二百三話 親友

文字数 2,414文字

「千代さん」

「おっ?」


話しかけてきたのは桜子さんだった。金鳳花さんと真理さんも居る。


「お話があります」

「なんでしょう?」

「直治様のことです」

「なんでしょう?」

「昨晩、都様と直治様が性行為をしている夢を見ました」


桜子さんは一切表情を崩さずに言った。


「都様は直治様の鎖骨にキスマークをつけていました。今朝、直治様の鎖骨にあったものと同じものだと思われます。真理さんに指摘された直治様は、はっきりとは否定しませんでした。夢を推測の材料にするのはおかしいとはわかっていますが、質問します。都様と直治様は恋愛関係にあるのですか?」


金鳳花さんは顔を真っ赤にして俯き、真理さんは悔しそうにしている。真理さんはどうも直治さんに好意を寄せているらしい。


「恋愛関係、というとちょっと甘酸っぱ過ぎる感じがしますが、都さんと直治さんが好き同士なのは事実ですよォ」

「そっ! そ、そんな、な、直治様が、あんな・・・」


真理さんがエプロンをぎゅっと握りしめた。


「もしや、淳蔵様と美代様も?」


桜子さんが再び聞く。


「はい。淳蔵さんも美代さんもです」

「厳密には恋愛関係ではない、のですか?」

「はい。お三方は息子であり、従業員であり、愛玩動物であるのです」

「愛玩動物?」

「はい。色んな種類のペットを同時期に飼ったりするのと一緒ですよ」

「私の見解では、人間は動物のように扱われると強烈な不快感を抱くものです。また、日本では恋愛関係、いえ、好き同士である人物は互いに一人であり、その一人ではない人間と好き同士であるのは不貞行為であり、これも強烈な不快感を抱くものですが、都様達はそうではないのですか?」

「結論から述べますとぉ、淳蔵さん、美代さん、直治さんは愛玩動物であることを受け入れていますよォ。都さんは『分け隔てなく』とか『平等に』ではなく、個人個人に合った愛情と尊敬を持ってお三方に接していますので、バランス、調和が上手くとれていて、不貞行為、ということにならないんですねェ。それと純粋に、お三方は動物扱いされることを受け入れてしまう程、都さんをお慕いしているのですよォ」

「・・・難しいですね、難しいです」


桜子さんは唇に人差し指を添え、真剣に考え始めた。


「まあ、嫉妬心が無いわけではないので、小さな諍いは勿論ありますよ」

「難解です。金鳳花さん、真理さん、わかりますか?」


金鳳花さんは小さく頷き、真理さんは首を横に振った。


「なんとなくですけどぉ・・・」

「さっぱりわかりません」

「そうですか。千代さん、もう一つ質問があります」

「なんでしょう?」

「この館で見られる夢についてです。何故、お客様一人一人の要望に応えられるような夢を商品として提供できているのでしょうか?」

「それがわからないんですよォ。都さん曰く、館があるこの山は代々受け継がれてきたものなので、なにか不思議な力が働いているのかも、だそうです」

「従業員である私達が、対価を支払っていないのに夢を見られるのは何故なのでしょうか?」

「従業員割引きってヤツですねェ!」

「昨夜、私と金鳳花さんと真理さんが見た夢は、現実に起こっていたことなのですか?」

「断言はできませんが、ここで働いているとそういう夢は何度も見ますよォ」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえいえ!」


桜子さんはお辞儀をすると、仕事に戻っていった。


「恋とか愛とかって、不思議ですねぇ。難しくて私もよくわからないですぅ」

「難しいですね! どうしてお金持ちって愛人を沢山侍らせるんでしょうね?」


桜子さんは都さんの部屋に甘いものを差し入れするという接点があるけれど、この二人には無い。ここで私が作るべきかな。


「都さんに直接聞いてみては如何です?」


二人は少し困惑している。もう一押し。


「恋愛のお話じゃなくても、色々とお喋りしてみるといいですよん。都さんはお喋り大好きですから、食事の席以外でならいつ話しかけてもお相手をしてくださいますぅ。勤務時間中でも、都さんとのお喋りなら直治さんも怒りませんしね! 都さんはワーカーホリックなので、私達メイドが話しかけることで息抜きさせてあげてほしいと仰るくらいですしィ?」

「私もお喋り大好きですぅ。もっともっと話しかけてみますねぇ」

「千代さん、ありがとうございました」

「いえいえ! このこと、桜子さんにもお伝えくださいねェ!」


二人は仕事に戻っていった。私は中断していた仕事を再開し、終了してから、直治さんの事務室に行く。

こんこん。


『どうぞ』

「失礼しまァす!」


パソコンと向かい合っていた直治さんが、椅子ごと私の方に向きをかえる。


「どうした?」

「桜子さん、金鳳花さん、真理さんが三人一緒になって質問に来ましてェ」


私はなにを聞かれ、どのように答えたのかを説明した。


「上出来だ」

「ありがとうございまァす! いやー、それにしても、全く『違い』がわかんないですねェ」


直治さんは眉を顰めた。


「なんでお前がそのことを知ってるんだ」

「都さんからお聞きしましたよ?」

「・・・俺には話さなかったぞ」

「ええっ?」

「俺は都と取り引きしたんだよ。それで聞き出した。お前は?」

「仕事終わりに時々お茶に誘っていただくんですけれど、その時に聞きましたよ。直治さんにはもう教えてあると言っていたので、てっきり・・・」

「・・・畜生。俺達の性格を完璧に把握した上で喋る相手を決めていやがる。腹が立つ」

「ニャは、人の心を完璧に把握することなんて、神に等しい都さんでもできはしませんよ」


直治さんは驚いた。


「だから都さんも迷うのです」


私がそう言うと、直治さんは静かに笑った。


「お前は都のなんなんだよ」

「使用人で、愛玩動物で、」


ちょっとやきもちを焼かせてやろう、と、意地悪なことを思い付いた。


「親友ですよ」


嘘は言っていない。だって都さんが私のことをそう呼んでくださるのだから。案の定、直治さんは一瞬悔しそうな顔をした。


「・・・仕事に戻れ」

「はァい!」


私は事務室を出た。
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