二百五十三話 ドラマの主人公

文字数 2,862文字

休憩時間。


「あのー、直治様?」

「なんだ」

「ちょっとだけお喋りしませんか? 直治様と親睦を深めたくて」

「・・・ああ、いいぞ」


パソコンと向き合っていた直治様が、椅子を回転させて私を見る。


「質問してもいいですか?」

「どうぞ」


何度か休憩時間に会話を重ねて、ある程度の情報は収集済み。

年齢二十八歳。
身長178cm。
体重72kg。
好きな食べものはジャーマンポテト、焼き魚。
趣味は読書、ランニング、筋トレ。
毎日、早朝に庭の森でランニングをして、仕事終わりにトレーニングルームで筋トレをする。
客が居ない日はお昼過ぎの休憩時間に談話室に行き、兄弟三人で雑談をする。それ以外の休憩時間は適宜調節し、事務室で本を読むことに費やしている。

はぐらかされたり、教えてくれないこともあるけれど、こんなところ。


「直治様の嫌いな食べものってなんですか?」

「林檎とカレーと菓子パン」

「えー? 日本国民が好きなものが嫌いなんですね」

「・・・まあ、そうだな」

「菓子パンは身体に悪いからですか?」

「そうだな」

「筋トレしてますもんねー。カレーはどうして嫌いなんですか?」

「美味いカレーを食ったことがあまりない」

「えー? そういえば、千代さんが作ったカレーも桜子さんが作ったカレーも食べに来なかったですよね? あの二人が作ったカレー、直治様には不味く感じちゃうんですか?」


私ははっきりと覚えている。カレーの日は、直治様は食堂に来なかった。私が直治様と同じ空気を吸える数少ない機会を、千代さんと桜子さんに台無しにされたに等しい。


「不味いってわけじゃない。美味しく感じないから無理に食べないだけだ」


なにそれ。料理って『美味しい』か『不味い』しかないと思うけれど、まあいいや。


「へー、そうなんですかー。林檎はなんで嫌いなんですか?」

「若い頃にうんざりする程食べさせられた」

「ちょっと! やめてくださいよ! 今も十分若いじゃないですか! 私と直治様、四歳しか違わないのに、直治様がオッサンだったら、私、オバサンになっちゃいますよー!」

「そうだな」

「生の林檎が駄目なんですか? ジュースとかジャムとかも駄目ですか?」

「全部」

「あー。そうなんですかー。成程、わかりました! じゃあ今度、私が美味しいカレーと美味しいアップルパイを作ります!」


直治様は首を傾げた。


「俺の話、聞いてたか? カレーも林檎も嫌いだって」

「はい! だからー、その価値観がひっくり返るような美味しいカレーと美味しいアップルパイを作ります! そしたら、食べられるようになるでしょ? 好き嫌いは良くないですからねー」

「・・・そうだな」

「直治様が将来、子供を持った時に、パパの直治様が好き嫌いしてると子供が真似しちゃいますよ? カレーは学校の授業で作ることもあるし、林檎は一日一個食べると医者が要らないって諺もあるんですよー?」

「そうだな」


よし、自然な流れで聞きたい話題に持ってこられた。どんどん聞こう。


「直治様って、結婚願望はあるんですか?」

「無い」

「えー? なんで無いんですか?」

「無いものは無い」

「えー。勿体ないですよぉ。直治様は『イケメン』だからぁ、直治様に似た男の子が産まれたら、モデルとか俳優とかアイドルとか目指せますよ?」

「興味無い」


子育てにはあまり協力しないタイプなのかな。そこは減点。


「あのー、じゃあー、直治様の好きな女性のタイプってどんな人ですか?」

「恋愛に興味無い」

「えー? 仕事が恋人、みたいな?」

「そうだ」

「勿体なくないですか?」

「勿体なくない。今の生活で十分に幸せだ」


私はムッとしてしまった。


「でも、直治様って養子なんですよね? 都様が結婚したら『邪魔だから出ていけ』とか言われたり、」

「無礼だぞ」

「え、あ、すみません。でもー、都様ってなんで結婚しないで養子なんかとってるんですか? もしかして不妊だからですかね?」

「他所の家庭の事情に首を突っ込むな」

「え、でもー、私、一条家のメイドなので他人事ではないっていうか? ていうか否定しないってことは、都様、不妊なんですか?」


直治様は溜息を吐いてパソコンに向き直った。もしかして、図星なのだろうか。


「話はもういいだろ。休憩を取るなら外に出てくれ」

「あっ、最後に一つだけ! この前、都様とワイヤレスマウスが『番い』みたいな話をしてましたけど、アレってなんなんですか?」

「俺と都の話だ。お前には関係無い」

「あの、」

「美影、外に出ろ」

「あー、はーい。すみません。失礼しますね!」


私はにっこりと微笑んでから、事務室を出てキッチンに向かい、お茶を飲みながら携帯でワイヤレスマウスについて調べてみる。めぼしい情報は見つからない。


「うーん、なんだろ? 都様の部屋に行ってパソコンの辺りを調べればわかるかな・・・」


それにしても、直治様は都様のことがかなり好きみたいだ。予想よりも手強いかもしれない。直治様を手に入れるために、都様を失墜させなければならない。あんなに素敵な人が恋愛も結婚もせず、仕事をすることが『幸せ』だと思うなんて、間違っている。直治様は都様に誑かされているのだ。だから、私が目を覚まさせてあげないといけない。

そのためには、外堀を埋めなくては。

まずは、つっかかってくる瞳さんを大人しくさせよう。私が被害者だということをアピールすれば、優しいけれどアホっぽい千代さんは私の味方になって、そのままの勢いで手懐けられるかもしれない。そうなれば一石二鳥だ。メイド長を落としてしまえば、副長の桜子さんを落とすのも容易いだろう。

メイドの次は淳蔵様だ。淳蔵様は長男だから、このままだと、多分、淳蔵様が一条家を継ぐことになるのだろうけれど、都様が結婚したら『用済み』になって、鬱陶しがられて、社員として飼い殺されるか、一条家から追い出されるかもしれない。そう脅して揺さぶってしまおう。淳蔵様の仕事は『運転手』だなんて言っているけれど、身体が不自由な客や高齢の客、他になにか特別な事情がある客の送迎しか仕事をしていないようだし、プライベートで出掛けるのも、家族分の食料の買い出しや、運転の腕が鈍らないようにと、週に一度、出掛けているだけ。ちょっといい加減な、ふらふらしている人だから、案外、すぐに落ちるかもしれない。

その次は美代様。事務室に籠っていることが多く、今の段階ではあまり接点がないので、情報も少ない。なんとかして接点を作って、落とさなければならない。

全員を落とす必要は無い。都様の味方より、私の味方が多ければ良い。

私は、フフッ、と笑った。ドラマの主人公になったような気分だ。私は主人公の、気弱だけれど真面目なメイド。いけ好かない女主人を相手に、力を蓄えながら、味方を増やしながら、最後には女主人を説き伏せ、女主人に支配されている息子達やメイド達を解放する。

最後はハッピーエンド。

身分違いの恋が成就し、二人は幸せに。

なんだか、楽しくなってきちゃった。

そうと決まれば、第一関門の瞳さんだ。どうにかして、千代さんに瞳さんのことを訴えるチャンスを作らなくては。
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