものから身を護る術を失うんだから、警告してあげた都の優しいこと優しいこと」


直治は苦笑しながら、黙って酒を煽る。


「次は『ひとりかくれんぼ』ですかァ。ネットの掲示板が発祥なんでしたっけ?」

「『交霊術』の発祥の地が電子の海だなんて、時代の進化を感じますね」


千代は都のお気に入りのマスカットジュースを飲んでいる。桜子は上品に酒を飲んだ。


『・・・おい、おいっ! 今の、今の撮れたか!?』


幸太郎の喜ぶ声が食堂に響く。


『すッげえ!! 再生回数十万はいくだろ!!』


啓太郎も喜んでいる。


『早く機材片付けて部屋で確認しよう!!』


怖がりの竜太郎ですら嬉しくて仕方がないらしい。


「あらまあ。逞しいこと。どっかで命取りにならなきゃいいけどね」


そう言って、都は苦笑した。
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