二百四十四話 愛は不滅

文字数 2,424文字

初日の夕食を終えた3Q太郎が、リーダーの幸太郎の部屋に集まる。


「いっやあ! 最ッ高に美味かったな!」

「飯だけでやってけるレベルだぞ・・・これが毎日って・・・」

「二週間ここで暮らしたら、元の生活に戻れなくなりそー」

「しっかし凄えな、金持ちって。本物のメイド服、初めて見たわ」

「『メイド喫茶』で見るようなエロ可愛いヤツじゃなくて、マジで本物だったな」

「メイドさんの月給って幾らなんだろうなあ?」


楽しそうに笑いながら撮影機材をチェックし、今後の予定を再度確認している。一条家の人間への取材、メイド達への取材、麓の町の人間への取材。都の許可をとって館の中を撮影、敷地内の森を撮影、山の撮影など。そして、『こっくりさん』や『ひとりかくれんぼ』、『ウィジャボード』といった『交霊術』もやってみるらしい。


「・・・よし、こんなところか」

「今日は移動で疲れたし、早く寝ようぜ。夢を見るのが楽しみだ」

「ところでさぁ?」


竜太郎がいやらしい笑みを浮かべる。


「お前ら、どの娘が好みよ?」


幸太郎も啓太郎も同じような笑みを浮かべた。


「俺は千代さんかなあ?」


幸太郎はそう答え、頬をむにむにと揉んだ。


「めっちゃ可愛い顔してるのに、身長が高くてスレンダーで、にこにこしてて愛想が良くて。お胸がもーちょっとあれば百点だな」


失礼な男だ。


「俺は桜子さんだな」


啓太郎は人差し指と親指で顎を抓む。


「ケツもチチもタッパもデカい良い身体に、あのちょっとツンとした冷たいお顔が堪んねーぜ」


こいつも失礼な男だ。竜太郎が腕を組んでにやりと笑う。


「俺は都さんだな!」

「あっ、おい、ずるいぞ!」

「一番いいとこにいきやがって」

「へへへ・・・。あの胸、片方何キロあるんだろうな?」


失礼極まりない。下らない『おっぱい談義』が始まった。


「・・・直治、グラス割るなよ」


俺達は俺の部屋に集まって、盗み聞きを肴に酒を飲んでいた。顔を顰めた直治がテーブルにグラスを置く。


「馬鹿共が・・・」

「・・・なあ」


淳蔵がぽつりと零すように言い、グラスを傾けて酒を飲む。


「なんであいつらを招き入れたのか、知ってるか?」

「お前は知ってるのか?」

「まあな」


両手でグラスを持ち、酒を揺らめかせて、淳蔵はそれを見つめる。


「宗教美術で、神や天使の頭に輪っかが描かれてんだろ?」

「『ヘイロウ』か? 偉人の後ろにもよく描かれてる。気象学にも出てくる言葉だ」

「そう。でよ、『ネフィリム』と呼ばれる存在が居る。天使と人間の雑種だ。繁殖能力を持ってる」


淳蔵はゆっくりと、酒を揺らめかせ続ける。


「天使の仕事は色々あるけど、基本は神と人間の間を行き来することだそうだ。そうするうち、人間に恋をして、神を捨てて人間と番いになるヤツも居るんだとよ」


淳蔵は唇を舌で舐めて濡らした。


「ヘイロウは『神の軍勢である証』だそうだ。俺達の指輪やチョーカーみてえなもんだよ。神の寵愛を受けるに値する者の証であり、神の加護に包まれている者の証であり、神の命に従い神に背く者を滅ぼす戦士の証だ」


淳蔵は酒の水面から目を上げた。


「自分を捨てた天使を苦しめるため、神は天使からヘイロウを取り上げて、天使の子供、長子に『枷』として取り付けることにした。神や天使の考え方では、長子は他の子供より尊いらしいから、相当な苦しみらしいぞ。で、その長子が成長して子供を産むと、ヘイロウは再び枷としてその子供に受け継がれる。そうやって、天使の血脈は神に支配され続けるんだとよ」

「まさか、3Q太郎の誰かが、或いは全員がネフィリムで、ヘイロウを持っているのか?」

「ご名答」


淳蔵は、ふっ、と笑った。


「誰がネフィリムなのか、ヘイロウでなにをするのかは教えてくれなかった。で、だ。何故、俺達はあいつらがただの人間に見えちまうのか」


沈黙で先を促す。


「都が俺達の力をおさえつけてるからなんだよ」


直治が小さく溜息を吐き、グラスの中の酒を一気に飲み干した。


「都は『来る日に解放する』と言った。どういうことなのか問いただしたら、『自分の身は自分で守りなさい』と答えた。つらそうに言うモンだから、それ以上は聞けなかったよ」

「『来る日』って、一体、なんのことなんだろう・・・」

「ずっとこのモヤモヤを抱えながら過ごすのはあんまりだろ。俺がなんとしてでも聞き出す」

「やめろ、直治。都を信じろ」

「あ? お前、俺が都のこと信じてないって言うのか?」


淳蔵と直治の間の空気が、ゆっくりと歪み始める。

こんこん。

ノックの音で、す、と空気が元に戻った。


「どうぞ」


ドアを開けて入ってきたのは、『白い男』だった。俺達は吃驚して、グラスを持ったまま立ち上がる。白い男は楽しいのか、敵意が無いことを示したいのか、にっこりと笑っている。白い男が右手首をくいっと曲げると白い羽ペンが現れ、左手首をくいっと曲げると羊皮紙のようなものが現れた。白い男はなにかを書くと、一番近くに居た淳蔵に渡して、部屋を出ていった。


「『エノク語』だ」


天使の言語。


「・・・あの馬鹿犬、字が汚いんだな」

「淳蔵、わかるのか?」

「『備えあれば患いなし』と思って勉強したけど、駄目だ。字が汚過ぎる」

「俺も勉強した。見せてくれ」


淳蔵が直治に紙を渡す。直治は暫く見つめたあと、首を横に振った。


「我が家の『ブレーン』に任せよう」


直治がそう言って、俺に紙を差し出す。俺は受け取って、血で書かれたような赤い文字を、一文字ずつ解読した。


『LOVE IS IMMORTAL』


「愛は不滅・・・?」


こんこん。


「・・・どうぞ」

『失礼します』


声の主は都だった。俺達は再び立ち上がる。


「あ、ごめんなさい。皆でお酒を飲んでいたのね」

「どうしたの?」

「直治と遊ぼうと思って。でも部屋に居ないから美代はどうかなと思って」


都はにこっと微笑む。直治は物凄い勢いで動いて掻っ攫うように都の肩を抱いて俺の部屋を出ていった。


「クソが・・・!」

「おーこわ」

「いつかあいつの乳首を的にしてダーツをしてやる」

「怖過ぎる」


淳蔵が苦笑した。
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