四十九話 爆笑

文字数 1,939文字

「直治様ァ! お疲れ様でしたァ!」

「お疲れ。ちょっと話がある」

「はい!」

「夏季休暇どうする? 都が五日間やるって、」

「いりません!」


千代は即答した。


「いや、いるだろ」

「私、拾っていただいただけではなく! 終身雇用まで約束していただいた都様をヒッジョーに尊敬しております! 勤務内容も! 一条家の皆様と雅さんのお願いを最優先で実行し、直治様の指示を受ける以外は、掃除などのスケジュールを一任されていることを、ヒッジョーに嬉しく思っておりまァす!」

「お、おう」

「し! か! も! 出勤時間朝七時、退勤時間夜八時、休憩は取り放題! なんなら都様のお話の相手をさせていただいているだけでお賃金が出る! もう働いているだけで滅茶苦茶幸せですゥ! どうしても休暇をとれというのなら、その分、お賃金に換算してくださいませェ!」

「お、お前マジか・・・」

「はい!」

「あの、一応言っておく。雅と遊んでやったりしないのか? あいつお前を慕ってるだろ?」

「そちらの方がよろしいのでしたら、夏季休暇を頂きますぅ!」

「お前達、その、親友のような関係じゃあなかったか?」

「はい! とても仲良くさせていただいております! ですので! 夏季休暇を使って雅さんを遊びに連れて行けと仰るのなら! そういう使い方でも私は全ッ然構いませんのでェ! 雇い主の都様がお決めくださいませェ! 私の発言はあくまでも希望! です!」

「ふっ、くっくっく・・・」


雅が知ったらどんなに悔しがるだろう。いい気味だ。


「わ、わかった。都と雅の意見も聞いてくるから、あしっ、明日どうするか決めようっ・・・」

「あの、すみませェン! ちょっと都様への想いを口にしたらテンション上がってしまいましてェ!」

「千代。お前は、俺がこの館にやって来てから接したメイドの中で、一番良いメイドだ。自信を持ってくれ」

「えぇ!? ありっ、ありがとうございますぅ!!」

「俺、ちょっと淳蔵と美代に話があるから、事務室にはもう居ない。ゆっくり休んでくれ」

「はい! 失礼しまァす!」


俺は淳蔵と美代の部屋を周り、二人を呼び出すと、都の部屋へ向かった。


「あいつ、あの声とテンションでっ、ペラペラと、言ってのかすんだよ!」

「おもしろそー、生で聞きたかったな」

「耳にこびりついてとれねえんだっ、な、なんとかしてくれ」

「直治がこんだけ笑うってどんだけ面白かったんだよ・・・」

「マジでっ、録音すべきだったっ、ふ、っくっく・・・」

「あいつ喋ってるだけで面白いもんな」

「今度徹底討論してみるか」


珍しく飲んでいる酒が効いているのか、ぽやんとした表情の都がコクコクと頷いた。


「ちよさんは良い子らよ・・・。みやびしゃんがあそびたいなら、思い出作りに、あそばせてあげなしゃい・・・」

「あらあら、都たん、おねむでちゅかぁ?」


淳蔵が都の手からグラスを取り上げて口付ける。美代が眉毛を釣り上げた。


「酔った女襲うなんてサイテー」

「んぅ、あつぞぉ、ねむい・・・」

「おー、よしよし。俺の腕枕で寝ましょうねぇ」

「あッ! てめッ!」

「へへ、じゃあな」


ぐでんぐでんの都を抱えて勝ち誇った笑みを浮かべると、淳蔵は寝室に消えていった。俺は同衾していたことがバレたときの恥ずかしさを思い出して、冷静になった。


「クソが! 直治! お前どうやって一緒に寝ることになったんだよ!」

「恥ずかしいから言わない」

「急に冷静になるな!」

「素直に一緒に寝てくださいって言えばいいだろ」

「言ったのか?」

「さあ?」

「ッたくどいつもこいつも!」

「あー、笑った笑った。二週間分くらい笑った。おやすみ、良い夢見ろよ」

「どーも!」


翌日。休憩時間に談話室に向かい、雑誌を読んでいる淳蔵の対面に座る。美代は今日も雅に勉強を教えている。


「美代、いいか?」

「昨日の話?」

「おう」

「雅、勉強は中断だ」

「え?」

「雅」


俺が名前を呼ぶと、ぎこちなく反応した。ここ最近は邪険に扱っているので仕方がない。


「千代に夏季休暇、夏休みをやろうと思う。五日間だ。お前が千代と遊びたいのなら、千代はお前を連れて出掛ける予定だそうだ。どうする、千代と遊びたいか?」

「えっ! 千代と遊んでいいの!?」

「そうだ」

「わ、私・・・」


雅は首を横に振った。


「私、勉強する!」


美代がにやっと笑った。


「勉強して、高校卒業したら就職して、一人暮らしして、都さんに私は立派だってところみせるんだから!」

「大学行かないの?」

「そこまでお世話になれないもん。お爺ちゃん達、お金無いの知ってるし。それに、」

「それに?」

「働いて貯めたお金で、いつでも大学は行けるから!」


美代の地雷を踏んだ。淳蔵が雑誌の向こうで焦った表情をしている。


「じゃ、頑張って勉強しないとね」


美代が堪えたので、俺と淳蔵はほっと息を吐いた。
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