三百六十四話 脱衣麻雀

文字数 2,425文字

「久し振りに麻雀しない?」


夜、皆で酒を飲んでいると、都がそう提案した。


「都ちゃん、酔ってる?」

「まだ酔ってなーい」

「酔ってるなこりゃ」

「酔ってないってばあ!」


酔っている。


「どうして弱いのに打ちたがるかね」

「弱くないよ! 日頃の行いが悪いから配牌が悪いだけだもん!」

「自分で言っちゃうんだ・・・」

「麻雀しようよー!」


千代と桜子は打てないので、都と淳蔵、美代、俺で打つことになる。都は麻雀が滅茶苦茶弱い。淳蔵は滅茶苦茶強い。美代と俺はそこそこの腕だ。


「わかった! じゃあ脱衣麻雀しよう!」

「やるか」

「兄貴なに欲望に負けとんねん」

「じゃあお前はやんないの?」

「やるに決まってんだろ」

「直治は?」

「やる」


そういうことになった。家具を動かして麻雀用の卓を置き、千代と桜子は都の後ろのソファーに座って観戦する。


「んへへぇ、全員脱がしちゃうぞお!」


そう意気込んだ都が最初に振り込んだ。


「淳蔵・・・どうして・・・三巡目で大三元が・・・」

「ご、ごめん」

「ううー、脱ぎます・・・」

「都様、お待ちください」


桜子が立ち上がり、都の足元にしゃがみ込んだ。


「靴です」


そう言って都の履いていた靴を掲げて見せ、床に置き、ソファーに戻る。


「うーん、脱いだのにはかわりないし、いいか」


アガった淳蔵がそう言うのだから誰からも異議は上がらない。


「ロン」

「えっ」

「七対子、ドラドラです」

「ううう・・・」

「都様、お待ちください」


桜子が都の足元にしゃがみ込む。


「靴下です」


掲げて見せて、靴の上に乗せ、ソファーに戻る。


「まあ、脱いだのにはかわりないし・・・」


アガった淳蔵がそう言うのだから誰からも異議は上がらない。


「立直」


淳蔵は本当に麻雀が強い。


「ロン」

「ええっ」

「立直、一気通貫、混一色、ドラ」

「都様、お待ちください」

「も、もうブラウスとスカートと下着しか・・・」

「なんと・・・」

「風邪引かないようにブラウスは羽織っていいぞ」

「ありがとうございますぅ・・・」


ぷちぷちと都がブラウスのボタンを外した。ベージュ色の下着に包まれた胸が露わになる。


「脱いでるから・・・脱いでるから・・・」


アガった淳蔵がそう言うのだから誰からも異議は上がらない。

問題はここからだ。

問題はいつもここからだ。


「都ちゃん、月のお小遣いどれくらいなの?」


淳蔵は中途半端に都を脱がせると、いつも罪悪感に駆られて『通し』を始める。


「・・・四万円」


萬子の四が欲しいらしい。


「そっかー、四万円かー。もうちょっと使ってもいいんじゃない?」


淳蔵は四萬を河に捨てた。


「やったー! ロンだ!」


都は大喜びだ。淳蔵はシャツを脱いだ。都のように靴や靴下、ズボンのベルト、腕時計という小細工はしない。

俺は首をぐるりと回した。

美代へ『邪魔するな』のサイン、『通し』だ。美代は都を脱がせたい気持ちと、脱がせたら可哀想だという気持ちの間で板挟みになり、自分からは動かない、動けない。つまりベタオリするようになる。女々しいことをするなら邪魔するな。男なら男らしく脱がせろ。


「都様、水分補給しましょうね、ね?」


桜子が都に酒を飲ませる。進行不可能な状態にさせて脱衣を回避させるつもりだ。潰れた女を脱がせるわけにはいかないので、安くてもいいので早い手で都の服を盗りに行くしかない。


「もう一杯いかがですか?」

「うー、もう飲めない・・・」


都が駄目なら淳蔵を潰してさっさと次に行く。


「ロン」

「はいはい・・・」


淳蔵はズボンを脱ごうと、ファスナーを開け始める。


「なにしてんだお前」

「脱いでんだよ」

「靴を脱げ。都が同じことしてるんだから異議はないよな?」

「ッチ、はいはいわかりましたよ」


淳蔵は悔しそうに靴を脱いだ。


「うー・・・。誰か全裸にするまで、やめないからぁ・・・」

「あの、都様、水分補給をですね」

「甘いのがいい・・・」

「甘いのですね! わかりましたすぐお作りします!」


桜子め、余計なことを。


「都さん弱過ぎて後ろで見ててもニャンも面白くありませんニャ・・・」


千代は終始呆れていた。俺は上司としてこれ以上ない程情けない姿を晒しているが、仕事かプライベートかどちらかを優先しろと言われたら間違いなくプライベートを優先するのが人間だ。仕事なんてクソ喰らえだ。

激しい戦いが続いた。

都は靴、靴下、ブラウス、スカートを脱いだところで桜子が急ピッチで酒を飲ませたので潰れてしまった。淳蔵はシャツ、靴、靴下を、俺はシャツ、靴、靴下、腕時計を、美代は無傷で終わった。


「やーっと潰れたか・・・」

「いっつもこうなるんだから・・・」


桜子が都を抱えて寝室に連れていく。


「淳蔵が強過ぎるんだよなあ。いつもいつも・・・」

「なんかやっただろ」

「バレなきゃイカサマはイカサマじゃないですよ」

「仰る通りで」

「クソムカつくがマジなんだよな・・・」


淳蔵が滅茶苦茶強いのは合理的に打ったり大胆に打ったりの切り替えが上手いからだけではない。悪かった時代に仕込まれたイカサマの腕もあるのだ。


「淳蔵さァん! なにか披露してくーださい!」

「いいぜ、後ろで見てろ」

「はァい!」


淳蔵は牌を三つ並べる。一萬、一筒、一索。そして手の平に白を包み込み、俺達に見せた。ほんの一瞬、並べた三つの牌に触れ、手の平を再び俺達に見せる。包み込まれていたのは一萬だった。


「凄いな・・・」

「どうやったか全然わからん」

「後ろで見てても全然わかりませんでしたァ!」


淳蔵が再び三つの牌に触れ、手の平を再び俺達に見せる。手の平にも、三つの牌が置かれていた場所にも、なにもない。


「えっ!? シャツに隠せないのにどこに・・・」

「手の裏か?」

「正解」


淳蔵の手の裏の、指の隙間に添わせるように四つの牌があった。


「凄いッスねェ! スルッと指の裏に出てきましたよォ!?」

「ちょっと練習すればできるぜ。教えないけどな」

「悪いことは一度覚えたら選択肢にずっと出てくるから駄目、か?」


淳蔵がイカサマを教えない理由だ。


「そういうこと」


少年が悪戯を成功させたように、淳蔵は笑った。
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