二百七十五話 合い挽き
文字数 2,711文字
「あのばばあマジでムカつかね?」
「ムカつきますよね! 上から目線で自慢してきてめっちゃウザかったです!」
「喋り方もクッソキモいんだけど。アレわざとやってんだったら感性古過ぎでしょ。笑えるの通り越して哀れだわ」
「えーっ、哀れむなんて優しいですねえ。私はどうしても面白くって、キモいのにあの人のことつい見ちゃうんですよね」
「わかるわー。特にあの顔。絶対整形してるでしょ」
「胸もやってますよアレは」
「あんなのに騙されるんだから男って馬鹿だよね。特に長男の淳蔵。あいつ、なんの仕事してるか聞いた?」
「ぷっ、『運転手』ですよね?」
「あいつ馬鹿過ぎてやること無いからそういうことにしてんだよ。学歴聞いたら中卒って言ってたし」
「ええっ!? マジですか!?」
「マジマジ。つか直治も中卒だって。本人は高校中退って言ってたけど『それって中卒じゃん』って言わなかった自分を褒めてあげたいわ」
「中卒が上司とかマジサイテー」
「ホントにね! メイド長の千代も私より学歴下だし。私、自分より頭の悪い人に命令されて仕事するなんてマジで無理だわ。ストレスヤバい」
「我慢してる私達、ホント偉いですよねー」
「ね、偉いよねー。ねね、裕美子さん。良いこと思い付いたんだけどさ、ちょっと聞いてよ」
「なんですか?」
「あ、つ、ぞ、う、とぉ、な、お、じ。私と裕美子さんで落としちゃおうよ」
「えーっ!? 椿さん、本気で言ってますぅ?」
「本気も本気。超マジ。ほら、男って馬鹿だし、淳蔵と直治はその中でも最底辺の人間だから、私達が『教育』し直してあげんのよ。私達好みにね。あのクソばばあが別の男作って跡継ぎを作る前に、長男の淳蔵を教育して社長の地位に就かせて、裏では私達が実権を握んの。直治も教育して、千代と桜子は追い出す。で、多数決になったらさ、あっちは隠居のばばあと次男の美代、こっちは社長の淳蔵と管理人の直治と、二人の妻である私と裕美子さんでしょ? ばばあから全部取ったら逆恨みでなにしてくるかわかんないし、流石に可哀想だから、次男君とどっか行ってねー介護してもらってねーって感じでさ。どう?」
「すっご、壮大なお話ぃ。でも、ちょっと良いなーって思ってます」
「ね? 良いでしょ? 取り敢えず、試用期間が終わるまでは大人しくしてた方が得策かな。低学歴の人間の言うことを聞くのはストレス溜まるけど、お互い頑張ろうね」
「はい!」
「・・・とまあ、このような会話をしておりましたニャ」
千代が椿を、桜子が裕美子の演技を終える。淳蔵は物凄くうんざりした顔をして、美代は怒りが一周回って無表情になり、俺は馬鹿馬鹿し過ぎて、浅まし過ぎて卑し過ぎて、なんだかなにもかもが嫌になった。
「客室の掃除をする振りをして二人でコソコソ話しているようですねェ。私も桜子さんも二人に新しい仕事を教えようと思ってそれぞれ探していたら、客室の前でジャスミンが座り込んでいたので『どうしたんだろう?』と思って近付いたんです。そうしたら、遮音性が高いはずの壁からこォんな会話が擦り抜けて聞こえてきましたァ。報告は以上ですぅ!」
「で? 都ちゃん、なんか対応すんのかい?」
淳蔵の問いに都は首を少し傾げ、にんまりと笑う。右手には酒の入ったグラス。昼間にべろべろに酔っぱらったあとに一度寝て、起きてからまた飲み直しているので酒の回りが早いようだ。
「んー、どうしようかなあ」
「二人共文字通りミンチにして『仲良し合い挽き肉』にしちゃう?」
「こえーよ美代・・・」
美代が馬鹿にしたように短く息を吐いて笑い、酒の入ったグラスを傾ける。
「落とすとか取るとか教育し直すとか、シャクレがなに言ってんだって感じだな」
口が悪い。機嫌が悪いからだ。こんな話を聞けば機嫌も悪くなる。
「シャクレてんの? どっちが?」
「猿」
「へー、次会った時はよく見てみるかね」
「お前、何年経ってもその悪癖どうにもならねえな」
「一時期は『相貌失認』も疑われたなァ」
「覚える必要のある相手の顔と名前は覚えられるんだよなあ」
「そりゃあ仕事だからな。プライベートはちょっと、他人に興味が無いので」
「好き嫌いや損得の土俵にすら上がらせてもらえないの、ある意味一番酷いかもな」
二人の話を聞きながら酒を飲み、ちら、と都を見る。都は俺に見られていることに気付くと、視線を少し逸らした。
昼間、『都の細さを確かめに行く』と言って談話室を出たあと。
俺は都の部屋に行き、ノックをした。酔っぱらって間延びした声で返答があったので部屋に入り、鍵をかける。
「あは、送り狼だあ」
「こら。なに飲み直してんだよ」
「駄目?」
「駄目。寝なさい」
「エヘ、はぁい」
都は寝室に行くために背を向ける。俺は自分の首輪を撫でて、声も無く、少しだけ自虐的に笑った。都は俺が居るのに無防備に服を脱いで、寝巻に着替える。脱いだ服はベッドにばさばさと捨てた。
「こらこら」
俺が畳み直す。と、スカートのポケットからハンカチがはみ出ていた。
「あ、手品思い付いた。ハンカチちょうだい」
都がそんなことを言う。俺はハンカチを取り出して都に渡した。
「直治、後ろを向いて手首をくっつけて」
「はいはい・・・」
パワーのある酔っ払いに逆らっても良いことは無い。悪戯するつもりが悪戯されてしまっているが、自業自得なので甘んじて受け入れた。
「じゃーん! 筋骨隆々の大男を、布切れ一枚で封じてみせました!」
「成程、こりゃ凄い」
「エヘヘェ」
都が俺に抱き着き、ゆっくりと押し倒す。
「これで悪戯し放題」
そう言って、にやりと笑う。
「油断大敵」
俺は指輪の『スイッチ』を入れ、長く変化した舌を都の首にぐるりと巻き付けてから口の中に無理やり突っ込んだ。都は俺の胸板を押して抵抗する。俺は手を縛られたまま起き上がり、都を押し倒し返した。都の口から舌を抜き、首から解いて、俺の口の中に戻す。
「悪戯しちゃいけません」
「ご、ごめんなさい・・・」
「寝なさい」
「おやすみなさい・・・」
俺は身を起こし、両の親指を蛇にかえて隙間を作り、ハンカチから手を抜く。結び目を解いて丁寧に畳み、都の服の上に置くと、何事も無かったように部屋を出た。
「そういや桜子、経歴詐称って聞いたけど、どこ出てる設定なんだ?」
「〇〇女学院です」
「おー、成程。お金持ちのお嬢様設定なのか?」
「はい。都様の父親とわたくしの父親は先輩後輩であり、わたくしは父の勧めで行儀見習いとして一条家で奉公している設定です」
「よくできた設定だなァ」
都がくすっと笑った。
「下種同士、あの世で仲良くやってるでしょうね」
淳蔵が少し、言葉を詰まらせる。
「きっと『仲良し合い挽き肉』でしょうね」
桜子も都と同じく、くすっと笑い、そう言った。
「ムカつきますよね! 上から目線で自慢してきてめっちゃウザかったです!」
「喋り方もクッソキモいんだけど。アレわざとやってんだったら感性古過ぎでしょ。笑えるの通り越して哀れだわ」
「えーっ、哀れむなんて優しいですねえ。私はどうしても面白くって、キモいのにあの人のことつい見ちゃうんですよね」
「わかるわー。特にあの顔。絶対整形してるでしょ」
「胸もやってますよアレは」
「あんなのに騙されるんだから男って馬鹿だよね。特に長男の淳蔵。あいつ、なんの仕事してるか聞いた?」
「ぷっ、『運転手』ですよね?」
「あいつ馬鹿過ぎてやること無いからそういうことにしてんだよ。学歴聞いたら中卒って言ってたし」
「ええっ!? マジですか!?」
「マジマジ。つか直治も中卒だって。本人は高校中退って言ってたけど『それって中卒じゃん』って言わなかった自分を褒めてあげたいわ」
「中卒が上司とかマジサイテー」
「ホントにね! メイド長の千代も私より学歴下だし。私、自分より頭の悪い人に命令されて仕事するなんてマジで無理だわ。ストレスヤバい」
「我慢してる私達、ホント偉いですよねー」
「ね、偉いよねー。ねね、裕美子さん。良いこと思い付いたんだけどさ、ちょっと聞いてよ」
「なんですか?」
「あ、つ、ぞ、う、とぉ、な、お、じ。私と裕美子さんで落としちゃおうよ」
「えーっ!? 椿さん、本気で言ってますぅ?」
「本気も本気。超マジ。ほら、男って馬鹿だし、淳蔵と直治はその中でも最底辺の人間だから、私達が『教育』し直してあげんのよ。私達好みにね。あのクソばばあが別の男作って跡継ぎを作る前に、長男の淳蔵を教育して社長の地位に就かせて、裏では私達が実権を握んの。直治も教育して、千代と桜子は追い出す。で、多数決になったらさ、あっちは隠居のばばあと次男の美代、こっちは社長の淳蔵と管理人の直治と、二人の妻である私と裕美子さんでしょ? ばばあから全部取ったら逆恨みでなにしてくるかわかんないし、流石に可哀想だから、次男君とどっか行ってねー介護してもらってねーって感じでさ。どう?」
「すっご、壮大なお話ぃ。でも、ちょっと良いなーって思ってます」
「ね? 良いでしょ? 取り敢えず、試用期間が終わるまでは大人しくしてた方が得策かな。低学歴の人間の言うことを聞くのはストレス溜まるけど、お互い頑張ろうね」
「はい!」
「・・・とまあ、このような会話をしておりましたニャ」
千代が椿を、桜子が裕美子の演技を終える。淳蔵は物凄くうんざりした顔をして、美代は怒りが一周回って無表情になり、俺は馬鹿馬鹿し過ぎて、浅まし過ぎて卑し過ぎて、なんだかなにもかもが嫌になった。
「客室の掃除をする振りをして二人でコソコソ話しているようですねェ。私も桜子さんも二人に新しい仕事を教えようと思ってそれぞれ探していたら、客室の前でジャスミンが座り込んでいたので『どうしたんだろう?』と思って近付いたんです。そうしたら、遮音性が高いはずの壁からこォんな会話が擦り抜けて聞こえてきましたァ。報告は以上ですぅ!」
「で? 都ちゃん、なんか対応すんのかい?」
淳蔵の問いに都は首を少し傾げ、にんまりと笑う。右手には酒の入ったグラス。昼間にべろべろに酔っぱらったあとに一度寝て、起きてからまた飲み直しているので酒の回りが早いようだ。
「んー、どうしようかなあ」
「二人共文字通りミンチにして『仲良し合い挽き肉』にしちゃう?」
「こえーよ美代・・・」
美代が馬鹿にしたように短く息を吐いて笑い、酒の入ったグラスを傾ける。
「落とすとか取るとか教育し直すとか、シャクレがなに言ってんだって感じだな」
口が悪い。機嫌が悪いからだ。こんな話を聞けば機嫌も悪くなる。
「シャクレてんの? どっちが?」
「猿」
「へー、次会った時はよく見てみるかね」
「お前、何年経ってもその悪癖どうにもならねえな」
「一時期は『相貌失認』も疑われたなァ」
「覚える必要のある相手の顔と名前は覚えられるんだよなあ」
「そりゃあ仕事だからな。プライベートはちょっと、他人に興味が無いので」
「好き嫌いや損得の土俵にすら上がらせてもらえないの、ある意味一番酷いかもな」
二人の話を聞きながら酒を飲み、ちら、と都を見る。都は俺に見られていることに気付くと、視線を少し逸らした。
昼間、『都の細さを確かめに行く』と言って談話室を出たあと。
俺は都の部屋に行き、ノックをした。酔っぱらって間延びした声で返答があったので部屋に入り、鍵をかける。
「あは、送り狼だあ」
「こら。なに飲み直してんだよ」
「駄目?」
「駄目。寝なさい」
「エヘ、はぁい」
都は寝室に行くために背を向ける。俺は自分の首輪を撫でて、声も無く、少しだけ自虐的に笑った。都は俺が居るのに無防備に服を脱いで、寝巻に着替える。脱いだ服はベッドにばさばさと捨てた。
「こらこら」
俺が畳み直す。と、スカートのポケットからハンカチがはみ出ていた。
「あ、手品思い付いた。ハンカチちょうだい」
都がそんなことを言う。俺はハンカチを取り出して都に渡した。
「直治、後ろを向いて手首をくっつけて」
「はいはい・・・」
パワーのある酔っ払いに逆らっても良いことは無い。悪戯するつもりが悪戯されてしまっているが、自業自得なので甘んじて受け入れた。
「じゃーん! 筋骨隆々の大男を、布切れ一枚で封じてみせました!」
「成程、こりゃ凄い」
「エヘヘェ」
都が俺に抱き着き、ゆっくりと押し倒す。
「これで悪戯し放題」
そう言って、にやりと笑う。
「油断大敵」
俺は指輪の『スイッチ』を入れ、長く変化した舌を都の首にぐるりと巻き付けてから口の中に無理やり突っ込んだ。都は俺の胸板を押して抵抗する。俺は手を縛られたまま起き上がり、都を押し倒し返した。都の口から舌を抜き、首から解いて、俺の口の中に戻す。
「悪戯しちゃいけません」
「ご、ごめんなさい・・・」
「寝なさい」
「おやすみなさい・・・」
俺は身を起こし、両の親指を蛇にかえて隙間を作り、ハンカチから手を抜く。結び目を解いて丁寧に畳み、都の服の上に置くと、何事も無かったように部屋を出た。
「そういや桜子、経歴詐称って聞いたけど、どこ出てる設定なんだ?」
「〇〇女学院です」
「おー、成程。お金持ちのお嬢様設定なのか?」
「はい。都様の父親とわたくしの父親は先輩後輩であり、わたくしは父の勧めで行儀見習いとして一条家で奉公している設定です」
「よくできた設定だなァ」
都がくすっと笑った。
「下種同士、あの世で仲良くやってるでしょうね」
淳蔵が少し、言葉を詰まらせる。
「きっと『仲良し合い挽き肉』でしょうね」
桜子も都と同じく、くすっと笑い、そう言った。