二百四十九話 雄
文字数 2,096文字
朝食の席に都は参加しなかった。3Q太郎は『今夜こっくりさんをする』という話で盛り上がっている。指輪の『スイッチ』を何度入れてみても、3Q太郎は普通の人間にしか見えない。楽しそうに千代と桜子と肉にするメイドに話しかける声を聞きながら、俺は少しだけ溜息を吐いた。
部屋に戻る。
「淳蔵、おかえり」
「おお、吃驚した」
都が俺のベッドに腰掛けていた。長い髪は価値の無い物を扱うように、都の横に畳んで置かれている。その横に大きな紙袋もあった。
「朝からごめんね。髪の毛を切ってほしくて」
「・・・ちょっと話をしてからな」
俺は都の横に腰掛けた。都は勘付いて、話を逸らそうとした。ぴったりと身体をくっつけるように座り直し、シャツ越しに俺の胸板に手を這わせたあと、器用に片手でボタンを外す。するり、と潜り込ませようとした手を掴んで、俺は手首に噛み付いた。都は文字通り、飼い犬に手を噛まれて吃驚している。
「話をするっつったんだよ」
ねっとりと手首を舐め上げながら横目で都を睨み付けると、都は薄く唇を開けて顔を真っ赤にした。この変態おじさん、不意打ちに弱い。手を引っ張って体勢を崩させ、肩を押して仰向けにベッドに縫い付ける。俺が覆い被さると、俺の髪がカーテンになって光を遮った。
「あ、淳蔵、話を、」
「おや? 社長がピロートークをお望みなのではないのですか?」
返事をする隙を与えず、唇に噛み付くようにキスをする。都は俺の肩を手で押し返そうとしたが、こんな柔らかい力じゃ抵抗にもなっていない。
おかしな関係だ。
都は俺の母親で、会社の社長で、命の恩人で、ご主人様で、女王様だ。俺の身体に、都の指と舌が触れていない部分は無い。都に命令されたら、どんなに恥ずかしいことでもやってしまう。都からの行為では『強姦』が成立しない程、俺は都を愛している。なのに、時々こうやって、都は俺が『雄』であることを思い出させるようなことをする。
首筋を舐めると、味蕾の一つ一つが快楽の味を感じて、舐めているだけで気持ちが良い。甘い悲鳴を噛み殺されると、意地悪して歯を立てたくなる。ふんわりと纏う香水のにおいに混じる、都自身の肌のにおい。興奮してどうにかなりそうだ。俺は都のブラウスを脱がせるために身を起こし、両手でボタンを外し始める。
「あ、淳蔵! 駄目!」
「大人しくしてろ」
ぱち、ぱち、ぱち、と三つ目のボタンを外した瞬間、都の白い肌の上をするりと滑って、黒いうねりが飛び出してきた。
「おっと」
直治の蛇だ。噛み付かれるすんでのところで捕まえる。相当怒っているらしく、顎を大きく開きながら身を捩り、俺の手首に絡まってきた。
どんどんどんどんッ。
ノック、というには乱暴過ぎる音。
「だから『駄目』って言ったのに」
都が俺の手から直治を取ると、胸元に優しく押し当てる。直治は都の肌を這い、胸の谷間から服の中に戻っていった。
どんどんどんどんッ。
俺が都の身体の上から退くと、都は起き上がってブラウスのボタンを留め始める。俺はドアを壊される前に、ドアを開けた。
「悪い悪い。お前が居るの忘れてたわ」
直治は腕を組みながら怒りで筋肉を隆起させ、唇だけは笑いながら俺を睨み付ける。
「なんの騒ぎ?」
部屋の外から美代の声が聞こえた。直治が乱暴にドアを叩く音を聞きつけて事務室から出てきたのだろう。都が紙袋を抱えて俺の部屋を出ていこうとしたので、俺も直治も身体を躱して道を作った。
「美代、髪の毛切ってくれない?」
「切っちゃうの? 勿体ないなあ・・・」
ぱたん、とドアが閉まる音が聞こえた。直治が俺に向き直る。
「で? なにをしていた?」
「怖い顔しないでくださいよ管理人さん。女社長が職権乱用して『セクハラ』してくるから、あんまり男を揶揄わない方がいいって教えただけですよ」
「そうですかそうですか運転手さん。社長の好意を無下にするなんて、いい度胸してますね」
「もうしませんから許してくださいよ、ね?」
「何枚目の舌ですか?」
「二枚目です」
お互い、笑いながら睨み合う。
かちゃ、かちゃ、かちゃ。
独特の足音を立てながらジャスミンが階段を登ってきて、俺と直治の間に入ると腹を出して寝転がり、ニパッと笑いながら尻尾を振る。二人で無言でジャスミンを見つめて、数秒。直治はなにも言わず、俺を一瞥すらせず階段を降りて仕事に戻っていった。俺も部屋に戻り、ベッドに腰掛け直す。
「やっちまったなァ・・・」
膝に肘をつき、手で顎を添えて独り言つ。
全てを知ろうとするな、全て知ってもらおうとするな。
偉そうに説教したくせに、都に事情を聴き出して、俺の気持ちを知ってもらおうとしてしまった。唇を舐めて、都とキスした余韻を味わう。小さな、それでいて漠然とした不安から、なんとか意識を逸らしたかった。
「・・・むっつりすけべめ」
直治の野郎、見せつけたのか自然とそうしているのか、胸の谷間から服の中に帰っていきやがった。あんなぷにぷにふわふわの物体に挟まれたら地獄からでも天国に行けちまう。正直羨ましい。
「あーあ・・・。あーあーあー・・・。俺は馬鹿な男だよ・・・」
朝のパトロールの時間だ。気持ちを切り替え、窓を開け、俺は鴉を飛ばした。
部屋に戻る。
「淳蔵、おかえり」
「おお、吃驚した」
都が俺のベッドに腰掛けていた。長い髪は価値の無い物を扱うように、都の横に畳んで置かれている。その横に大きな紙袋もあった。
「朝からごめんね。髪の毛を切ってほしくて」
「・・・ちょっと話をしてからな」
俺は都の横に腰掛けた。都は勘付いて、話を逸らそうとした。ぴったりと身体をくっつけるように座り直し、シャツ越しに俺の胸板に手を這わせたあと、器用に片手でボタンを外す。するり、と潜り込ませようとした手を掴んで、俺は手首に噛み付いた。都は文字通り、飼い犬に手を噛まれて吃驚している。
「話をするっつったんだよ」
ねっとりと手首を舐め上げながら横目で都を睨み付けると、都は薄く唇を開けて顔を真っ赤にした。この変態おじさん、不意打ちに弱い。手を引っ張って体勢を崩させ、肩を押して仰向けにベッドに縫い付ける。俺が覆い被さると、俺の髪がカーテンになって光を遮った。
「あ、淳蔵、話を、」
「おや? 社長がピロートークをお望みなのではないのですか?」
返事をする隙を与えず、唇に噛み付くようにキスをする。都は俺の肩を手で押し返そうとしたが、こんな柔らかい力じゃ抵抗にもなっていない。
おかしな関係だ。
都は俺の母親で、会社の社長で、命の恩人で、ご主人様で、女王様だ。俺の身体に、都の指と舌が触れていない部分は無い。都に命令されたら、どんなに恥ずかしいことでもやってしまう。都からの行為では『強姦』が成立しない程、俺は都を愛している。なのに、時々こうやって、都は俺が『雄』であることを思い出させるようなことをする。
首筋を舐めると、味蕾の一つ一つが快楽の味を感じて、舐めているだけで気持ちが良い。甘い悲鳴を噛み殺されると、意地悪して歯を立てたくなる。ふんわりと纏う香水のにおいに混じる、都自身の肌のにおい。興奮してどうにかなりそうだ。俺は都のブラウスを脱がせるために身を起こし、両手でボタンを外し始める。
「あ、淳蔵! 駄目!」
「大人しくしてろ」
ぱち、ぱち、ぱち、と三つ目のボタンを外した瞬間、都の白い肌の上をするりと滑って、黒いうねりが飛び出してきた。
「おっと」
直治の蛇だ。噛み付かれるすんでのところで捕まえる。相当怒っているらしく、顎を大きく開きながら身を捩り、俺の手首に絡まってきた。
どんどんどんどんッ。
ノック、というには乱暴過ぎる音。
「だから『駄目』って言ったのに」
都が俺の手から直治を取ると、胸元に優しく押し当てる。直治は都の肌を這い、胸の谷間から服の中に戻っていった。
どんどんどんどんッ。
俺が都の身体の上から退くと、都は起き上がってブラウスのボタンを留め始める。俺はドアを壊される前に、ドアを開けた。
「悪い悪い。お前が居るの忘れてたわ」
直治は腕を組みながら怒りで筋肉を隆起させ、唇だけは笑いながら俺を睨み付ける。
「なんの騒ぎ?」
部屋の外から美代の声が聞こえた。直治が乱暴にドアを叩く音を聞きつけて事務室から出てきたのだろう。都が紙袋を抱えて俺の部屋を出ていこうとしたので、俺も直治も身体を躱して道を作った。
「美代、髪の毛切ってくれない?」
「切っちゃうの? 勿体ないなあ・・・」
ぱたん、とドアが閉まる音が聞こえた。直治が俺に向き直る。
「で? なにをしていた?」
「怖い顔しないでくださいよ管理人さん。女社長が職権乱用して『セクハラ』してくるから、あんまり男を揶揄わない方がいいって教えただけですよ」
「そうですかそうですか運転手さん。社長の好意を無下にするなんて、いい度胸してますね」
「もうしませんから許してくださいよ、ね?」
「何枚目の舌ですか?」
「二枚目です」
お互い、笑いながら睨み合う。
かちゃ、かちゃ、かちゃ。
独特の足音を立てながらジャスミンが階段を登ってきて、俺と直治の間に入ると腹を出して寝転がり、ニパッと笑いながら尻尾を振る。二人で無言でジャスミンを見つめて、数秒。直治はなにも言わず、俺を一瞥すらせず階段を降りて仕事に戻っていった。俺も部屋に戻り、ベッドに腰掛け直す。
「やっちまったなァ・・・」
膝に肘をつき、手で顎を添えて独り言つ。
全てを知ろうとするな、全て知ってもらおうとするな。
偉そうに説教したくせに、都に事情を聴き出して、俺の気持ちを知ってもらおうとしてしまった。唇を舐めて、都とキスした余韻を味わう。小さな、それでいて漠然とした不安から、なんとか意識を逸らしたかった。
「・・・むっつりすけべめ」
直治の野郎、見せつけたのか自然とそうしているのか、胸の谷間から服の中に帰っていきやがった。あんなぷにぷにふわふわの物体に挟まれたら地獄からでも天国に行けちまう。正直羨ましい。
「あーあ・・・。あーあーあー・・・。俺は馬鹿な男だよ・・・」
朝のパトロールの時間だ。気持ちを切り替え、窓を開け、俺は鴉を飛ばした。