三百四十四話 カノジョ

文字数 1,683文字

ベッドの上で、貪るように唇を吸い合う。


「都っ、都っ・・・!」

「美代、私も、興奮しちゃった・・・」


服が邪魔だ。破れたっていい。一秒でも早く都の素肌と触れ合いたくて、乱暴に服を脱ぐ。


「早く、美代を、虐めてっ・・・!」

「おいで」


最高の一夜を過ごした。

翌日。朝食。

紫苑は俺の顔を見ると顔を真っ赤にして、気まずそうに視線を逸らす。『夢』を見始めたらしい。


「紫苑君、どうしたの?」


俺はわざと声をかけた。


「すっ、すみません。少し考え事をしていました。申し訳ありません」

「ううん。慣れない環境で少し疲れてるのかなと思っただけだから、気にしないで」


にこりと笑うと、ぎこちない笑みが返ってきた。

女は嫌いだ。

千代も桜子も、女らしい部分を感じた時に嫌になる。

今は家族の一員だと思っているけれど。


「ふう・・・。さて、と・・・」


次の肉料理はなかなか手が込んだものらしい。『モツのすき焼き』だそうだ。都が直治と一緒にテレビを見た時に知った料理らしく、直治に『食べたい』とねだって、直治がわざわざ本物を食べに行って、家でも何度か研究して食卓に並んだ。ガッツリと味が濃く、食べ応えがあって堪らなかった。楽しみだ。

仕事に集中する。

ぽん、ぽん。

ピアノの音がする。

ぽん、ぽん。

紫苑がピアノを触っているのだろうか。


「・・・勤務時間中のはずだけど」


時計を見るまでもないが、念のために確認する。

ぽん、ぽん。

一定のリズムで聞こえてくる。

ぽん、ぽん。

紫苑はまだ来たばかり。『真面目だ』と評価を下すのはまだ早い。もしかしたら仕事をサボっているのかもしれない。俺はそっと事務室を出て、紫苑の部屋のドアをノックした。


「あっ、美代様」

「・・・おいなにしてんだ兄貴」


紫苑の部屋には、何故か淳蔵が居た。


「見てわかんねえ? ピアノ触ってる」

「遊んでんじゃねえよ」

「遊んでねえよ。真剣に練習してて、紫苑に教えてもらってるんだ」

「ええ? 紫苑君、そうなの?」


紫苑は頷いた。


「はい。毎日三十分、淳蔵様にレッスンしています」

「勤務時間中じゃないのかい?」

「直治様には許可を頂きました」


淳蔵が立ち上がり、俺達に近付く。


「説明するから中に入れ」

「はいはい・・・」


言われた通り部屋に入り、ドアを閉める。


「ちょっと前に楽器が弾けるかどうか聞いただろ?」

「おう」

「一条家の人間はだーれも弾けないんだよなこれが。だから時間を持て余し気味の淳蔵ちゃんが弾けるようになろうかなってな」


紫苑がくすりと笑う。


「ほら、俺の『カノジョ』、歌が上手いのに恥ずかしがってあんまり歌わないだろ? カラオケなんて絶対行かないタイプだしな。でもそれじゃあんまりにも勿体ないから、俺の演奏で歌ってもらおうってわけ」

「・・・・・・・・・カノジョ、ねえ?」


怒りで引き攣る顔を笑顔を作ってなんとか相殺する。


「そ、『カノジョ』。俺がピアノを練習してること、秘密にしてほしいんだ。いいだろ?」

「紫苑君の仕事の邪魔をしてないならいいよ。直治が許可を出してるってことは直治も淳蔵の秘密を承諾済みってことだろうし」

「千代も桜子もな」

「なんで俺が一番最後なんだよ」

「本当は直治以外にはもう少し秘密にしておきたかったんだよ。まだ全然弾けないからちょっと恥ずかしくてな。でも、俺の弾き方が悪いのか、時々音が外に漏れちまってるらしくて、千代にも桜子にも気付かれちまった。ジャスミンがピアノの音に反応して様子がおかしいから気付いたらしいんだ」


察した。ジャスミンがバラしたんだろう。


「仕方ない。応援してやろう」

「ありがとよ」

「紫苑君、淳蔵のこと、よろしく頼むよ」

「はい。私でよければいくらでもお教えします」

「俺は仕事に戻るから、またね」


紫苑の部屋を出て事務室に戻る。


「・・・抜け駆けされちゃったな」


一日三十分なら時間を作れないこともない。俺の演奏で都が歌ってくれたら、きっと凄く楽しいし、素敵だ。都に歌ってもらう口実がいくらでも作れたのに。なんだかんだ行動力のある淳蔵に妬いてしまう。


「あの野郎、格好良いのも大概にしろよな」


すっごくすっごくムカつくけど、ピアノと淳蔵の組み合わせは、かなり格好良かった。
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