二十九話 こどものこころ
文字数 2,027文字
穏やかな午後。俺はいつも通り雑誌のチェックを、美代は気分転換に雑談しながら仕事を、直治は休憩をとるために談話室に居た。雅がやって来て、俺の隣に座る。俺はちらりと横目で見ただけで大した反応は返さなかった。いつも穏やかに接していた美代は無表情になって、ノートパソコンを折りたたむ。直治も席を立とうとした。
「待って! ごめんなさい!」
雅が叫ぶように言う。直治は座り直したが美代は戻ろうとしなかった。
「美代!」
「殺すぞクソガキ!!」
都に可愛いと評判の顔を言葉通り殺意で歪めている。雅は泣きそうになっていた。
「美代」
直治が顔を横に振る。美代は舌打ちして座り直した。
「ごめんなさい・・・」
「なにに対して謝ってるんだ、雅」
「・・・みーちゃんって呼んでくれないの?」
「質問に答えろ」
機械が喋るように直治が言う。
「私、都に、死んじゃえって・・・」
「淳蔵」
雑誌を読むのをやめろ、という意味だろう。仕方なく従った。
「私、私、変なお爺さんに、いっぱい変なこと言われて・・・」
「誰のことだ」
「・・・名前は、一条順平っていってた。白髪のお爺さんで、杖をついてた」
「本当に都の父親だと思ったのか?」
「だって、都のこと色々知ってたもん・・・」
「お前は都のことなにも知らないのに、そう判断したのか?」
美代が鼻で軽く息を吐いた。
「直治さん、私情が入ってますよ」
「・・・仕切り直す。その順平って男からなにを聞いた?」
「え、ええと、都は甘い物が好きだとか、どこの学校を出ただとか、お仕事はなにをしてるだとか・・・」
「少し調べればわかる情報だな。お前みたいなガキでも知ってるだろ」
直治がそう言うと美代は黙って下唇を噛み、呆れた表情で顔を横に振る。
「で、その男はどこに居る?」
「わかんない・・・」
「使えねーな!」
「美代、おさえろ。何故どこに居るかわからないんだ? どこで会った?」
「学校の帰りに会いに来たの。何度かお茶した」
「ん? 淳蔵、見たか?」
「いや・・・」
「淳蔵は見てないよ。お母さんが生きてた頃の話なの」
「成程、美雪に送迎されてた時期か」
「お母さんはお人好しだから断り切れなくて、何度かお茶を・・・」
美代の苛立ちが爆発しそうだ。
「お爺さん、怖いこと言ってて、ジャスミンを殺してくれたら、大金を出すって・・・」
俺達は視線を交差させる。ジャスミンのことを知っている男なら、都の父親で間違いはない。
「お母さんが断ったら、『そうか』って言って、私の年を聞いてきたの。その時は十一歳だったからそう答えたら、『君の十五歳の誕生日に、館にお祝いしに行くよ』って言ってて、怖かった・・・」
「お前、今幾つだ?」
「ひ、酷いよ淳蔵・・・。十三歳だよ・・・」
『二年後』
三人の声が重なった。
「私、都にきちんと謝って、ここに居たい。皆、私のこと守ってくれるよね?」
美代が無言でテーブルを蹴り上げた。俺も直治も吃驚する。
「なっ、なんの騒ぎですか!?」
二人のメイドが慌てて談話室にやってきて、美代の顔を見ると口を噤んだ。
「ど、どうして・・・?」
雅が涙声で問う。
「どうして私のこと、愛してくれないの・・・?」
俺は純粋に、意味がわからなかった。
「皆、都、都って・・・。都が一番で、私、誰にも愛されてない・・・!」
「お前には美雪が居るだろ」
直治も馬鹿らしくなってきたのか、背凭れに身体を預けて腕を組み始めた。
「もう居ないじゃん!!」
「うるせえッ!!」
美代は今度はテーブルを叩いた。メイド達が飛び上がる。
「俺達は十年以上、都と一緒に居るんだ!! お前が生きてる年数より長いんだよ!! お前の入り込む余地なんてねえ!! キャンキャン騒ぐしか能のないガキの分際で調子に乗るんじゃねえよ!!」
「おい、美代」
「みーよーくーん、どうしたの?」
かちゃかちゃ、ジャスミンを従えた都が現れる。美代はバツの悪そうな顔をした。
「なんの騒ぎ?」
「あ、あ、都、私、私っ! ごご、ごめんなさい!」
「どうしたの、雅さん。泣いてるの?」
「この前、死んじゃえって言ってごめんなさい! 私、ずっとここに居たいです! ごめんなさい!」
「ああ、若い子には、あるある。もう怒ってないわよ、雅さん」
「・・・私のこと、みーちゃんって、」
「意思表示してぶつかれるくらいには、もう大人でしょ? みーちゃんは卒業なさいな」
都はにんまりと笑った。
「美代、プリン持ってきて? 雅さんのおやつの時間よ」
美代は眉間を抓んで鼻で深く息を吐くと、荒っぽく動いて談話室から出て行った。
「直治、休憩中?」
「あ・・・、もう戻る」
「淳蔵は?」
「へ、部屋に帰ります」
「暇なら話し相手になってくれない? 仕事の息抜きに」
「あ、ああ、わかった」
「じゃ、雅さんはプリン食べたらお勉強してね。最近、成績が落ちてるから」
「は、はい」
俺は都の部屋に行き、椅子に座る。
「で、なにがあったの?」
「都の父親が、美雪と雅に接触してた。雅の十五歳の誕生日に館に来るって」
「ふうん」
都は少し考え込んで、
「楽しみだね」
と言った。
「待って! ごめんなさい!」
雅が叫ぶように言う。直治は座り直したが美代は戻ろうとしなかった。
「美代!」
「殺すぞクソガキ!!」
都に可愛いと評判の顔を言葉通り殺意で歪めている。雅は泣きそうになっていた。
「美代」
直治が顔を横に振る。美代は舌打ちして座り直した。
「ごめんなさい・・・」
「なにに対して謝ってるんだ、雅」
「・・・みーちゃんって呼んでくれないの?」
「質問に答えろ」
機械が喋るように直治が言う。
「私、都に、死んじゃえって・・・」
「淳蔵」
雑誌を読むのをやめろ、という意味だろう。仕方なく従った。
「私、私、変なお爺さんに、いっぱい変なこと言われて・・・」
「誰のことだ」
「・・・名前は、一条順平っていってた。白髪のお爺さんで、杖をついてた」
「本当に都の父親だと思ったのか?」
「だって、都のこと色々知ってたもん・・・」
「お前は都のことなにも知らないのに、そう判断したのか?」
美代が鼻で軽く息を吐いた。
「直治さん、私情が入ってますよ」
「・・・仕切り直す。その順平って男からなにを聞いた?」
「え、ええと、都は甘い物が好きだとか、どこの学校を出ただとか、お仕事はなにをしてるだとか・・・」
「少し調べればわかる情報だな。お前みたいなガキでも知ってるだろ」
直治がそう言うと美代は黙って下唇を噛み、呆れた表情で顔を横に振る。
「で、その男はどこに居る?」
「わかんない・・・」
「使えねーな!」
「美代、おさえろ。何故どこに居るかわからないんだ? どこで会った?」
「学校の帰りに会いに来たの。何度かお茶した」
「ん? 淳蔵、見たか?」
「いや・・・」
「淳蔵は見てないよ。お母さんが生きてた頃の話なの」
「成程、美雪に送迎されてた時期か」
「お母さんはお人好しだから断り切れなくて、何度かお茶を・・・」
美代の苛立ちが爆発しそうだ。
「お爺さん、怖いこと言ってて、ジャスミンを殺してくれたら、大金を出すって・・・」
俺達は視線を交差させる。ジャスミンのことを知っている男なら、都の父親で間違いはない。
「お母さんが断ったら、『そうか』って言って、私の年を聞いてきたの。その時は十一歳だったからそう答えたら、『君の十五歳の誕生日に、館にお祝いしに行くよ』って言ってて、怖かった・・・」
「お前、今幾つだ?」
「ひ、酷いよ淳蔵・・・。十三歳だよ・・・」
『二年後』
三人の声が重なった。
「私、都にきちんと謝って、ここに居たい。皆、私のこと守ってくれるよね?」
美代が無言でテーブルを蹴り上げた。俺も直治も吃驚する。
「なっ、なんの騒ぎですか!?」
二人のメイドが慌てて談話室にやってきて、美代の顔を見ると口を噤んだ。
「ど、どうして・・・?」
雅が涙声で問う。
「どうして私のこと、愛してくれないの・・・?」
俺は純粋に、意味がわからなかった。
「皆、都、都って・・・。都が一番で、私、誰にも愛されてない・・・!」
「お前には美雪が居るだろ」
直治も馬鹿らしくなってきたのか、背凭れに身体を預けて腕を組み始めた。
「もう居ないじゃん!!」
「うるせえッ!!」
美代は今度はテーブルを叩いた。メイド達が飛び上がる。
「俺達は十年以上、都と一緒に居るんだ!! お前が生きてる年数より長いんだよ!! お前の入り込む余地なんてねえ!! キャンキャン騒ぐしか能のないガキの分際で調子に乗るんじゃねえよ!!」
「おい、美代」
「みーよーくーん、どうしたの?」
かちゃかちゃ、ジャスミンを従えた都が現れる。美代はバツの悪そうな顔をした。
「なんの騒ぎ?」
「あ、あ、都、私、私っ! ごご、ごめんなさい!」
「どうしたの、雅さん。泣いてるの?」
「この前、死んじゃえって言ってごめんなさい! 私、ずっとここに居たいです! ごめんなさい!」
「ああ、若い子には、あるある。もう怒ってないわよ、雅さん」
「・・・私のこと、みーちゃんって、」
「意思表示してぶつかれるくらいには、もう大人でしょ? みーちゃんは卒業なさいな」
都はにんまりと笑った。
「美代、プリン持ってきて? 雅さんのおやつの時間よ」
美代は眉間を抓んで鼻で深く息を吐くと、荒っぽく動いて談話室から出て行った。
「直治、休憩中?」
「あ・・・、もう戻る」
「淳蔵は?」
「へ、部屋に帰ります」
「暇なら話し相手になってくれない? 仕事の息抜きに」
「あ、ああ、わかった」
「じゃ、雅さんはプリン食べたらお勉強してね。最近、成績が落ちてるから」
「は、はい」
俺は都の部屋に行き、椅子に座る。
「で、なにがあったの?」
「都の父親が、美雪と雅に接触してた。雅の十五歳の誕生日に館に来るって」
「ふうん」
都は少し考え込んで、
「楽しみだね」
と言った。