三百話 重ねて
文字数 1,953文字
「・・・それが、この『聖』とやらですか」
地下室。直治様に拳で虐められ倒した聖とやらは、全裸で土下座させられていた。わたくしと千代さんが淳蔵様から説明を受けている間、ずっと。
「都が居ない今なら攻め落とせると思ったらしい。他の連中への『見せしめ』として、どうやって『飾る』か、皆で考えよう」
美代様がにこりと微笑む。恐ろしい人。
「取り敢えず乳房切り落としますぅ?」
さらりと提案する千代さんも恐ろしい。
「まッたく、なァにが『完璧な変身能力』なんだか。直治に一発でバレてボコボコにされたってのによ」
「『井の中の蛙大海を知らず』だな。こいつらの基準では完璧なんだろう」
「で? どうだ? 欲しがってた桜子の綺麗な顔を見た感想はよ」
聖は土下座したまま震えている。直治さんが舌打ちをして頭を思いっ切り踏むと、聖は呻き声を堪えるような音を出した。
「直治の夢の中に入れたのも、ジャスミンがそう見せかけただけ。まんまと罠に引っかかってこのザマだ。それを今日まで自分達の『調査不足のせい』だと思ってたんだから、傲慢ってのは幸せな感情だぜ」
「千代君も桜子君も、覚えているだろう? 都は俺達の力をおさえつけていた。『自分の身は自分で守りなさい。来る日になれば解放するから』と言ってね。こいつらは俺達の力を見誤って、馬鹿面さげてのこのことやってきたってわけだ」
美代様が指を広げ、手の上に緑色の炎を出現させる。
「おおッ! 綺麗ですねェ!」
千代さんの言葉に美代様は満足そうに微笑み、指を握り締めて炎を消した。
「さて・・・」
美代様が聖を、愚か者を見る。
「『聖』なんて大層な名前は捨てて、これから頑張ってくれよ、『看板』」
翌日。
わたくしは山の裾で看板を立てていた。
エノク語で『立入禁止』と書かれている。
淳蔵様の鴉が近くの木の枝にとまった。
『惨いなァ』
言葉とは裏腹に、声色は軽い。
「恐ろしかったですね、直治様と千代さん」
『どっちも溜め込んじまう性質だからなァ。まっ、舐めて乗り込んできたこいつの運が悪かったってことだ』
「運というより頭では?」
『仰る通りで』
「・・・あら、淳蔵様、鹿が居ますよ」
『結界』の中、鹿がこちらを見ている。
『雌の鹿だな』
「可愛いですね」
『都曰く、雌の鹿は『森の神秘』らしいぜ』
「何故です?」
『『そういう見た目をしてる』ってよ。どこまでも計算ずくで話す時もあれば、なんとなくで喋る時もある。あん時の都は後者だったな』
「十五歳ですからね。大人が驚くようなことを言う時もあれば、子供のようにお喋りすることもありますよ」
『ハハハッ! 確かになァ』
鹿は、ゆっくりと去っていった。
「淳蔵様」
『なんだ?』
「淳蔵様は美人、美代様は可愛い、直治様は格好良い、なんですよね?」
『みたいだな』
「千代さんはどうなのでしょう?」
『聞いたことねえの?』
「都様の口から直接聞いてしまったら、千代さんに嫉妬してしまいそうで、怖くて、その・・・」
『嫉妬? 『親友』と『恋人』じゃ全然違うだろ』
「こッ、恋人!?」
『お前のことそう呼んでたけど』
頬どころか全身が熱くなる。
『千代は『愛らしい』だとよ。美代がそれを聞いて『なんかムカつく』って言って千代を困らせてたな』
「そうですか・・・。千代さんは愛らしい・・・」
『・・・お前は?』
淳蔵様は知っているはずなのに、わたくしに聞いた。
「・・・綺麗、です」
都様の言葉を思い出す。
『私が抱いた女の中で、貴方が一等綺麗よ』
わたくしを虜にするための言葉に、わたくしは永遠に囚われている。偽りを含みながらも真実に違いないからだ。
『もう少し食べた方が良いわよ、桜子さん。血色が良くなれば貴方はもっと綺麗になるわ。日向ぼっこをして、沢山寝て、お喋りもね。もっと自分に自信を持っていいのよ?』
言葉を重ねて、
『新しい下着、似合ってるわよ。今度服も買ってあげる。遠慮しなくていいのよ。私が着せ替えて遊びたいだけなんだから。私だけの、綺麗なお人形さん』
肌を重ねて、
『怖い夢を見たの? いいよ、おいで。一緒に寝よう。私が守ってあげるよ、桜子さん』
やがてこころも。
・・・こころも、重ねられていたのだろうか。
不安になってしまう。
『桜子』
淳蔵様の声に私は瞬き、現実に戻る。
『身体が冷えるぜ。もう戻りな』
そう言うと、見張りの位置に戻っていく。私は看板を見た。都様の名を騙り、姿を真似た馬鹿な女。不敬極まりない。極刑に値する。いや極刑だ。
「・・・ふぅ」
吐く息が白い。都様に抱かれた時の熱を、都様に抱きしめられた時の温かさを思い出す。都様が帰ってきたら、沢山甘えよう。そして、沢山甘えてほしい。今日はわたくしが食事当番。都様が帰ってきたら、わたくしの作った食事を召し上がるかもしれない。今日の残りのお仕事も頑張らなくては。わたくしは館に戻るため、山を登った。
地下室。直治様に拳で虐められ倒した聖とやらは、全裸で土下座させられていた。わたくしと千代さんが淳蔵様から説明を受けている間、ずっと。
「都が居ない今なら攻め落とせると思ったらしい。他の連中への『見せしめ』として、どうやって『飾る』か、皆で考えよう」
美代様がにこりと微笑む。恐ろしい人。
「取り敢えず乳房切り落としますぅ?」
さらりと提案する千代さんも恐ろしい。
「まッたく、なァにが『完璧な変身能力』なんだか。直治に一発でバレてボコボコにされたってのによ」
「『井の中の蛙大海を知らず』だな。こいつらの基準では完璧なんだろう」
「で? どうだ? 欲しがってた桜子の綺麗な顔を見た感想はよ」
聖は土下座したまま震えている。直治さんが舌打ちをして頭を思いっ切り踏むと、聖は呻き声を堪えるような音を出した。
「直治の夢の中に入れたのも、ジャスミンがそう見せかけただけ。まんまと罠に引っかかってこのザマだ。それを今日まで自分達の『調査不足のせい』だと思ってたんだから、傲慢ってのは幸せな感情だぜ」
「千代君も桜子君も、覚えているだろう? 都は俺達の力をおさえつけていた。『自分の身は自分で守りなさい。来る日になれば解放するから』と言ってね。こいつらは俺達の力を見誤って、馬鹿面さげてのこのことやってきたってわけだ」
美代様が指を広げ、手の上に緑色の炎を出現させる。
「おおッ! 綺麗ですねェ!」
千代さんの言葉に美代様は満足そうに微笑み、指を握り締めて炎を消した。
「さて・・・」
美代様が聖を、愚か者を見る。
「『聖』なんて大層な名前は捨てて、これから頑張ってくれよ、『看板』」
翌日。
わたくしは山の裾で看板を立てていた。
エノク語で『立入禁止』と書かれている。
淳蔵様の鴉が近くの木の枝にとまった。
『惨いなァ』
言葉とは裏腹に、声色は軽い。
「恐ろしかったですね、直治様と千代さん」
『どっちも溜め込んじまう性質だからなァ。まっ、舐めて乗り込んできたこいつの運が悪かったってことだ』
「運というより頭では?」
『仰る通りで』
「・・・あら、淳蔵様、鹿が居ますよ」
『結界』の中、鹿がこちらを見ている。
『雌の鹿だな』
「可愛いですね」
『都曰く、雌の鹿は『森の神秘』らしいぜ』
「何故です?」
『『そういう見た目をしてる』ってよ。どこまでも計算ずくで話す時もあれば、なんとなくで喋る時もある。あん時の都は後者だったな』
「十五歳ですからね。大人が驚くようなことを言う時もあれば、子供のようにお喋りすることもありますよ」
『ハハハッ! 確かになァ』
鹿は、ゆっくりと去っていった。
「淳蔵様」
『なんだ?』
「淳蔵様は美人、美代様は可愛い、直治様は格好良い、なんですよね?」
『みたいだな』
「千代さんはどうなのでしょう?」
『聞いたことねえの?』
「都様の口から直接聞いてしまったら、千代さんに嫉妬してしまいそうで、怖くて、その・・・」
『嫉妬? 『親友』と『恋人』じゃ全然違うだろ』
「こッ、恋人!?」
『お前のことそう呼んでたけど』
頬どころか全身が熱くなる。
『千代は『愛らしい』だとよ。美代がそれを聞いて『なんかムカつく』って言って千代を困らせてたな』
「そうですか・・・。千代さんは愛らしい・・・」
『・・・お前は?』
淳蔵様は知っているはずなのに、わたくしに聞いた。
「・・・綺麗、です」
都様の言葉を思い出す。
『私が抱いた女の中で、貴方が一等綺麗よ』
わたくしを虜にするための言葉に、わたくしは永遠に囚われている。偽りを含みながらも真実に違いないからだ。
『もう少し食べた方が良いわよ、桜子さん。血色が良くなれば貴方はもっと綺麗になるわ。日向ぼっこをして、沢山寝て、お喋りもね。もっと自分に自信を持っていいのよ?』
言葉を重ねて、
『新しい下着、似合ってるわよ。今度服も買ってあげる。遠慮しなくていいのよ。私が着せ替えて遊びたいだけなんだから。私だけの、綺麗なお人形さん』
肌を重ねて、
『怖い夢を見たの? いいよ、おいで。一緒に寝よう。私が守ってあげるよ、桜子さん』
やがてこころも。
・・・こころも、重ねられていたのだろうか。
不安になってしまう。
『桜子』
淳蔵様の声に私は瞬き、現実に戻る。
『身体が冷えるぜ。もう戻りな』
そう言うと、見張りの位置に戻っていく。私は看板を見た。都様の名を騙り、姿を真似た馬鹿な女。不敬極まりない。極刑に値する。いや極刑だ。
「・・・ふぅ」
吐く息が白い。都様に抱かれた時の熱を、都様に抱きしめられた時の温かさを思い出す。都様が帰ってきたら、沢山甘えよう。そして、沢山甘えてほしい。今日はわたくしが食事当番。都様が帰ってきたら、わたくしの作った食事を召し上がるかもしれない。今日の残りのお仕事も頑張らなくては。わたくしは館に戻るため、山を登った。