四十一話 こころの年齢

文字数 1,755文字

「うん! うん! 受かってたの! 私、春から高校生! 必要なモノも買ってもらった! 制服可愛くて凄く嬉しくて、今度帰った時に見せるね!」


雅が高校に受かってしまった。落ちていたら追い出せたのにと落胆する。俺の運転手人生が幕を開けるわけだ。


「おーい、千代!」

「はァい!」


結構近くに居たのか声がデカいのか未だにわからないが、聞こえる範囲には居たらしい。


「白湯入れてくれ!」

「はァい!」


俺は雑誌に目を戻した。祖父母に電話していた雅が上機嫌で戻ってきて俺の隣に座る。


「隣に座るな」

「な、なんでよ!」

「俺の隣は都の席だからだよ!」


雅は腹に『爆弾』を抱えたあの晩、都や俺達に拒絶されたにも関わらず、委縮するどころか強気な態度をとるようになっていた。


「淳蔵様、お待たせしました!」

「ありがと」


丁度良い温度なので、するすると飲む。


「淳蔵、なんで白湯飲むの? コーヒーとかは?」

「太るし歯が汚れるし口が臭くなるだろ」

「なにそれ、モデルみたいなこと言って・・・」

「馬鹿かお前。俺も美代も直治も都に愛されるために体形維持してんだよ。好き勝手食ってるお前と一緒にすんな」

「ヒィ! 私にも刺さりますゥ!」

「わ、私、成長期だもん」

「しかし淳蔵様、お客様が居る時は完璧に猫を被れるのに、どうして根っこはそんなに野性的なんです?」

「褒めてないよな?」

「ほ、褒めてます褒めてます!」

「猫被ってるのは美代も直治もだろ」

「美代様は強烈に被ってますけど、直治様はそんなにでは?」


千代の後ろに美代が立っていることに気付いて、俺は思わず息を呑む。


「千代君、俺がなんだって?」

「あヒ!?」

「仕事サボってお喋りかい? 小鳥になった途端偉くなったものだね」

「失礼しました! 失礼します!」


おもちゃみたいなお辞儀をして、千代は逃げていった。


「美代、休憩?」

「お前に化粧を教える時間はない」

「なんでよー、教えてよ!」

「自分で考えてやれよ。俺がこの顔作るのにどんだけ時間かかったと思ってるんだ」


美代は眼鏡をとると、虚空を見上げた。


「ねー、直治連れてジャスミンの散歩行かないの?」

「駄目だ。あいつは忙しい」

「あっ、噂をすれば! 直治!」


雅が手をぶんぶん振る。直治はちらりと見るとそのまま歩いて行こうとした。


「待てやこら!」

「俺達『運命共同体』だろ!」

「うっせーなあ!」


恥ずかしいことを言った自覚があるらしく、このネタでゆすると大人しくなる。


「なんだよ、仕事中だぞ」

「さっき千代君がサボってたぞー」

「常習犯だ。注意するのも飽きた」

「いいのそれ」

「小鳥だからな。伸び伸びとさせろと都が」

「また都さん・・・」


突っかからなければ取り敢えず美代という地雷は避けられるのに、学習しない。このところ直治も呆れて不機嫌を隠さなくなった。


「都さんって何歳なの?」

「永遠の十五歳だよ」

「淳蔵は?」

「さんじゅ・・・、あれ、幾つだ?」

「あ、お前もわかんなくなった? 俺は計算しないと出てこなくなったよ」

「俺も」

「あ、あれ? 皆、見た目が凄く若くない?」

「だーかーらー、俺達は都に愛されるためにいろいろ頑張ってんの、理解できる?」

「好きな人のためにそこまでするの?」

「そうです!」

「・・・い、いいもん。私も高校で彼氏作るもん」

「ッチ、馬鹿が! はよ卒業して出て行け!」


美代が怒って出て行く。


「え、あ、また怒らせちゃった・・・?」


直治が腕を組んで背凭れに身体を預けた。


「どうしてそう美代の地雷を踏むんだ・・・。あいつ怒らせたら一番面倒臭いんだぞ・・・」

「ごめんなさい」

「高校に行ったら勉強をしろ勉強を。遊ぶところじゃあない」


直治も出て行く。


「ね、ねえ、都さんはどこの大学に行ったの?」

「あ?」

「・・・永遠の十五歳、なんでしょ? 本当に大学行ったの?」

「卒業証明書だったか? ちゃんとあったぞ」

「嘘だぁ」

「・・・こころの年齢が十五歳ってことだぞ、身体じゃない」

「え・・・う、嘘・・・?」

「はいはい、嘘ですよ」


付き合ってるのが段々馬鹿らしくなってきた。毎日これの繰り返しだ。雅はなにか考え始める。役目を果たした身代わり人形。都の温情でここに居る。そのことに気付く必要はないが、せめて敵対心を向けるのはやめてほしい。下らない嫉妬だ。馬鹿馬鹿しい女の争いだ。俺は立ち上がって何も言わず、談話室をあとにした。
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