四十四話 携帯
文字数 1,769文字
今日は雅の中間テストの結果が帰ってくる日だ。朝から鬱陶しいくらいに落ち込んでいて、美代がそれを見て苛々していた。車の中で雅を待っていると、恐らく友達であろう女学生とはしゃぎながら車に向かってくる雅が見えた。俺を指差してコソコソなにか言っている。愛想を振りまくべきかと思ったが、やめた。
「ただいま!」
「おかえり」
「あのね、良い結果だったから、美代怒んないと思う!」
「あっそ」
「80点だよ!? 平均80点!」
「俺高校行ったことないからわかんねーわ。車出すぞ」
雅はバツが悪そうな顔をして黙る。俺はちゃんと安全運転を心がけて車を走らせた。館に帰ると、談話室で美代が待っていて、雅は緊張した面持ちで美代にテストを渡した。
「ふうん」
美代はにっこり笑った。雅の顔が明るくなる。
「頑張ったな。今後はこの成績を維持しろよ」
「えっ・・・」
「なんだ、文句あるか?」
「ありません・・・」
「なに、悪い話ばかりじゃないさ。都が楽しい提案をしてくれたよ」
「なに・・・?」
「携帯欲しくないか?」
雅は口元を手で覆った。
「欲しい!」
「テストの結果が俺の満足のいくものだったら、次のテストまでの間は携帯の料金を支払ってやる」
「ほ、ほんとぉ!?」
「ただし、自室以外での通話は禁止だ。友達と電話していいのは日付が変わるまで。携帯のアプリは好きなものを入れてもいいが、課金は一切駄目。敷地内の写真を撮ってSNSなどにアップロードするのも禁止。復唱しろ」
「は、はい!」
雅は美代の教育のおかげか大分頭が良くなって、なんとか復唱し終える。
「復唱した結果、どういうことかわかるか?」
「都さん達に、迷惑をかけない!」
「上出来だ。淳蔵、車を出せ」
「ったく、帰ってきたばかりなのに・・・」
麓の町の携帯ショップに行って、美代が雅に携帯を選んでやる。
「これ買うか?」
美代はスマホカバーを指差した。若い女が喜びそうな可愛いデザインのヤツだ。
「い、いいの?」
「いいよ」
「じゃあ、これにする!」
クローバーが描かれたものを選び、買った。館に帰って談話室に戻ると、都が千代と話していた。
「おかえりなさい」
「おかえりなさいませ!」
「あのっ、都さん、携帯ありがとうございます!」
ちゃんと礼を言ったので、美代が安心したように胸に手を当てて息を吐いた。俺はいつも座っている場所ではなく、都の横に座る。美代も雅も座った。
「携帯、もといスマホデビューですか! 良いですねェ!」
「大切にする!」
「雅さん、『ブランドイメージ』ってわかる?」
都がにっこり笑って聞く。
「あ、はい。会社とか、商品に対して、利用者が抱くイメージ、ですよね?」
「うん。ここは『幸せな夢』を見られる宿泊施設なの。庭の森や、館の外観を見れば、古臭いけれど格式高い場所だってことはわかるわよね?」
「は、はい」
「淳蔵も美代も直治もお客様と接する時はちゃんとしているでしょう?」
「はい」
「貴方も、ちゃんとするのよ。インターネットを使って情報を発信する時は、一条都が認めて共に暮らしている者として相応しい発信なのかどうか、ちゃんと考えてから発信しなさいね」
「は、はい・・・」
「食卓で携帯を取り出して写真をパシャパシャ撮るのに忙しいだなんて言語道断。そういうのは自室か、お友達と出掛けた時だけにしてちょうだい」
「はい・・・」
こういうの、俺も拾われた時に言われたなぁ。わけわかんねーって思ったっけ。
「やればできるわ。ね、淳蔵?」
する、と俺の太腿を撫でて都が言うので、変な声が出た。顔が真っ赤になるのがわかる。
「千代さん、呼び止めて悪かったわね。直治になにか言われたらちゃんと都のせいだって言うのよ」
「わかりましたァ! 失礼します!」
「わ、私も失礼します」
「私も仕事に戻ります。では」
俺と美代だけが残った。
「馬鹿かお前。馬鹿だろ?」
「うるせえよ・・・」
完全に油断していた。意地悪な女だ。
「なあ」
「あ?」
「『なおなおさん』って知ってるか?」
「ああ、あいつ可愛いよな、本人に言ったら怒るけど」
「可愛いのは美代君の担当なんですけどねえ」
「俺は美人担当なんだろ? 都はわかんねえ」
「変態おじさんの考えることは誰もわからんよ」
「俺達もおじさんなんだけどな」
「さて、雅の成績が落ちないように気合を入れ直しますか」
「もし留年でもしたらどうすんの?」
「殺す」
「もう死んでるっつの・・・」
「ただいま!」
「おかえり」
「あのね、良い結果だったから、美代怒んないと思う!」
「あっそ」
「80点だよ!? 平均80点!」
「俺高校行ったことないからわかんねーわ。車出すぞ」
雅はバツが悪そうな顔をして黙る。俺はちゃんと安全運転を心がけて車を走らせた。館に帰ると、談話室で美代が待っていて、雅は緊張した面持ちで美代にテストを渡した。
「ふうん」
美代はにっこり笑った。雅の顔が明るくなる。
「頑張ったな。今後はこの成績を維持しろよ」
「えっ・・・」
「なんだ、文句あるか?」
「ありません・・・」
「なに、悪い話ばかりじゃないさ。都が楽しい提案をしてくれたよ」
「なに・・・?」
「携帯欲しくないか?」
雅は口元を手で覆った。
「欲しい!」
「テストの結果が俺の満足のいくものだったら、次のテストまでの間は携帯の料金を支払ってやる」
「ほ、ほんとぉ!?」
「ただし、自室以外での通話は禁止だ。友達と電話していいのは日付が変わるまで。携帯のアプリは好きなものを入れてもいいが、課金は一切駄目。敷地内の写真を撮ってSNSなどにアップロードするのも禁止。復唱しろ」
「は、はい!」
雅は美代の教育のおかげか大分頭が良くなって、なんとか復唱し終える。
「復唱した結果、どういうことかわかるか?」
「都さん達に、迷惑をかけない!」
「上出来だ。淳蔵、車を出せ」
「ったく、帰ってきたばかりなのに・・・」
麓の町の携帯ショップに行って、美代が雅に携帯を選んでやる。
「これ買うか?」
美代はスマホカバーを指差した。若い女が喜びそうな可愛いデザインのヤツだ。
「い、いいの?」
「いいよ」
「じゃあ、これにする!」
クローバーが描かれたものを選び、買った。館に帰って談話室に戻ると、都が千代と話していた。
「おかえりなさい」
「おかえりなさいませ!」
「あのっ、都さん、携帯ありがとうございます!」
ちゃんと礼を言ったので、美代が安心したように胸に手を当てて息を吐いた。俺はいつも座っている場所ではなく、都の横に座る。美代も雅も座った。
「携帯、もといスマホデビューですか! 良いですねェ!」
「大切にする!」
「雅さん、『ブランドイメージ』ってわかる?」
都がにっこり笑って聞く。
「あ、はい。会社とか、商品に対して、利用者が抱くイメージ、ですよね?」
「うん。ここは『幸せな夢』を見られる宿泊施設なの。庭の森や、館の外観を見れば、古臭いけれど格式高い場所だってことはわかるわよね?」
「は、はい」
「淳蔵も美代も直治もお客様と接する時はちゃんとしているでしょう?」
「はい」
「貴方も、ちゃんとするのよ。インターネットを使って情報を発信する時は、一条都が認めて共に暮らしている者として相応しい発信なのかどうか、ちゃんと考えてから発信しなさいね」
「は、はい・・・」
「食卓で携帯を取り出して写真をパシャパシャ撮るのに忙しいだなんて言語道断。そういうのは自室か、お友達と出掛けた時だけにしてちょうだい」
「はい・・・」
こういうの、俺も拾われた時に言われたなぁ。わけわかんねーって思ったっけ。
「やればできるわ。ね、淳蔵?」
する、と俺の太腿を撫でて都が言うので、変な声が出た。顔が真っ赤になるのがわかる。
「千代さん、呼び止めて悪かったわね。直治になにか言われたらちゃんと都のせいだって言うのよ」
「わかりましたァ! 失礼します!」
「わ、私も失礼します」
「私も仕事に戻ります。では」
俺と美代だけが残った。
「馬鹿かお前。馬鹿だろ?」
「うるせえよ・・・」
完全に油断していた。意地悪な女だ。
「なあ」
「あ?」
「『なおなおさん』って知ってるか?」
「ああ、あいつ可愛いよな、本人に言ったら怒るけど」
「可愛いのは美代君の担当なんですけどねえ」
「俺は美人担当なんだろ? 都はわかんねえ」
「変態おじさんの考えることは誰もわからんよ」
「俺達もおじさんなんだけどな」
「さて、雅の成績が落ちないように気合を入れ直しますか」
「もし留年でもしたらどうすんの?」
「殺す」
「もう死んでるっつの・・・」