百二十六話 何者?
文字数 2,145文字
「都さん、お久しぶりですね」
「ええ。最後にお会いしたのは・・・。露木さんが三十代の頃かしら?」
「なかなか会いに来られなくて申し訳ない。お世話になったというのに」
「いえいえ。お忙しいでしょう? こうして会いに来てくださっただけでも、光栄ですわ」
「ハハハ。貴方の淹れる紅茶は、相変わらず美味しいですね・・・」
「ウフフ。ありがとうございます・・・」
白木は汗をだらだらと流しながら、目だけ笑っていない笑みで重圧に堪えていた。淳蔵は涼しい顔で、俺と直治はちょっと緊張して二時間程の時間を過ごした。露木が帰っていくのを都が見送り、都が談話室に戻ってくると、白木は立ち上がり、黙って頭を下げ、チェックアウトの手続きをして帰っていった。
「ああいうタイプはね」
都がしなやかな指を顔の前で組む。
「おさえつけると反発するのよ」
かちゃかちゃ。ジャスミンの足音。
「ゴムのボールみたいにね」
ジャスミンは都の太腿に、ぺっ、とピンク色のゴムボールを吐き出した。
「暫くは大人しい、というより、こそこそと頑張るでしょう。次に姿を見るのはいつかしら。では皆様、ご機嫌あそばせ」
「ご機嫌あそばせませませェ!」
都が談話室を出て、千代がそれを見送り、ぺこりとお辞儀をすると仕事に戻っていった。
「淳蔵」
「なんだ?」
「お前、なんで全く緊張せずにいられたんだよ」
淳蔵はすっかり表情を崩し、いつもの、少し人を馬鹿にしたような顔で長い足を組む。
「いや? 俺も緊張してたけど」
「いつも通りだったじゃないか」
「そうかね?」
淳蔵は肩を竦めた。
「で、美代。警察内部にはあと何人内通している人間が居るんだ?」
「教えてもらえなかった」
「ほほお。いろーんな金持ちやお高い御身分の方がこぞって夢を見に来るのは知ってたけど、まさかあんな人間まで居たとはねえ・・・」
「最後にあったのが三十代の頃ってことは、出世する大分前から交流があったってことだな」
「何人居るんだろうなァそういうの・・・」
俺と淳蔵がそう会話していると、直治が顎を抓んで首を傾げた。
「都は一体何歳なんだ?」
俺は首を横に振る。知らない、わからない。
「・・・あー」
淳蔵は知っている。俺達が喰い付かないわけがなかった。
「幾つだ」
「幾つだ」
「っだー、わかったわかったって。お前ら、幻滅すんなよ?」
淳蔵は都の大学の卒業証明書に書かれていた年を教える。
「てことは・・・」
俺がそこから都の生まれた年を逆算して、都の年齢を呟いた。呟いたあとに吃驚して自分の口を手でおさえる。直治は顔を顰めた。
「・・・な? なんで都が大学に拘ったのか、わかるだろ? 当時、大学っていえばとてつもない『ステータス』なわけだ」
「やっべー、俺、都のこと知れば知るほど好きになるわ・・・。親近感がわく・・・」
「直治はどうだ? 幻滅したか?」
「ンなわけないだろ! アホか!」
直治はちょっと怒って、テーブルを軽く叩く。
「いや、しかし、難しい時代を生き抜いているんだな・・・」
そう言って、直治は顰めた顔を元に戻した。
「ついでにちょっと悲しい話、教えてやるよ」
淳蔵は目を伏せた。長い睫毛が影を作る。
「都は『外』に出られないし、父親のせいで肉を喰わなくちゃいけなくなった。だからメイドをとっかえひっかえしながら『外』の情報や文化を仕入れつつ、自分でメイドを、ハハ、二つの意味で『さばいて』生きていたんだ。その間、ずーっとひとりぼっち。だから俺達が息子になった時、天にも昇る気持ちになったと同時に、好かれなかったらどうしようと地獄の底に叩きつけられた気持ちになったらしいぞ」
俺は唇を噛み締める。直治は溜息を吐いて顔を横に振る。
「取り繕っても仕方がないから、自然体で接するって決めてたらしいけどな。自然体であんな良い女なんだ。惚れない方がどうかしてるけどな」
「・・・そうだな」
「だな」
俺達は頷いた。
「うーん、都の部屋に突撃してこようかな」
「抜け駆けはいけないぜ弟よ」
「・・・全員で酒持っていくか?」
「じゃ、言い出しっぺの俺が許可とってみるよ」
プライベート用の携帯で、都に連絡を取ってみる。
『皆で今からお酒飲みませんか?』
『よい焼酎を揃えてお待ちしております』
「・・・だって」
「うーん、最高」
「早く行こう」
都の部屋に行き、いつもの配置で座り、酒を飲む。
「白木の事を聞きに来たの?」
「ううん。皆で甘えに来た」
「あら」
都が嬉しそうに笑う。
「直治、千代さん、毎週水曜日と土曜日はお休みにしてるわよね?」
「してる」
「第二、第四水曜日に料理教室に行きたいんですって。淳蔵、車を出してあげてくれない?」
「わかった」
「あとねえ、大阪に旅行に行ってみたいって言ってたから、直治、貴方からさりげなく聞いてあげてくれない?」
「わかった」
「千代さんもたまには『外』に出ないとね」
都は『外』からの接触は選り好みするのに、俺達が『外』に出るのは積極的に勧める。『私の相手ばかりだと息が詰まるでしょう』という理由らしいが、俺は許されるならいつまでも都にべたべたひっついていたい。
「・・・前々から思ってたんだけど、貴方達もたまには遊びに行ったりとか、」
『行きません』
「うーん、でもね? 仕事で出るばっかりじゃ窮屈でしょうし刺激が足りな、」
『行きません』
三人の声が重なると、都は苦笑した。
「ええ。最後にお会いしたのは・・・。露木さんが三十代の頃かしら?」
「なかなか会いに来られなくて申し訳ない。お世話になったというのに」
「いえいえ。お忙しいでしょう? こうして会いに来てくださっただけでも、光栄ですわ」
「ハハハ。貴方の淹れる紅茶は、相変わらず美味しいですね・・・」
「ウフフ。ありがとうございます・・・」
白木は汗をだらだらと流しながら、目だけ笑っていない笑みで重圧に堪えていた。淳蔵は涼しい顔で、俺と直治はちょっと緊張して二時間程の時間を過ごした。露木が帰っていくのを都が見送り、都が談話室に戻ってくると、白木は立ち上がり、黙って頭を下げ、チェックアウトの手続きをして帰っていった。
「ああいうタイプはね」
都がしなやかな指を顔の前で組む。
「おさえつけると反発するのよ」
かちゃかちゃ。ジャスミンの足音。
「ゴムのボールみたいにね」
ジャスミンは都の太腿に、ぺっ、とピンク色のゴムボールを吐き出した。
「暫くは大人しい、というより、こそこそと頑張るでしょう。次に姿を見るのはいつかしら。では皆様、ご機嫌あそばせ」
「ご機嫌あそばせませませェ!」
都が談話室を出て、千代がそれを見送り、ぺこりとお辞儀をすると仕事に戻っていった。
「淳蔵」
「なんだ?」
「お前、なんで全く緊張せずにいられたんだよ」
淳蔵はすっかり表情を崩し、いつもの、少し人を馬鹿にしたような顔で長い足を組む。
「いや? 俺も緊張してたけど」
「いつも通りだったじゃないか」
「そうかね?」
淳蔵は肩を竦めた。
「で、美代。警察内部にはあと何人内通している人間が居るんだ?」
「教えてもらえなかった」
「ほほお。いろーんな金持ちやお高い御身分の方がこぞって夢を見に来るのは知ってたけど、まさかあんな人間まで居たとはねえ・・・」
「最後にあったのが三十代の頃ってことは、出世する大分前から交流があったってことだな」
「何人居るんだろうなァそういうの・・・」
俺と淳蔵がそう会話していると、直治が顎を抓んで首を傾げた。
「都は一体何歳なんだ?」
俺は首を横に振る。知らない、わからない。
「・・・あー」
淳蔵は知っている。俺達が喰い付かないわけがなかった。
「幾つだ」
「幾つだ」
「っだー、わかったわかったって。お前ら、幻滅すんなよ?」
淳蔵は都の大学の卒業証明書に書かれていた年を教える。
「てことは・・・」
俺がそこから都の生まれた年を逆算して、都の年齢を呟いた。呟いたあとに吃驚して自分の口を手でおさえる。直治は顔を顰めた。
「・・・な? なんで都が大学に拘ったのか、わかるだろ? 当時、大学っていえばとてつもない『ステータス』なわけだ」
「やっべー、俺、都のこと知れば知るほど好きになるわ・・・。親近感がわく・・・」
「直治はどうだ? 幻滅したか?」
「ンなわけないだろ! アホか!」
直治はちょっと怒って、テーブルを軽く叩く。
「いや、しかし、難しい時代を生き抜いているんだな・・・」
そう言って、直治は顰めた顔を元に戻した。
「ついでにちょっと悲しい話、教えてやるよ」
淳蔵は目を伏せた。長い睫毛が影を作る。
「都は『外』に出られないし、父親のせいで肉を喰わなくちゃいけなくなった。だからメイドをとっかえひっかえしながら『外』の情報や文化を仕入れつつ、自分でメイドを、ハハ、二つの意味で『さばいて』生きていたんだ。その間、ずーっとひとりぼっち。だから俺達が息子になった時、天にも昇る気持ちになったと同時に、好かれなかったらどうしようと地獄の底に叩きつけられた気持ちになったらしいぞ」
俺は唇を噛み締める。直治は溜息を吐いて顔を横に振る。
「取り繕っても仕方がないから、自然体で接するって決めてたらしいけどな。自然体であんな良い女なんだ。惚れない方がどうかしてるけどな」
「・・・そうだな」
「だな」
俺達は頷いた。
「うーん、都の部屋に突撃してこようかな」
「抜け駆けはいけないぜ弟よ」
「・・・全員で酒持っていくか?」
「じゃ、言い出しっぺの俺が許可とってみるよ」
プライベート用の携帯で、都に連絡を取ってみる。
『皆で今からお酒飲みませんか?』
『よい焼酎を揃えてお待ちしております』
「・・・だって」
「うーん、最高」
「早く行こう」
都の部屋に行き、いつもの配置で座り、酒を飲む。
「白木の事を聞きに来たの?」
「ううん。皆で甘えに来た」
「あら」
都が嬉しそうに笑う。
「直治、千代さん、毎週水曜日と土曜日はお休みにしてるわよね?」
「してる」
「第二、第四水曜日に料理教室に行きたいんですって。淳蔵、車を出してあげてくれない?」
「わかった」
「あとねえ、大阪に旅行に行ってみたいって言ってたから、直治、貴方からさりげなく聞いてあげてくれない?」
「わかった」
「千代さんもたまには『外』に出ないとね」
都は『外』からの接触は選り好みするのに、俺達が『外』に出るのは積極的に勧める。『私の相手ばかりだと息が詰まるでしょう』という理由らしいが、俺は許されるならいつまでも都にべたべたひっついていたい。
「・・・前々から思ってたんだけど、貴方達もたまには遊びに行ったりとか、」
『行きません』
「うーん、でもね? 仕事で出るばっかりじゃ窮屈でしょうし刺激が足りな、」
『行きません』
三人の声が重なると、都は苦笑した。